第28話 水妖どうでしょう?

※今回は試験的にレイアウトを変更しております


 前回までのケイオスハウル!


 軍からの大口の輸送船護衛任務を引き受けた佐助とナミハナ! しかし当たり前ながら佐助は船舶護衛の素人!


 そこで二人は大口の依頼の前に、簡単な依頼を練習がてらに受ける!


 依頼を成功させた二人であったが、突然現れた刺客や、ナミハナの実家、そして邪神の力を使う第四世代量産機など、彼らの周囲には数多の不穏な空気が漂い始めていた。


 だがまあそんなことはどうでも良い! 飯だ! 飯を食うぞ!


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「ここがセヴァン! アズライトスフィアでも有数の工業都市ですのよ! ここも夢見人が立てたの!」


 立ち並ぶ無数の煙突。吹き上がる黒煙。


 工業都市と言うだけのことは有り、無数のトラックや輸送用に改造されたエクサスがエクサスを始めとした様々な工業製品を運んで道路を走り回っている。


 さしずめ十九世紀産業革命華やかなりし頃のイギリスがそのまま転移してきたといった感じか。

 

「なんというか……自然に厳しそうだな」

「自然に厳しい?」

「環境に悪いなって」

「環境?」


 やっぱアズライトスフィア人って野蛮だな、と思う。だがよく考えれば俺達の世界でもエコの概念が広く一般化したのはそこまで昔のことじゃない。

 

「この街の周囲の自然の汚染により生態系が悪化して、食料や飲料水、それに大気などが人間にとっては危険な濃度の有害化学物質を含む状態になりそうってことだ」


「なんか難しい事話してますわね。でもそれなら大丈夫よ。あの煤煙、夢見人の市長さんが趣味でやってるだけだから」


「趣……味?」


「故郷の景色を思い出すのですってよ。前にパーティーで仰ってました」


「俺以外にも夢見人が居るのか……」


「そこそこ居るわよ? 良かったらそういう人達の互助会に連れて行ってあげてもいいけど……」


「いや要らない。帰りたくなっちゃったら嫌だからさ……」


 ナミハナは少しさみしげな表情を見せた。無理をさせているとでも思っているのだろうか。


「時々不安になるわ。貴方のその志に報いることがワタクシにできるのかしらね?」


「お前がそうしたければそうしてくれ。俺は俺なりにナミハナの気持ちに報いているだけだからさ」


「……そう?」


「そうさ。とりあえず街でも巡ろうよ。此処がどういう場所か知りたいし、案内して欲しいんだけど良い?」


「ええ、勿ろ――――」


 俺が、俺達が最高に良い雰囲気になった正にその時だった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あああああーっ! お姉様&サスケ殿ぉっ!」


 俺達は大声の方を振り返る。こんな面白い喋り方をする女の子を俺は一人しか知らない。知りたくもない。ああ、良くもいい雰囲気をぶち壊しにしてくれたな!


「ミリア!? ここ、こんな所で奇遇ですわねえ?」


「お姉様! なんでありますか今の良い雰囲気は! サスケ殿が元気そうなのは心から嬉しいですが、それはそれとしてお姉様とそこまで進行しているなんて未確認なのでありますぅうう!!」


「おやめなさいはしたないっ!」


「ぴぃ!」


 ヘルメット越しにひっぱたかれたミリアが悲鳴を上げる。ナミハナが本気を出して殴ると神話生物ぐらいは吹き飛ぶと聞いたし、一応手加減はしたのだろう。


 ……だとしても痛そうな声だったが。


「ところでミリアちゃんどうしてここに?」


「依頼であります。海底牧場にショゴスが大挙して押し寄せてきたとのことだったので新しくなったナッツクラッカーの対潜兵装を試し撃ちがてらであります」


「おっ、新調?」


「ええ、サスケ殿の大型機体を見て自分も思うところがありましたので。軽量機体に過積載する為の改造をするくらいならば、最初から大型重砲撃エクサスにしてしまおうと思って……この前の報奨金を頭金にしてポーンと」


「ポーンと?」


「機体だけ最新鋭の重砲撃仕様サイコパルティアンにしちゃったのであります。お金無かったから武装は昔のもの使いまわして少しずつアップデートするのであります」


「成る程……サイコパルティアンって?」


「サイコパルティアンとはパルティアンショットの現代改修型であります。パルティアンショットを使っている場合には改造キットと改造費だけで手に入るのでお得なのであります。なんと神経接続によって機体をまるで自分の体のように動かせるのであります! 量産機とは思えない性能であります!」


「ふふ、長瀬重工の最新作ですわ。第三世代量産機としては最高傑作、使い手によっては第四世代を超える性能を発揮するでしょうね」


「良い買い物をしたのであります!」


「それは良かったけど……言ってくださったら武装を買うお金くらい貸してあげましたのに」


「お姉様、お金を簡単に貸したりしちゃダメであります」


「あらあら、怒られちゃった。しっかりしてるわね」


「それに古い武装ってのも悪くはないものであります。そもそも戦場だと使い慣れた武装が多いに越したことは無いのであります。旧式には旧式の良さが有るのであります」


「そんなものなのかしらねえ?」


 多分、どんな武器を持っても使えてしまう才能があるナミハナにはそういった感覚が分からないのだろう。


 妖神ウォッチを見ると少し遅いがランチの時間だ。


 立ち話もアレだし、折角なのでミリアも誘ってやるとしようか。


「そういえばミリアちゃん、これから俺達昼飯なんだけどミリアちゃんはどうだい?」


「自分でありますか? でしたら一つ良い店を知っているのであります」


「あら、ミリアったら……もしかしてナイハラ食堂に行くつもりでして?」


「うへへ、ばれてしまいましたか~! いやぁ流石お姉様!」


 ミリアはこれみよがしに自分の額をぺしっと打つ。何やら楽しそうだ。


「時にお姉様はアレ、お好きで?」


「もっちのろんですわ! 実家じゃ中々食べられないもの!」


「そうでありますよねぇ~!」


 すげえ嫌な予感がしたので無言で逃げ出そうとする俺。金髪縦ロールでドレス姿の美女と太陽のような橙色の瞳の可愛らしい少女がその左右へと回りこむ。いずれも笑顔だ。両手に華か、実に素晴らしい。こんな状況じゃなければだけど。


「やめろ……やめてくれ……」


「サスケ殿もきっと気にいるのであります!」


 ミリアの腕力は頑張れば振りほどけるかもしれない。


「そーかなー、ほんとにそーかなー」


「お腹が空きましてよ! お腹が空きましてよ!」


 ナミハナは……うん、俺の腕が折れる方が先って感じ。本当に腹減らしてたんだなあ……。


「うーん……お腹すいたら仕方ないよねー……」


「そうよサスケ! すぐ出てくるし、とっても美味しいし、ボリュームもたっぷり!」


「ははは、こんな美人二人につかまっちゃったらいくしかないなあー」


「なんと!? サスケ殿がそんなこと言い出すなんて今日は雪が降りますな!」


 タスケテ、アトゥ、タスケテ……駄目だ。チクタクマンには多分もう見捨てられてるだろうからアトゥに呼びかけてみたが駄目だった。あいつこそ長いものには巻かれるタイプだったのを完全に忘れてた。


「あら、サスケがそんなこと言ってくれるなんて嬉しいわ!」


 ナミハナは俺がビビりきっているのを分かっている気がする。タスケテと言ったら勘弁してくれそうな気がする。でも悔しいけど僕は男なんだなあ、女子の前でそんなこと言える訳が無い。


 諦めた俺は嬉しそうな二人に肩を取り押さえられたままドナドナと連れられていき、異世界名物謎料理を食べに向かうことになったのであった。というか、あれだ。ドリームランドってことは十中八九冒涜的食材食わされるぞこれ。


 正直、ナミハナの所に居た時からこの世界の飯はまともだと思っていた。正直、大分油断してた。油断していたんだ……。


********************************************


 店の内装自体は非常にまともだった。


 俺の居た世界で言うところのバルに良く似ていて、昼間から酒を飲んでいる湖猫達や忙しくランチを食べる工場の勤め人で賑わっている。


 食堂と居酒屋が一つになったって感じだ。


 だが彼らのいずれもが冒涜的な色合いを放ち、皿の中でなお蠢く料理をかっ食らっている。


 ここはこの世の地獄だ……。


「クトゥルヒのアヒージョよ」


 死んだ瞳で座っていた俺の前に皿が出される。


 神話生物グルメ、そういうのもあるのか……。本当に、心から、真剣に、有ってほしくなかったけどやっぱりそういう食文化も有るのかよ!


 だがのっけから旧支配者の眷属を一口サイズにぶつ切りにした物を様々な野菜と共に油で煮込んだスペインの名物料理なんて、ちょっとレベルが高すぎて僕には難しいんじゃないかなって思うんですがどうでしょう。


 一度目をつぶる。もしかしたらこれは夢かもしれない。


 目を開ける。鷹の爪、パプリカ、ニンニク、野菜の彩りだけは一級品だ。ダメだこれ。


 我が故郷からはるか北に有るという北海道の某旅番組じゃないんだからもうちょっと最初はマイルドに始めちゃ駄目だったのかなこれ?


「サスケ殿、冷めてしまいますぞ?」


「サスケが食べないならワタクシから頂きますわよ?」


「う、うーん……」


「もう、仕方ないですわねえ」


 ナミハナがフォークでクトゥルヒのぶつ切りを突き刺し、俺に差し出す。


「はい、あーん」


 邪神の眷属食わせようって言うのでなければ実に魅力的な「あ~ん」だった。


 まるで慈母の如き優しい微笑み、耳が蕩けそうな甘やかな声、右手には銀色のフォークと少々どす黒くなったタコのような神話生物。


 もう無理だ。こんなの無理だ。いや待て、待つんだサスケ。諦めるんじゃないよ。男なんだろ?


 あれはタコだ。タコだ。タコだ。


 タコタコタコタコタコタコタコタコタコタコタコ――――――――ッ!


「――――頂きますっ!」


 プリっとして、案外美味しゅうございました。


 噛むごとに歯応えと旨味が交互に口の中で花開く。もっちりと吸い付くような肉質と野菜の風味、そしてオリーブオイル! この三つが絶妙に絡み合って生まれるのは美食の小宇宙!


「ふふ、美味しい?」


「美味しい、美味しい……!」


「サスケ殿が気に入ってくれたようで何よりであります!」


「良かったわ……改めてようこそサスケ、私達のセカイに。歓迎しますわ」


 ナミハナとミリアは二人でグラスを差し出す。俺は二人の出したグラスに自分の分のドリンクが入ったグラスを当てて乾杯を交わす。


「――――ところでナミハナ、なんか良い話にして〆ようとしてない?」


「うふふっ、ほらミリアも食べさせてあげて」


「自分もでありますか!? じゃあ折角なので自分のBLTサンドを……」


「待て、それの中身は?」


「ビヤーキー、ロイガー、ツァール」


「それだとBLZだ馬鹿! そもそも後ろ二つが上位神格すぎる! そんなの出てくる訳無いだろ!? いい加減にしてくれないか!」


 ベーコン、レタス、トマトをベーコン、レタス、チーズと勘違いしてしまうようなものだろうか。だとしても冗談が過ぎるぞ。


「まあ普通に黒き仔山羊のベーコンとザボン島でとれたレタス及び作られたチーズを使ったメニューであります」


 普通、普通ってなんだ。疑わないことさ。


 さっきの冒涜的メニューに比べたらこのBLTサンドもなんだか普通な気がしてきた!


「ちなみに私がこの前の依頼で追い払ったシュブ=ニグラスの生み出した黒き仔山羊ですのよ!」


「俺がシドさんと遊んでた間に?」


「ええ!」


 俺が素直にナミハナの話を聞いていると、ミリアがBLTサンドをナイフで分けて俺に差し出す。


「さあサスケ殿! カットして差し上げましたぞ! 御覧くださいこのレタスとトマトの贅沢な使い方!」


 そう、この世界では贅沢品のレタスとトマトがたっぷり挟まっている。


「お、おう。それでは……」


 あらやだ美味しい。


 口の中で広がる小麦粉の香り、そしてチーズ&ベーコンの冒涜的な油+塩の退廃的本能的原始的な旨味が実に不健康な快楽を俺に授けてくれる。


 だがそれが後を引くかといえばそうでもない。この新鮮なレタスとトマトが俺を正気の世界に引き戻してくれるのだ。太陽、水、豊かな大地、緑の人間賛歌! 良かった、俺はまだ人間だ!


「どうでありますか?」


美味ヒンナでしたか?』


「いや美味しいけど、ヒンナ? ヒンナって……」


 背後から男の声、俺は振り返る。


『――――それは良かった!』


 すると其処にはコックコートに身を包んだ日本人のお兄さんが居た。


 切れ長の瞳と細面の顔立ち、何処か女性的な美男子だ。只のコックとは思えない隙の無い気配を身にまとっている。


「あ、貴方は?」


『ああ、やっぱり日本語が分かるんだね? 僕の名前は内原ないはら 富夫とみお、二十九歳。気軽にトニオと呼んでくれると嬉しいな』


「えっ、あ、佐助です。佐々さっさ佐助さすけ


『佐助か! 懐かしい響きだ! ランチタイムが終わった後で良かったら少し僕と話さないか? こんな世界に来たというのに同じ世界の日本から来た人間に会えるなんて珍しいからね!』


「それは良いんですが……」


 俺は二人の美少女の方をチラリと見る。


「お姉様、ナイハラ殿とサスケ殿って、もしかして同郷の方なのでありますか? ピークタイム過ぎたからってナイハラ殿が厨房から出てくるなんて珍しいのであります」


「多分そうね。でもサスケの出身については黙っててちょうだいね」


「承知したのであります!」


「声大きいわよ」


 ナミハナとミリアがヒソヒソと話をしている(ただしできてない)。


 チクタクマンがアズライトスフィアの言語を全部翻訳してくれるので、俺は彼が今まで日本語を喋っているのに気づかなかった。


 トニオの話に興味は有るが、なんにしてもこの二人から許可はとらなくてはなるまい。


「サスケ、シェフの方はなんと仰っていて?」


「えっと……」


「失礼マドモアゼルナミハナ、同郷の方かと思ってつい興奮してしまいましてね。良ければ貴方のご友人をお借りできれば、と思うのですが……」


 内原さんは流暢な共通言語ドリームランド語でナミハナに説明する。


 魔術で翻訳をしている俺なんかと違って余程勉強したのだろう。それだけでも頭が下がる思いだ。


「という訳だ。頼むよナミハナ」


「あらそう……それは面白いわね、良いわよ。ワタクシはしばらくミリアと一緒にお茶してくるから、何か有ったら私の連絡端末にメッセージ送って頂戴」


「うわっほい! お姉様とデートでありますか!」


「今晩泊まる予定のホテルの下見も行きたかったのよね。女の子らしく、あそこのスイーツバイキングでも食べてきましょう?」


「ホテル!!」


 ホテル!?


 俺とミリアは顔を見合わせる。


 危なかった。またこいつと同じタイミングで叫ぶところだった。


 脳内ピンク色度合いだけを見れば俺とこいつが同類なのはもう十分学習している。


「シェフ・ナイハラ、うちの相棒を預けておくわ」


「メルシー、ビヤン! マドモアゼル!」


 こうして俺はこの異郷にて再び日本人と会話する機会を得たのであった。


********************************************


 ついに出会った夢見人。しかも相手は同じ日本人の内原富夫!


 佐助は内原との対話を通じてこの世界と夢見人の関係についてより深く理解することになる。


 しかし内原という男への疑問は深まるばかりで……?

 

 斬魔機皇ケイオスハウル第二十九話「夢見人・内原富夫」


 邪神機譚、開幕!

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