第18話 彼の居ない日常
※今回はナミハナ視点の話となります
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「ケイオスハウルの状況ですが両腕全損、ホバークラフト部も内側から破壊され修復が非常に難しい状態になっております。コクピットから発見されたサスケ様の腕時計も沈黙を保っており、修理はほぼ不可能であるかと……」
「不可能? なんとかなさい! 爺やならできるでしょう!? サスケが眼を覚ました時に乗るべき機体が無かったらどうするつもり!」
「ケイオスハウルはアズライトスフィアの科学技術とは全く異なる体系の下で作成されたエクサスです。装甲程度ならばまだしも内部構造の修繕やパーツ交換は不可能でございます」
爺やはそう言って悲しげに首を左右に振る。
ああ、駄目なのね。
爺やが本当に無理だという時は何時もそういう悲しげな顔をするもの。
「……そう、分かってよ。ワガママを言ってごめんなさい」
邪神クトゥグア召喚未遂事件からもう3日。
ミリアには怪我こそないものの、パルティアンショットは無理が祟ってオーバーホールが決定ですわ。
もうとっくに壊れていた筈なのにミリアを運んで港にまで辿り着いたのですとか。
まるでおとぎ話みたいですけど、アレにミリアのお父上の思いが篭っていたとするならば不思議な話ではないかもしれませんね。
一方サスケは未だ昏睡状態。クトゥグアとの直接的な接触が原因だとすれば何時回復するかも分からない。自分の部屋のベッドの上で機械に繋がれたまま今も静かに寝息を立てている。
「お嬢様、屋敷の中に篭もりきりではお身体に障ります。何か依頼を受けてみてはいかがですか?」
「ワタクシが居ない間にサスケはこうなってしまったのよ? 連絡を受けて急いで帰ってきて……出来たのは動かないサスケとケイオスハウルを引きずってくることだけ。だったらせめて此処にこうしていることしかできませんわ」
そう、サスケは召喚されかけていた邪神クトゥグアを独力で押し戻した。
もしもクトゥグアが召喚されていた場合、近隣の食料精製プラントや漁場に甚大な被害を齎し、辺りの島々で餓死者が続出したかもしれない。
ギルドはこの功績に対して新たなるナンバーズの候補としてサスケを加えることを通知してきたが、そんなことはどうだって良い。
ワタクシにとっては彼が目覚めるか否かだけが重要なんだもの。
「ところで、ミリアは? あの子は大丈夫だったの? 様子を見てきたのでしょう?」
「ミリア様は機体のオーバーホールに対して悩んでおられましたな」
「あら、新調でもするのかしら? 言われてみれば丁度良いわね、邪神顕現の第一報を伝えた報奨金も有ることだし……Bランクにも上がったものね」
「次は優れたFCSを持つカラコールにするかそれとも装甲に優れたパンツァーカイルにするか、白兵戦も出来ないわけではないのですからファランクスも有りですな」
「でも折角だから
「アレはお嬢様のように軽量型に慣れた人間でなくては乗れますまい」
「そうね……ああ、せっかく神経接続で操縦するならサイコパルティアンも良いかもしれませんわ」
「サイコパルティアン、神経接続による完全思念操縦機ですか?」
「ええ、パルティアンショットのフレームを元にラーズグリーズの開発陣が作り上げた高級量産機。あれならミリアの腕にも見合うわ! 丁度いい機会ですわ。後で遊びに来るように伝えておいて頂戴」
「恥ずかしくて会わせる顔がないと仰ってましたが?」
「そんなことはないと直接言ってあげなきゃ可哀想でしょう? それに、サスケだって自分の目で彼女の無事を確認したい筈ですわ……」
ワタクシは自分の目の前で眠るサスケを見つめる。
サイボーグの身体はこちらも規格が違うということで腕を付け直すこともできず、脳や神経も医者に見せてみたもののお手上げ。
ああサスケ、一体貴方は何処に居るの?
「ミリア様には連絡しておきましょう。今だと孤児院にいらっしゃるでしょうか……アトゥを遣いにやっておくとしましょう」
「そうして頂戴。サスケが倒れてからというもの随分としおらしいし、あの娘こそ息抜きが必要でしょう」
「かしこまりました」
時計を眺めると午後の三時。
そろそろ依頼を受けたいけれど、まだサスケの側から離れたくない。
そんな思いが頭の中を巡る。
まだ二人きりでお茶もしていないのにさよならなんて……ワタクシは認めません、絶対に。
「……あら?」
ワタクシの通信端末に一通の電子メールが届く。
from No.3 “アマデウス”
嫌な名前だ。
ワタクシの同僚、同じナンバーズだというのに得体の知れない仮面の男。
長瀬重工の情報網ですら過去が分からない魔術師だ。
「いかがなさいましたか?」
「邪神との接触によって意識を失った人間の治療方法が有ると……アマデウスから」
「ギルドを通じて噂が届いたのでしょう。
「……勿論」
そこにはサスケの脳や神経の機能を外付けの機械に代行させることで意識を取り戻すことが可能であると書いてあった。原理はミリアの行っているリンカーインプラントに良く似ている。
湖猫としては一つの選択肢にも見える。
だけどこんなものがワタクシ達を救った英雄に用いることができる最良の手段?
嫌よ。
サスケをこれ以上機械仕掛けの怪物になんてしたくない。
邪神と戦うために人間を捨て、その身を削った男の、最後に残った人間の部分までも切り捨てろなんて絶対に嫌。
だからワタクシはあの男が嫌いですの。
「まったく。貴方がしっかりしていないからこうなるのよ……」
アマデウスにはこれ以上関わるな、とだけ返信。
「ねえ、起きなさいサスケ。これ以上ワタクシを怒らせてみなさい。後が酷いわよ」
知らず涙がこぼれていた。
いやですわ。もう大人になったのに。
これじゃお祖父様が死んだ時と同じじゃない。
まだサスケは生きているのに。
拭うのを忘れてこぼれた涙がサスケの額に落ちて弾けた。
「…………」
爺やはワタクシに無言でハンカチを差し出し、部屋を出た。
そうね、ワタクシは少し一人になりたい。
一人に――――
「――――ああ」
小さなうめき声。ワタクシは耳を疑った。
それは確かに目の前のサスケが漏らした声だったんですもの。
「――――ああ、そうか。俺は……」
薄く眼を開けてこちらを見るサスケ。
それは悔悟を滲ませる声色。
その理由は分からない。
「ああ……サスケ……!」
ワタクシは小さく嘆息する。
失うことがこんなに辛いなんて。
大切な人が戦いに向かうことがこんなに恐ろしいなんて。
ワタクシは知らなかったのですね。
「……遅いですわ」
目を覚ます貴方に背を向けてしまうのは涙を見せる事が恥だから?
本当は見ていて欲しい。
けど見せつけるような卑しい真似はしたくない。
憧れられたいけど、守られたい。
ねえ、そんな気持ちが貴方に分かって?
「悪かった。以後善処する」
「馬鹿言わないで、お互い様よ」
でもサスケのぶっきらぼうな一言を聞くだけで、ワタクシは自然と笑顔がこぼれていた。
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幸せな未来の夢を見た。
俺のことを心から大切に想ってくれる人が泣く夢だ。
ああ、これが現実になったとしたら……それはどんなに幸せだろう。
こんな俺が君に好かれるなんておこがましいのに。
斬魔機皇ケイオスハウル、第十九話「這い寄る混沌の底で」
邪神機譚、開幕。
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