第16話前編 宝島
「こちらパルティアンショット、コールサイン“ナッツクラッカー”予定位置に到着したのであります」
「了解、こちらケイオスハウル。こちらも作戦配置に到達」
あくびを一つ噛み殺す。
俺とミリアは夜更けの海賊島へとエクサス二機だけで接近していた。
大部隊では警戒網に発見されるし、少数部隊での侵入に貴重な正規軍は使いたくない。
この世界の政府政府、そして彼らが抱える戦闘部隊である全人軍の需要に応える形で、ギルドが軍の作戦に対して信頼の置ける湖猫を派遣することがある。
これがその一例だ。
多くの場合は隠密行動に長けた機体や破壊活動を得意とする機体の持ち主が選出される。
だが俺のケイオスハウルはそういった作戦は本来苦手な部類に入る。
「まあ、その、なんだ。先に打ち合わせた通りだ」
「はいサスケ殿、囮はお任せいたします。自分はその間にギルドとお上からもらった弾代を使ってやりたい放題するのであります」
「残弾が減少次第こちらに連絡を飛ばし、撤退だ。制圧は全人軍の連中がやってくれるからな」
「了解であります!」
そうだ。そこで俺は囮役を買って出た。
そもそもケイオスハウルはステルス塗料によって多少は潜入作戦に耐えられるが、一度戦闘が始まると塗料が剥げてレーダーで丸見えになる。
よって俺が囮をやって敵の目を引きつけ、その隙にミリアが島の内部へ潜入、火力投射により拠点を破壊するのが最も合理的である。
「本当にこの島の出入り口は二つなのか?」
俺は遠くに有る海賊島を眺める。
周囲を切り立った崖に囲まれた人気のない島。
話によると内部が要塞として改造されているらしいが外側からは全くそう見えない。
「内通者の情報、そして全滅した先遣隊と内通者の通信記録によればそれは間違いないのであります」
「あの記録は俺も読んだ。まるでクトゥルフ神話作品に出てくる手記みたいだったよ」
「クトゥルフ神話? 手記?」
「ああすまない、俺達の使う専門用語みたいなもんだ。クトゥルフ神話っていうのは邪神達の歴史。手記っていうのは神話生物に正気を侵された人間は文章で情報を残す傾向があり、その文体が不思議と類似するって話」
「成る程……詳しいのでありますなあ」
「一応、魔術師の端くれだからな」
手記。
要するにクトゥルフ神話TRPGでも有名な
ああ窓に! 窓に!
とかそんなやつである。
あいつらなんでそんなこと書き残しているんだろうね。
「サスケ殿、作戦開始予定時刻であります」
「ん? ああ! 任せろ!」
俺とミリアは無線を封鎖。
互いに事前に取り決めた通りの作戦活動を開始した。
********************************************
「殺人、人身売買、婦女暴行、金品の強奪、麻薬の取引……エトセトラ」
「どうしたんだサスケ、ぶつぶつと呟いて」
「海賊共のやったことさ。よく考えたらこいつら殺されても文句言えないよなって」
「人間の倫理に照らし合わせればそうだと思うが……」
「だよな」
海中への潜行モードとなったケイオスハウルを使い、岩場の間をすり抜けながら海賊島の正面玄関になっている洞窟へと近づいている。
エクサスの慣性問題を解決する為に使われている魔術の応用で、簡単な重力エネルギー操作を行うことでソナーに機体が映らないようにしているのだ。
「あらあらサスケちゃん。もしかして海賊共をぶっ殺したかったりする感じ? 我輩としては贄が増えるから歓迎よ?」
「倒した敵に関して言えば、お前がどうしようと構わない。ただし、殺すな。俺は絶対に人を殺さない。それとケイオスハウルから独立に行動するなよ。流石に自律行動までされると邪神だとバレる」
「あらあらあら! 我輩みたいな神にそういうこと言っちゃう? 分かったわ。でも殺さなきゃ何をしてもいいのね!?」
嬉しそうなアトゥを無視して俺はチクタクマンに声をかける。
アトゥは何処まで行っても邪神だ。
俺とは話し合って良好な関係性を築くことが出来たが、他の人間にとっては危険な存在にすぎない。
ミリアから離れて単騎で囮になることを選んだのも、彼女をアトゥの側に近づけたくないと思ったからだ。
「チクタクマン、通常兵器への対処は任せるぞ」
「オフコースだサスケ。私達ならば兵器に関しては無力化が可能だ」
「サスケちゃんの肉体を媒介にして魔力は回すわ。好きにしなさいチクタクマン」
「サンクスアロット! 礼を言うよアトゥ」
俺は圧縮空気をスカートにまわしてケイオスハウルを海上へと浮上させる。
出てきた場所は洞窟の真正面。
左右には二体のエクサス、ミリアが使っているのと同じパルティアンショット。だが軽装型にしているみたいだ。きっと海賊とはいえ武装にそこまで金をかけられないのだろう。
彼らは突如現れた俺に対して慌ててライフルを向ける。
「なんだ!?」
「お頭、侵入――――」
無線から聞こえる海賊達の声。下品そうな雰囲気だ。
だが何故急に無線が聞こえるようになったんだ?
そうか、きっとチクタクマンが余計な気を回して無線の盗聴を始めたのか。
断末魔なんて―――――――聞きたくもないのに。
「―――黙れ」
両腕を左右へ伸ばし、ケイオスハウルの拳を飛ばす。
ワイヤーで繋がった二つの拳が二体のエクサスのコクピットへ同時に突き刺さった。
「なんだこれ! 無線が通じねえ! 機体が! 機体が! ああカメラに! カメラに!」
「蔦!? なんでエクサスのコクピットの中に植物が……あああああああああああああああ!!!」
声は途絶える。
遅れて二体のパルティアンショットの内部から黄金混じりの水晶で出来た蔦が伸びて機体を包み込んだ。
「ごちそうさま。サスケちゃんに比べると鮮度が悪いわね」
「殺すなよ」
水晶の蔦は俺の一言と共に砕け散って風に吹かれ消える。
「何よ、ちょっと正気を削ってあげただけじゃないのさ」
「手厳しいことをする」
「だって我輩も乙女だもん。今の話を聞かされたら黙ってられないわ」
すぐさま洞窟の中が黄色い光に照らされて警報音が鳴り響く。
すると洞窟の中の至る所から無人の銃座がせり上がり、こちらへ銃口を向ける。
降り注ぐ弾雨。
ああ、痒い。痒くて痒くて全身を掻き毟りたくなる。
俺はその感覚を我慢しながらも広い洞窟の奥へ奥へと進み続ける。
「チクタクマン、やれ」
「オーライ!」
一番近い二つの銃座へとケイオスハウルの腕が飛ぶ。
銃座に設置された機関銃はケイオスハウルの腕に掴まれた瞬間停止する。
「イッツ・ショータイム!」
チクタクマンの軽快な叫びと共に二つの銃座が百八十度反転する。
狙う先は未だ無意味な銃撃を続ける他の防衛装置。
魔力によって強化された機関銃が他の銃座を次々と破壊して、基地の自動防衛機構を無力化していく。
全ての銃座を沈黙させケイオスハウルの両腕を回収すると、洞窟の中の黄色い輝きは赤に変わり、洞窟内部でアナウンスが響く。
『総員退避完了、空間密閉完了』
俺達の背後が隔壁で封鎖される。
『
機体静止、座標固定。
俺の魔力を全力で機体へ投入。
ケイ爺さんに指導されつつシミュレータの中で何度もやった作業だ。
「にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!」
簡単な詠唱によりケイオスハウルを守る薄い光の壁を幾層にも創り上げ、それを目印に二体の邪神が壁を補強する。
メインカメラオフ、爆発による閃光から視界を保護。
真っ暗な闇の中で機体が大きく揺れた。
魔力を用いた防壁を貫通するレベルの衝撃か。ケイオスハウルじゃなかったら危なかったかもしれない。
「サスケ、この洞窟の一部を崩して我々を生き埋めにするつもりだぞ!」
「なんとかするからカメラを戻せ、前が見えねえ」
「ソーリー! 偶に君が人間だと忘れてしまう」
「あら、チクタクマン。そんなこと言ったらサスケちゃん傷つくわよ?」
「なに!? 褒め言葉だったのだが……」
「漫才は良いから早くして……」
視界が回復。確かに瓦礫に埋もれてしまったみたいだ。
装甲は回復が進んでいる。しばらくやられたふりをして時間を稼ごう。
生死の確認のために人手を裂いてくれたら儲けものだ。
「へへっ、あのデカブツ……あれだけやればもうとっくにスクラップに違いねえ」
「兄貴が魔術師様とつるむようになってから金儲けが楽になったぜ!」
「だけどあいつ何時もパソコンの前でニヤニヤしながら文章書いてて気持ち悪いよな……」
「馬鹿野郎、何処で聞かれているか分からんぞ……口は慎め」
無線通信だ。
近づいてきているのは男が四人。
こっちの様子が分かっていないらしい。
「サスケ、敵のエクサスが近づいてきている。作業用の機体だ。恐らく我々が倒れたものだと思っている」
「ならば丁度いい」
隔壁が開き、四機のエクサスが部屋に入ってくる。
「さあておっしごとおしごと! かみさんと子供食わせねえと……」
俺が顔を上げるとケイオスハウルは派手に瓦礫を吹き飛ばし、両腕を力強く天に向けて突き出す。
腕の関節から蒸気が吹き出し、カメラアイが紅に輝いた。
「お、おかしらあああああああああああああああああああああ!!!!」
彼らの意識には、きっとその紅が何時迄も焼き付いていたことだろう。
お前達に俺はどう見える? それでも、こんな姿でも、俺はお前らより人間だ。
人間だと、誰か言ってくれ。
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例え怪物の力だったとしても、俺は人間の為にこの力を使うと決めている。
そうでないと、俺の心の中の父さんが笑ってくれないから。
そうでないと、俺が人間だと俺が思えないから。
第十六話後編 「遭遇、虚数教団」
邪神奇譚、開幕!
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