第15話 熱闘、パルティアンショット!
「斬魔機皇ケイオスハウル! 出撃する!」
仮想空間とは思えない水飛沫の感覚と機体の振動。
現実に出撃している時となんら変わらない。
しかも機体を接続すれば一定レベルまでなら機体の性能が再現されるというのだから驚きだ。
「サスケ、相手の機体と思しき熱源反応が入江の中に有る。攻撃を仕掛けよう」
「入江の中は岩だらけだ。待ち伏せされているんじゃないか?」
「だとしてもなにもしないで待ち受ける君ではないだろう?」
エクサスが隠れられる程の大きな岩だらけの入江なんて不自然過ぎる。
バランスに配慮してシミュレータ空間に設置された障害物と見るべきか。
考えてみれば隠れる場所がないと正面から撃ちあうだけで練習にならない。
「分かった。岩場を利用して可能な限り身を隠しながら接近を――――」
「サスケ! 頭上だ!」
俺は咄嗟に上を向く。
視界の中に幾つものALERTサイン。
上空から無数のミサイルが接近していた。
「チクタクマン、練習していたアレをやるぞ」
「良かろう! 時間は私が稼ぐ!」
チクタクマンはケイオスハウルの隠し腕を出し、隠し腕に備え付けられた機銃で弾幕を張ってミサイルの攻撃を阻止する。
だがミサイルはまるで生き物のように軌道を変え、チクタクマンの操る機銃の弾幕を回避している。
このままでは直撃は時間の問題だ。
俺は右の拳を天に掲げ、精神を集中し、呪文を唱える。
「――いあ」
迫るミサイル。
時が止まったような刹那、俺の声だけが聞こえていた。
「――――いあ」
体の奥から熱が込み上げてくる。
視界の中に星の輝きがいくつも現れては消えていく。
見える。
これが魔力、そしてそれを支える無数の粒子。
「――――――あとぅ!」
星のように輝く粒子はケイオスハウルを通り抜けて俺の両腕に集積。
水晶のように透き通った蔦となって俺とケイオスハウルを直接結合した。
「サスケちゃん、早速呼んでくれたのね! 我輩超頑張っち――――」
「少し黙ってろ」
「あん、乱暴」
《アトゥの召喚》、並びに《感覚共有》の魔術が完了した。
「仕掛けるぞチクタクマン!」
「オーケーサスケ、出し惜しみは無しだ!」
「その眼を剥いて焼き付けろ!」
「輝く
両腕をミサイルに向けて構え、俺達は叫ぶ。
――――ああ、勿論ロケットパンチではない。
「「
ケイオスハウルの二つの腕が胴体を離れ、魔晄の尾を引いて蒼穹へ飛んだ。
ミ=ゴの宇宙船で暴れた時とは違う。
確かな両腕の感覚が此処に残っている。
感謝するぞアトゥ。
「いける!」
自分の腕を動かすように、ワイヤーで繋がれたケイオスハウルの拳が動かすことができた。
金色に彩られた黒鉄塊は見た目に似合わぬ燕の如き俊敏な挙動であっという間に十数発のミサイルを叩き落とした。
落ちたミサイルが次々に爆発し、水柱が派手に上がっている。
これはチャンスだ。
「この水柱に紛れて入江の中へ突入する。速度は最速、進路は直進、障害物ごとぶち抜くぞ!」
「ハハッ、君らしいねサスケ」
「行けっ! ケイオスハウル!」
俺の叫びに応じて水柱の中を進むケイオスハウル。
目の前に岩があろうと関係無い。
ホバークラフトになっている下半身まで分厚い装甲に覆われた機体は今更岩ごときで止まる訳が無い。
「熱源反応接近! あの大岩の影だ! どうするサスケ?」
「飛べ」
「なんだと?」
「飛べ」
右腕を伸ばして大岩の天辺を掴み、ワイヤーを巻き取りながら飛行用のブースターに火をつける。
するとケイオスハウルの巨体が見事に大岩を飛び越えた。
「サスケ! 相手はこちらの動きに反応している!」
その向こうでは蒼と白のダズル迷彩に塗られた機体がバズーカを構えていた。
「へへ、これで慌てないのか」
ケイオスハウルの左腕をバズーカに向けて射出。
ナックルとロケット弾頭が空中で激突し、視界が光に包まれる。
再び視界が開けた時にはミリアのパルティアンショットの姿は影も形もなくなっていた。
「一瞬で逃げたな」
着水してすぐに周囲を警戒するが何も無い。
「追い打ちを仕掛けてこなかったところから見るに、こちらの装甲の危険性を理解していると見て良いだろう」
「只のガキじゃねえのはよく分かった。ああいう女は嫌いじゃない」
「サスケ、随分とバイオレントじゃないか。ナミハナの癖が伝染ったんじゃないか?」
チクタクマンに言われて気づく。
やはり俺はケイオスハウルに乗っている間は荒っぽくなってしまうみたいだ。
邪神との同調による意識の変性か。まあ丁度良い。
「気のせいだ。追撃を仕掛ける。敵はどっちだ?」
「サスケ、三時の方向から魚雷が接近している。これは君が足を止めたせいだぞ?」
視界の右側にALERTの文字が浮かぶ。
「他愛無い!」
俺がその方向にケイオスハウルの拳を叩きつけて水柱を起こすと、その向こうで爆音と幾つも小さな水柱が上がった。
瞳に意識を集中し、周囲を見渡す。
僅かに残った魔力のキラキラとした光が同じ入江の中に有る洞窟まで続いていた。
「あそこか」
「見えるのかサスケ?」
「ほんの少しだけどはっきり見える」
過ぎ去った刻の流す涙みたいな魔力の残滓。
俺達はそれを追いかけて暗い入江の洞窟へと突入した。
「このまま一気に――――」
その時、足元で爆発が起きてケイオスハウルの巨体がぐらつく。
機雷だ。
「下半身のスカート部にダメージを受けた。サスケ、これは不味いぞ!」
「ああ……沈むな、潜航形態への変形は?」
「無理だ。この洞窟の中は浅すぎる。一度洞窟から出て体勢を……」
アトゥの本体を機体外部に召喚し、あの便利な蔦を脚として使えばケイオスハウルが便利な多脚型ロボになる。
だがそれはあまりに大人気無い戦い方過ぎて駄目だ。
こちらが正々堂々勝ったという印象を相手に与えなくてはいけない。
「今回の勝利条件は敵単体の破壊だ。魔力を損傷部位の補強・修復に当てろ。速度を上げて一気に突っ込む」
「オ、オーケー!」
びびってやがるなチクタクマン。
やはり邪神は闘争心において人間に敵わないのか。
「――――ッ!」
その時、突然後方で何かが光るのを感じた。
ああ、あれは魔力だ。
敵は単体、なのに後方で魔力反応が起きている。
この洞窟の中に誘い込まれたと見るべきだろう。
「サスケ!」
「知ってる!」
「サスケ!? 何故私より早く……」
「後だ!」
俺はホバークラフトになっている下半身を利用してその場で百八十度ターン。
やはりというべきか?
後方には無数の火器を身にまとったハリネズミの如きエクサス“パルティアンショット・ヘビーカスタム”が鎮座していた。
一杯食わされたかと思ったその時、突然画面にテキストチャットが表示される。
『対魔術師用の魔力チャフの味は如何でしたか? サスケ殿』
面白い。俺を嵌めて自分の得意な撃ち合いまで持ち込んだのは褒めてやる。
「最高だ!」
チクタクマンは俺の意思を敏感に読み取って補助腕に載せた機銃で乱れ撃つ。
相手のパルティアンショットは分厚い装甲によって機銃の弾丸を防ぎながら、俺達に火力投射を開始した。
「ミサイル接近!」
俺はケイオスハウルの両腕から拳を飛ばしてミサイルを撃ち落とす。
パルティアンショットは続けてバズーカにより俺のロケットパンチを迎撃。
爆発の衝撃でケイオスハウルの拳が洞窟の壁面にめり込んだ。
馬鹿げた技量だ。
「来るぞ魚雷だ!」
拳の引き戻しが間に合わない。
しかもパルティアンショットはバルカン砲でこちらのメインカメラを執拗に狙ってくる。
バルカン砲自体はケイオスハウルに傷一つ付けられないものの、眼に向けて弾が飛んで来るせいで反射的に目を瞑ってしまう。
神経接続型の操縦形式が抱える弱点を突かれたか。
「すまんチクタクマン」
視界が戻ると同時にもう一度機体が大きく揺れる。
魚雷が直撃したようだ。
「構うなサスケ、まだいける」
「ありがとう。じゃあ行くとしよう」
巻き戻した右腕の装甲を用いてガトリングガンを形成、左腕で胸の紋章からハウリングエッジを抜剣。
そのままエンジンを蒸かしてパルティアンショットに追いすがる。
パルティアンショットは驚くべき速度で撤退。
しかし魔力の残滓が残っていれば逃げる方向は分かる。
「うお゛お゛お゛おおおぁああああああああああ!」
渾身の力を込めたケイオスハウルの左腕から勢い良く蒸気が飛び出し、再びロケットパンチのように射出された。
剣を握ったまま飛び出していった左腕で魔力の光を追いかける。
ケイオスハウルの左腕俺から直接見えなくなってすぐだ。剣が何かを突き刺した感覚があった。
――――手応えありだ。
「あ゛あ゛あ゛あぁあああ!!」
腹の底から溢れ出る咆哮。
パルティアンショットを捉えたままワイヤーを引き戻し、動けないパルティアンショットにガトリングをありったけ放つ。
頭部にハウリングエッジを突き刺されたまま引きずられてきたパルティアンショットも、負けじと手持ちのライフルやバルカン、それにバズーカを撃ちまくる。
悲鳴を上げ、火花を上げ、きしみ歪む鉄塊と鉄塊。
「サスケ! これ以上ダメージを受けると再生が追いつかない!」
「ビビるな! 削り合いなら負けやしねえ! 最後に立ってりゃ俺達の勝ちだ!」
踊る心、燃える意思。それが自然と雄叫びに変わっていく。
正にその時だった。
無意識の中に潜む原初の混沌とでも言うべき何かから声が聞こえた。
未だ形にならない自分の願いに指向性を与える言葉。
人はそれを魔法と、呪文と呼ぶ。
その言葉を俺は叫ぶ。
胸に浮かぶままの、内なる神からの囁きを。
「ゴォオオオオオオオッド! ハアァァァァアアアァアウル!」
絶叫が魔術を帯びて大気を震わせる。
ケイオスハウルの口元を覆うマスクから輝く粒子の螺旋が発生し、パルティアンショットの装甲を砕く。
砕けた箇所にガトリングの弾丸が突き刺さり、その僅かな傷にぶつかった光の竜巻が再び装甲を砕く。
ケイオスハウルの至近距離にまで辿り着いた時、パルティアンショットの持つ幾重もの装甲は完全に破砕されていた。
勝負あり。
YOU WIN! の文字が浮かぶ画面を見て俺は溜息をつく。
少なくとも黒星はつかずに済んだ。
「……自分の、負けであります」
ミリアからの音声通信が入ってくる。
ボロボロになったパルティアンショットの頭部からハウリングエッジを引き抜いてから俺はそれに応えた。
「……そうだな。確かに俺が勝たせてもらった」
ケイオスハウルの装甲はそうやって話している間にも修復が開始され、凹んだり融けたりした部分が剥がれ落ち、内側から新品同然の装甲が現れる。
同じレベルの機体に乗っていればミリアが勝っていた。
そう思わせるだけの腕前だった。
だからだろうか、素直に慰めの言葉をかけるのは失礼な気がした。
「どうやら腕は信頼できそうだ。明日はよろしく頼む」
俺はそう言って先にシミュレータの筐体から降りる。
外で待っていたナミハナに近寄って彼女の耳元でこっそりと囁く。
「あいつのこと……任せていいか?」
「まあ、困った方ね。でも良いわ、元々ワタクシの責任だもの」
「すまない」
「代わりに、明日はワタクシと遊んでもらおうかしら? あの最後の大技、見てから回避してカウンター叩き込めるか試したいのよ」
「そんな服の試着みたいなノリで……」
ナミハナはそう言って熱っぽい眼で俺を見つめる。
どうやら先程の戦いを見てすっかり興奮してしまったようだ。
「駄目?」
「……良いよ、分かった。その分ここは任せるからな」
「ええ、良くてよ。貴方に頼られるのって結構嫌いじゃないもの」
俺はそう言うと城の屋上へと向かうことにした。
今日はなんだか疲れた。
少し一人で月でも見たかった。
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ナミハナの城の一番高い場所にあるラウンジはガラス張りだ。
柔らかい椅子に体を預けて天を仰げば月と星が煌々と輝いて俺を照らしていた。
俺は先ほどから冷えた牛乳とケイさんの居れてくれたコーヒーを飲みながらそれを眺めていた。
思い出すことは多い。
故郷の地球、今は亡き家族、そして俺の身体に起きている変化。
一体どれだけそうしていただろう。
チクタクマンに声をかけようとした丁度その時、ラウンジに少女が入ってきた。
「サスケ殿、失礼致します」
「ミリアちゃんか」
「お隣……よろしいでしょうか?」
「勿論、歓迎する。ゆっくり話したい事もあったし」
ミリアは勢い良く俺の隣に座る。
三つ編みが揺れていた。
「あ、あのっ……」
「牛乳飲むかい?」
ケイさんが置いていったもう一つのカップに牛乳を注いで渡す。
「ええと……その、頂きます!」
ミリアは牛乳を飲み始める。
俺も自分のコップの中の牛乳を口に運ぶ。
こうしている姿を見ると可愛らしい子供だ。
「少し良いかな」
「なんでありますか?
「ちょっと俺の身の上話を聞いて欲しいんだ。俺がなんで甘いことを言うのかって理由くらいは知ってほしいと思ってさ」
「身の上話でありますか? 自分は一度負けた身、大人しく聞くであります」
「そうか。それはありがたい。俺、一度殺されたことがあるんだよ」
「え!? あの……サスケ殿、それはどういった喩え話で……」
ミリアは信じられないといった顔で俺を見る。
それはそうか。
人を殺せば殺すほどに、死人が蘇らないことを深く知っている筈だ。
だから何が起きたのか俺は語って聴かせる。
「ミ=ゴという神話生物に殺されたんだ。その後に、残っていた脳を元にして機械の身体を使って生き返った」
「そ、そんなことありえるのですか!?」
「さあ? でもそれが俺の人を殺したくない理由だ。理屈は色々言うけど、結局そこに尽きる」
ミリアはそれを聞いてしばらく黙った後、ポツリと呟く。
「自分は邪神に滅ぼされた村の孤児で、自分の養父は元軍人の湖猫でした。自分も“敵は迷わず殺す”ように教育されているのであります。だから最初サスケ殿の考え方が理解できませんでした。父死んだ今も別にそれが間違いだったとは思っていません。それで自分は今日まで生き残ってきました」
「…………」
敵は迷わず殺す。
それが誤っているとは思えない。
この世界はそういう世界で、きっとそれが当たり前だ。
むしろ間違っているのは……俺だ。
「ですが、サスケ殿の言うことも否定できない自分を感じています」
「そうか……奇遇だな。俺もミリアちゃんの言うことは否定出来ないと思ってる」
「ただ……」
「ただ、なんだ?」
「勘違いをしないで欲しいのでありますが、自分は別にサスケ殿を認めた訳ではないのであります! サスケ殿の腕はよく分かりましたが、あれではまだまだお姉様に釣り合いません!」
「馬っ鹿、それは関係ないだろうが!?」
「大有りであります! 自分が負けて半泣きになってた横でお姉様が! お姉様が! 貴方相手に睦言を交わしていたのを自分は見たのであります! 絶対に許さない!」
「そんなの絶対おかしいよ!?」
結局、多少は関係がまともになったとはいえミリアが厄介な奴だということには変わりないのであった。
だが今から二日後、俺達は互いに命を預け合うことになる。
それが怖くないのはきっと今こうしてぶつかり合ったからなのだろう。
きっと、これでよかったんだと思う。
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何処までも広がる蒼い世界。
其処に住まうのは何も美しい者ばかりではない。
人の数だけの欲望と人の数だけの悪徳は何処の世界でも変わらない。
それはきっと当たり前で、悲しい事実。
だから俺達は剣を振るう。
第十六話前編「宝島」
邪神機譚、開幕。
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