第二章 虚無の教団(テスタメンツ)、襲来!

第11話 湖猫酒場の懲りない面々

 ギルドによる依頼完遂後の後処理は鮮やかなものだった。

 俺とナミハナはそれぞれの仕事を果たした後に海上で合流し、ギルドの出してくれた輸送船による送迎付きでザボン島の港まで戻ってきた。

 ケイオスハウルとラーズグリーズは同じ輸送船によって秘密裏にナミハナの城まで運ばれた。

 ギルドは今回の戦いを全力で隠すつもりらしい。

 ナミハナはこれを使って上手く商売をするのだろうが……まあ俺には関係ない話だ。

 ナミハナが普段着のドレスに着替えた後、俺達は船から降りてギルドの事務所の前へと辿り着いた。


「ワタクシはマーチに依頼の報告をしてまいります」

「俺も行くよ」


 ナミハナはそれを聞くと首を横に振る。


「いいえ……サスケにはまた別に行って欲しい場所が有るの」


 そういった彼女の顔は楽しくてしょうがなさそうな顔をしている。

 一体何を考えているのだろう。


「行って欲しい場所? 何処だ?」

「そこの酒場ですわ」


 ナミハナはギルドの事務所のすぐ側に有る酒場を指差す。

 湖猫酒場ザボン島支店か。そういえば行こうって話していたっけ。


「酒場ね、まだ昼前だぜ?」

「だってワタクシが同伴で湖猫酒場に行ったら遠慮して話しかけてくれないでしょう? 大丈夫よ、ワタクシは陰ながらこっそり見て良い感じのタイミングで登場して差し上げますわ!」

「別に話しかけてもらう為に酒場に行く訳じゃないだろ……」

「駄目ですわ! あそこに居るのは皆同業者! 商売敵でもあれば命を助け合う仲間でもあるのだから! ちゃんとお互いのことを理解しないでどうなさるのよ!」

「……それもそうか」

 

 人付き合いは好きじゃないがナミハナの直感に間違いは少ない。

 ここは従っておくとしよう。


「じゃあ手を出して?」


 ナミハナの言うとおりに手を差し出す。


「これ、お小遣いですわ」

「お小遣い?」


 ナミハナは俺の手の上に何枚か金貨を乗せる。

 俺知ってるよ。

 これってヒモって言うんでしょ?


「5ゴルドも有れば充分です。飲み物は大体が2~3シルバで、アルコールになると5~6シルバだから……」

「待ってくれ、俺はこの世界の貨幣制度に疎い!」

「大体さっと晩酌すると20シルバくらいですわ」


 20シルバは1ゴルドに満たないのか。切りが良いのは100シルバくらいだろうか。

 推測するに銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚か。さらに言うと1シルバで100円くらいと見た。

 面倒だ。

 こういう貨幣制度を進歩させた異世界人は居なかったのか?


「なあ、金貨一枚で充分じゃねえか?」

「あーたねえ! 小遣いケチケチしてたらワタクシの沽券に関わりましてよ! たっかい酒の一本くらいどーんと頼みなさい!」

「酒飲めるの!」

「何を仰ってるの? サスケだって15は超えているでしょう?」

「もしかしてこの国では15歳が成人なのか?」

「この国っていうか……それが普通じゃなくて? ああ、サスケは違ったわね」

「飲み慣れないものを飲むことになる。みっともない所を見せることになるかもしれないが……その、まあ、なんだ。許せ」

「うふふ、それは楽しみね。是非とも見せてもらいたいものですわ。サスケのみっともないと、こ、ろ」


 ナミハナの声は癖になる。

 甘くて柔らかくて皮膚の毛穴から染み入って血管に入り込み体中に浸透する。

 心が揺らされたことを悟られないように、わざと彼女の瞳から視線を逸らした。


「やれやれだ……行ってくる」

「喧嘩とかなさらないでね?」

「……ああ、まあ可能な限り」


 この世界に来る少し前まで俺が何をしていたか。

 それを思うと多少不安になるがあえて口には出すまい。

 俺は意を決して湖猫達の酒場へと足を踏み込んだ。

 店の中は古いアメリカの映画に出てきそうなガソリンスタンドに併設された喫茶店って感じだ。

 カウンターには屈強な男たちが肩を並べる一方、テーブル席には四方山話に花を咲かせる女性のグループや俺よりも若い少年達のグループも居る。


「いらっしゃいませ湖猫さん! 入店にはカードが必要でーすよっ!」


 赫髪蒼眼でセーラー服を着た子供が俺に話しかけてくる。

 

「あれ、君はこの前会った……2Pカラーにでもなった?」

「2P?」

「すまないこっちの話だ。君に良く似た人を先日見たんだ」

「ああマーチのことですか? ということは貴方他の街から来たか新入りの方ってことですね」

「そうだ、新入りって奴。まだ右も左も分からない」

「へえ、珍しいですねえその歳で! 私はエイプリルです、妹がご迷惑をかけて無ければ良いのですけど」


 俺はエイプリルにカードを差し出す。

 エイプリルは住所の欄を見て目を丸くする。


「記憶が無くてな、今は其処で面倒見てもらってる」

「成る程、戦闘スタイルが未定なのですね」

「え? ああそうだけど……まだ依頼も受けていないから決められないと思ってな」

「お兄さん、多分だけど撃手と衛師の双属性です」

「どういうこと?」

「妹程頭は良くないのですが、湖猫さんは大体面構えを見れば得意な事がわかります」

「俺が得意なこと?」

「貴方は誰かの為に生きたい人なのではないでしょうか?」

「いえいえ、俺は俺が最優先な人ですから」


 確かに親父にはそう教えられた。

 人の為になるように生きなさい、と。


「だから向いているのです。エゴイストでなければ人を救い守り続ける過程で壊れます。そんなの衛師としては二流ですよ」


 親父にも似たような事を言われた。

 エゴイストでなければ、とまでは言われなかったが自己犠牲は愚かしい行いであると。


「そういうものなの? 意識したことは無かったけど……」


 確かにこいつは鋭い。

 他人のことを良く観察している。


「はい、まあそれ以前に全長8m以上の大型機体なら護衛や大型邪神討伐が基本的な仕事になるんですよ」

「そういうことね。まあ折角大型持ってるしそういう仕事の方が俺も嬉しいな」


 人に仇為す神話生物を叩き斬るというのは悪く無い。


「良ければスタイルの件、私から後でマーチに伝えておきますよ?」

「まあ急ぐことでもないからいいよ」

「あいさーい。オッケーでーす。じゃあこちらどうぞ、カウンター席となります!」


 エイプリルは俺をカウンター席に連れて行く。

 ひ弱な今時っ子をこんなガチムチマッドマックス軍団のど真ん中に座らせるとか鬼か。


「まずはお飲み物の注文どうぞー!」

「メニューは有るか? 初めてなんだ」

「今お持ちしますねー」


 エイプリルは俺を置いてカウンターの奥へと引っ込んでしまう。

 どうしよう。

 チクタクマンに質問することもできない。同じ理由でアトゥに話を聞いてみることもできない。

 今更気づいたけどナミハナにアトゥの話をし忘れていた。

 どの道、人目の無いところで慎重に話さないといけないことだから良いのか?

 二人共人目を気にして黙っていてくれるのはありがたいが、一人だと少し困る。


「…………」


 いやそれにしても何も話すことがない。

 鋲を打った革ジャン姿でモヒカンのおっさんとか、同じような服装のスキンヘッドのおっさんとか、グラサンロン毛のお兄さんとか、全身白塗りで歯を全て銀歯にしたお兄さんとか、そんな中に放り込まれた!

 

「……坊主」


 うわ話しかけられた!?

 白塗りスキンヘッド総銀歯のお兄さんに坊主と言われるとは思わなかった!

 きっと『どうしたぼうや、ママとはぐれたのか? おい、こいつにミルクでも飲ませてやってくれ! HAHAHA!』って言われるに違いない……!


「……はい」


 やばい、やばい、やばいよ。

 助けてナミハナ、助けてチクタクマン、助けてアトゥ……ああやっぱアトゥは来なくていいや。


「さっきのエイプリルちゃんとの会話を聞いていたが……新入りなんだってな」

「はい、右も左も分からないような若輩者です。ご指導ご鞭撻頂ければ……と」

「ふんっ、随分とお上品じゃねえか。ここじゃクソの役にも立たねえ台詞だ……」

「…………」

「ヘイ、俺を見ろ。目だ。目を見ろ坊主」

「……はい」


 ビクビクしながら顔を上げて白塗りスキンヘッドお兄さんの目を見る。

 やばいよ……この人やばいよぉ……。


「ったく、近頃のガキは覇気が無いねえ」


 そう言ってお兄さんは店の奥に溜まっている俺と同年代の若者達の方を見て溜息をつき、それを見ていた俺の方を向いてもう一度溜息をつく。


「まあ良い。依頼の達成は二の次、それでまずは生き残りな。死んだら金も使えねえんだ」

「はい」

「あと依頼で殺しあった相手でも陸じゃ恨みっこ無しだ」

「はい」

「陸で女を盗られても海じゃお手々繋いで仲良しこよしにしておけ」

「貴方はそうしたんですか?」

「勿論……後ろから撃ち殺したよ」


 お兄さんは銀歯を剥き出しにして笑う。

 ハッキリ言って怖い。


「デスヨネ」

「そらおめえあったりまえよ!」


 お兄さんは笑い出す。俺も合わせて力無く笑う。

 ひとしきり笑った後何気なく横を見ると何時の間にかメニューを持ったエイプリルが立っていた。

 待っててくれたのか。これは悪いことをした。


「シドさん、指名で依頼来てますよー?」

「おう、人気者はつれーな! じゃあ行ってくるとすっか。また会おうぜ坊主、お互い生きていりゃよう」

「ええ是非。ただ人気が過ぎて撃ち殺されないようにしてくださいよ?」

「安心しな、この面じゃ女なんて寄り付きゃしねえ! 笑顔で話してくれるのなんてエイプリルちゃんくらいさ」

「やだもー! ほめても何も出ませんよ。ではではシドさん奥の七番の個室へどうぞー!」

「応ッ! じゃあな坊主! 俺達は湖猫だ。俺達は生きて死ぬ。そしてまた生きる。覚えておけ!」

「どういう意味ですか?」

「どーせ短い人生だ。思い切りよく戦って、派手に死んで、誰かの心に生き続けろってことさ!」

「そういうことですか……ありがとうシド兄さん」

「応ッ、気にするな! 坊主、てめえの名前は?」

「サスケ、佐々佐助だ」

「覚えておくぞサスケ、また会おう!」

「応ッ!」


 お兄さんはエイプリルに連れられて店の奥に消えてしまった。

 話してみると、普通に良い人だった気がする。

 エイプリルが俺の気質と合う人だと判断したのかもしれない。

 だとするとすごいなこっちの受付嬢(姉)も。


「…………」


 店内を見回すと俺と同じくらいの年頃の若い男の集団がこっちを見ている。

 エイプリルが向こうに案内しなかったというのはつまりそういうことなのだろう。

 どうにも同年代の人間ってのは苦手だ。

 自分の馬鹿なところを見せつけられているような気がする。

 それを指摘でもしようものなら……ああいやだいやだ。

 彼らと俺が接触する前にエイプリルは店内に戻ってくる。


「サースケさんっ! 遅れましたメニューです!」

「ああ、ありがとう」


 俺はメニューのドリンクの欄をざっと眺める。

 一度でいいからこういう場所で飲んでみたいものが有ったんだ。

 

「――ミルクでも貰おうか」

「はーい! ミルク……ミルク……?」

「――無いのか?」

「――有ります」

「――有るのか!」


 ちなみに牛乳はめちゃくちゃ美味しかった。

 後から迎えに来たケイ爺さんに聞いたところこの街の近くの山の上に牧場が有り、ザボン島全体の名物になってるのだとか。

 超美味しかった!

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