第12話 新人メイドにご妖神!?

 俺は迎えに来たナミハナに連れられて彼女の城に帰ってきた。

 城に戻ってもまだ日は高く、まだ元気が残っている内に俺とナミハナは今回の依頼について話し合い、情報の共有を行うことにした。

 城のサロンでケイ爺さんの淹れた旨い紅茶を飲みながら俺達は互いの成果について報告を始める。


「なあ、戦果の報告なら酒場じゃ駄目なのか?」

「駄目よ、あそこの会話はギルドに聞かれている可能性が高いわ」

「ここは聞かれていないのか?」

「勿論。そのような無礼な真似、ナンバーズ相手にしたらどうなるかわからないもの」

「単騎で邪神と戦える戦力だもんな」

「そういうことよ。さてサスケ、とりあえずこれを受け取りなさい」


 ナミハナは袋に入った硬貨を俺の目の前に置いた。

 金貨、銀貨、銅貨。ドリームランドの貨幣だ。


「こいつは?」

「今回の依頼の報酬よ。これはサスケの分」

「随分多く見えるな。報酬が多いとは聞いていなかったけど」

「貴方が送ってくれた遺跡のデータやあの巨大な落とし子の亡骸に良い値段がついてよ。それに囚われていた人々を救出したことによる報奨金も」

「成る程、俺の名前はできるだけ出さないでおいてもらえたか?」

「協力者は居たけど詳細は伏せる……で良くて?」

「それで良い」

「でもワタクシとしてはサスケの手柄を横取りしたみたいでなんだか恥ずかしいですわ」

「お前の性格的にそういうのは嫌だってわかるけど……其処を曲げて頼む」

「良いわ。でも乙女に恥をかかせる責任はとってもらいますわよ?」

「せ、責任……?」


 焦る俺。笑うナミハナ。

 からかわれているのだろうか。本気だったら良いのに。

 責任がどういう意味なのか、自分にとって都合の良い意味で考えてしまうこともできるけど、それは少し怖い。

 本当に人に好きになってもらうってどういうことなのだろう。


「責任……ね。まあ責任もって働きはするけど……痛ッ」


 ナミハナにデコピンを食らう。


「いくじなし」


 彼女は不機嫌そうに唇を尖らせた。


「手厳しい……」


 これはフラグ確定なのか。

 この台詞的には恐らく好意は間違いないのか?

 でももう少しゆっくりお互いの事を知り合ってから関係を深めるべきではないのだろうか?

 俺にはわからない……。


「ともかくこのお金で飲みに行くも良し、なにか買いたいものが有るなら市場に行っても良し、好きになさって」


 ナミハナはツンとした表情のまま硬貨の入った袋を俺に押し付ける。

 どうやらこの我儘お嬢様の機嫌を損ねてしまったらしい。


「助かる。そうだな……絵を描きたいんだ。紙とペンが欲しいからどこかに無いかな? それに本も有ると嬉しい」

「絵?」

「趣味だ。この世界に来る前は絵描きになりたかった」


 才能の無さには気づいていたけど、漫画を描き続けることだけはしたい。

 たとえ異世界に来ていたとしてもそれは変わらない。

 というか、これだけ異常な世界に来たからこそ自分の趣味だけは続けないとどうにかなりそうだ。


「あらそうなの? じゃあその内ワタクシも描いていただこうかしら?」

「ああ、楽しみにしていてくれ」

「とびきり美人に描いてくださる?」

「ああ……そうか、写実的に描けということか」

「やだもう! サスケったらいきなりそういうことを言わないでくださいな!」


 ナミハナは俺から目を背けて顔を赤くしている。

 さっきいじめられた仕返しだ。


「ふふ、悪かった」

「別に悪い気はしませんのよ? 悪い気は……ね?」

「そいつは良い。ところで俺の方からも一つ重要な報告が有るんだけど良いかな?」

「重要な報告?」

「遺跡を探索した結果についてまだ話していない事があるんだ」


 そう。

 俺はまだアトゥのことをナミハナに伝えていないのだ。

 遺跡の探索が終わった後にナミハナがギルドの輸送船を連れて迎えに来てしまったせいで言うに言い出せなかった。

 人目が有るところで「邪神拾ってきたんだけど飼って良い?」とか聞ける訳無い!


「話していない事?」

「実は遺跡の中に……」


 俺がそう言いかけた時だった。

 俺の視界の隅で長く麗しく真っ直ぐな黒髪が揺れる。

 ギリシャの神々に良く似た純白の衣を纏った美少女が何時の間にやら俺達の目の前に現れた。美少女と言っても俺達よりほんの少し年上に見えるが、それについてはとやかく言うまい。


「はじめましてナミハナちゃん」


 女神は恭しく衣の裾を摘まみあげる動作カーテシーをする。


「我輩の名はアトゥ、あの遺跡に封じられていた神霊よ。我輩この度めでたくサスケちゃんの使い魔として契約して遺跡の外に出てきたの」


 勝手に出るなと俺とチクタクマンが念を押していた筈なのに、勝手に出てきた。

 このアッパラパーゴッドは一体俺達にどこまで迷惑をかけるつもりなんだ?

 これで何の役にも立たなかったら今からでも叩きだしてやろうか。


「サスケ、説明なさい」

「遺跡の中で少しトラブルに巻き込まれた時に助けてもらった。こいつを使い魔にしたおかげで俺も多少魔法が使えるようになった。以上」

「何故それを先に言わなかったの?」

「ギルドの監視下で話したくなかった」

「……成る程、道理ね」


 ナミハナは勘が良いけれどもそれに頼り過ぎる悪癖がある。

 アトゥとナミハナの余計な衝突を避ける為にも、俺はアトゥについて最小限の事実のみを語ることにした。

 だがアトゥは俺の考えを知ってか知らずかナミハナに盛んに絡み始める。

 

「ふふふ、会いたかったわナミハナちゃん。サスケちゃんから貴方の――」


 アトゥの後頭部を平手で叩く。サイボーグフルパワーだ。


「いったぁい!? 我輩不当な扱い受けた! 酷い! ちょっと前までミステリアスな雰囲気出してたのに! キャラ崩壊よ! これはある種の殺神さつじんよ!」

「そうだな、わかったから少し黙ってろ」


 何故なら余計なことを言われると困るからだ。


「うう……前途多難だわぁ~!」

「まあ、その、なんだ。ちょっとアレなところも有るがこいつも俺の使い魔としてこの屋敷に置いてくれないかな?」

「…………」


 ナミハナが明らかに気に入らない顔をしている。

 

「悪い奴じゃないんだ。話せばわかるし……」

「――――じいや!」


 ナミハナが叫ぶと天井から執事のケイさんが降りてくる。

 片膝をついての着地を決めたケイさんはアトゥを一瞥した後、ナミハナに向けて頷く。


「じいや、この女大丈夫?」

「大丈夫と言われましても……規格外の力を持っているだけの歳を経た植物の精だとしか……。邪神の気配はしませんな」


 邪神の気配がしないのか?

 ケイさんがとぼけているのか。

 あるいはアトゥ自身が弱っているのか。


「植物?」

「ええ、種類はわかりませんが相当の霊格を持っている。今は失われてしまった霊樹の精かも知れませぬ。確かに神といっても過言ではないでしょう。気に入らないと仰るのでしたら排除いたしますか?」

「あらぁ、そこの渋いオジサマったら。面白いご冗談をおっしゃるのね。生身で私を排除できるとかできないとか――」


 パチン。

 ケイさんが指を一つ鳴らすとサロンの床から大量の鎖が伸びてアトゥの四肢を縛り付ける。


「――ご、ごめんなさい。冗談です……アトゥちゃん安全です。むがいないきものです」


 アトゥが空色の瞳を涙でキラキラ輝かせながら謝ってる。

 本拠地から出てきてしまったせいか知らないが予想以上に弱いなこの女神!

 メンタルは勿論、戦闘面でも本当に大したことないらしい。


「ええ、私めもほんの冗談のつもりでやっただけですよ。笑ってくださって結構」


 ケイ爺さんがもう一度指を鳴らすと鎖は解けて全て床の中に消える。


「助けてぇ……サスケちゃぁん……ぐすっ、人間って怖いよぉ……」

「そいつが妙なことやったら何時でも始末してもらって構いません。勿論可能な限り拾ってきた俺が決着はつけますけど……」

「畏まりました。サスケ様」


 ケイさんは愉快でたまらないという表情でウインクする。

 ヒドい爺さんだ。だがこういうおちゃめな人が俺は好きだ。

 俺は感謝を込めてサムズアップした。


「サスケちゃんが私を見捨てたぁ!」


 少しいじめすぎただろうか?

 でもアトゥはこのくらいやらないと素直に言うこと聞かない気がする。

 このあたりで少し気分を良くさせてやるべきか。


「頼むから人間社会に馴染んで下さい神様……」

「ふふ、その願い聞き入れよう!」


 下手したでに出たらこれである。

 単純だ。


「ところでサスケ様、一つよろしいでしょうか?」

「なんですかケイさん?」

「この神霊を貴方は使い魔にしたということですが、使い魔というにはあまりに拘束術式が少ない」

「拘束術式?」


 俺は首を傾げる。


「ええ、サスケ様。使い魔を使うならば自らの命令に忠実に従うように幾重にも刻印を施したり、精神操作の魔術をかけるのが基本なのですよ。特に高位の精霊を使い魔にする場合はそうです」

「そうなんですか?」

「あらオジサマ、我輩なら心配無いわ。だって我輩はサスケちゃんのことが大好きだもの」


 それを聞いた瞬間ナミハナがアトゥを睨みつける。

 怖い。超コワイ。


「ちょっとお待ちなさい! 精霊の癖に何を言っているの! サスケも明らかに困惑しているでしょうに!」

「えー、そんなことないわよねー?」

「…………」


 いやー、確かに困惑はしている。


「サスケ、ちょっとこの勘違い精霊にガツンと言ってやりなさいな!」

「ガツンとっていうか、まあ……あくまで魔法使いと使い魔ってスタンスで通すよ俺は」


 困惑はしている。

 だが困惑の意味は多分ナミハナが考えているのとは違う。

 この困惑は「ふふ……ついに来てしまったか、異世界特有のモテ期! ちょっと怖いぞモテ期!  身の振り方間違えると一生後悔するぞモテ期! よりによって今来たかモテ期!」という困惑だ。


「ほら見なさい! 神霊のくせに人間に粉かけるなんて間違っていますわ!」

「キャハハ! 神様は何も禁止していないわ! 別にサスケちゃんが誰を好きになろうとどれだけ好きになろうと構わないじゃない……一人でも二人でも三人でも!」

「不道徳ですわ! インモラルですわ! 不潔ですわ! 一夫一妻制以外認めませんわ! ねえサスケ!」

「俺の居た世界でもそれが基本だったな」


 それにアトゥとはちょっと価値観が違いすぎて異性として見るのはきつい。


「えー? サスケちゃん心の底では女の子にチヤホヤされるのに憧れているんでしょー?」

「だとしてもお前に何言われても怖いからな。アトゥ、お前ちょっと黙ってろ」

「むー」


 アトゥは残念そうに眉をハの字にする。

 よく見ると口元だけが薄く笑みを浮かべていた。

 俺の視線に気づいたのか彼女は自らの人差し指を口元に当ててほんの少しだけ俺の方を見る。

 あの時の唇の感触を思い出して、背筋が冷える。


「なんか分からないけど腹立ちますわ! 何時になく腹立ますわ!」

「お嬢様、精霊とは多くがあのように雑な生き物です。一々気にしていては身が保ちません」


 雑。

 確かに雑だ。


「だいたい精霊って嫌いなのよ! あの媚びたような態度といい! 気まぐれといい!」

「お嬢様、そのようなことを仰ると旦那様が悲しみます」

「……もう!」


 旦那様、ナミハナの父親か。

 もしかしてナミハナが神や精霊との混血なのか?

 もしくはナミハナの父親の第何番目かの夫人がそういう人外なのかもしれない。

 それはそれとしてケイ爺さんや、あんたも精霊を雑扱いしたよな?

 棚に上げたよな?

 その意見に全面的に同意はするけど!


「すまない……面倒なことになってしまった」

「サスケが謝ることは無くってよ!」

「すまない、本当にすまない……」


 あの時点で皆を助ける為には最適の行動だと思っていたんだが、全てが上手くいくとは限らない。

 ここまでナミハナの機嫌を損ねる結果になってしまうとは……胃が痛い。

 そしてアトゥは絶対にこの状況を楽しんでいる。

 間違いない。


「それでお嬢様、この神霊は城に置くのですか?」

「置くしか無いでしょう? サスケと契約とりつけちゃったんですもの」

「まあありがとうナミハナお嬢様。我輩嬉しいわ」

「その代わり、タダで置いておくつもりは有りませんわ」

「と、言いますと? どうなさるのですかお嬢様」

「爺や、そろそろお手伝いが欲しいと言っていたわね!」

「ああ……そんなことも言っていたような気がしますなあ」


 ケイ爺さんはニヤリと笑うと小さな杖をアトゥに向ける。


「ア・ブラ・ハダブラ! 主が城に相応しき姿へこの者を設えよ!」


 爺さんが呪文を唱えるとアトゥの服装が一瞬でメイドさんの良く着ているお仕着せに変化する。


「おぉ~! なにかしらこれ! 我輩可愛い!」


 いわゆるメイド服とは異なる本物のお仕着せだ。

 デザインとしては若干地味だが、だからこそセンスが光る逸品である。

 しかもアトゥの長い黒髪がお仕着せに良く映える。


「爺や! その生意気な神霊とやらをメイドとして完璧に教育なさい! 文句無いわねサスケ!」

「契約した使い魔の教育をできないのは魔術師としてどうかと思うんだけど……」

「 良 い わ ね ! 」

「 良 い よ ! 」

「売られた我輩!?」


 アトゥのことは嫌いにはなれない。むしろ好きだ。

 だがそれはそれとして少し大人しくなってもらわないと困る。

 そもそもナミハナにここまで念押されるともはや文句を言うこともできない。


「という訳でアトゥ、普段はお前にメイドとして働いてもらう。良いか?」

「ええ。面白いんじゃない? 神たる我輩をメイドにするなんて想像できなかったもの! それに今のサスケなら我輩が何処にいても力は使えるから心配しなくても大丈夫よ」

「お前が従ってくれるならば問題ない。ところでケイさん」

「なんでしょう?」

「アトゥのメイド修行ついでに俺に魔術の使い方を教えてほしいんだけど良いかな?」

「魔術? サスケ様は契約をなさったのでは?」

「契約はしたけど、契約でどんな魔術を使えるようになったかとか、どうやって魔術を使うと効率が良いかは分からないんだ」

「そういうのは契約相手にしっかり聞いておくものですぞ」

「我輩に任せなさい!」

「分かった。後で教えてくれ」

「はいはーい!」

「ふむ……とはいえそのレベルの知識で神霊とここまで深く合一できたのですか。ならば飲み込みは早い筈。依頼の合間合間に教えましょう」

「ありがとうございます」


 そうか。

 やっぱり俺は魔術が得意なのか。だが何故だ? この世界の外から来たからか?

 まあ良い。理由はそれこそ後でチクタクマンにも聞いてみよう。


「サスケちゃん、がんばってね!」

「お前こそケイさんに迷惑をかけるなよ」

「我輩は大丈夫よ。だって神様だもの、人の子の礼儀作法くらい完璧なんだから!」

「それは頼もしい。では早速ですがアトゥさん、参りましょうか。丁度床掃除をさせる使い魔が足りなかったところでしてね」

「ええオジサマ。そういうことならなんなりと!」


 二人は部屋を出てどこかに行ってしまった。

 隣のナミハナはクスクスと忍び笑いをしている。


「ふふ……爺やのシゴキは厳しいですわ。まだ実家に居た頃はこれに耐え切れずにお屋敷を去っていったメイドを何人も居たんですのよ、うふふふ……!」


 ああ……ナミハナが悪い顔をしている。まるで悪役令嬢のようなツラだ。

 というか良いのかナミハナよ、そんな顔してるとお前までギャグ側の住人になってしまうぞ。

 

「さあサスケ、ザボン島に戻るわよ。爺やは新人教育で忙しいし、お昼ごはんは向こうの酒場で食べましょう」

「悪くない。俺の初めての依頼の成功祝いってことで、今日はパーッとやろうぜ」

「ええ! 勿論ですわ!」


 俺は紅茶を一気に飲み干すと席を立ち、ナミハナと共に街へ戻った。

 背後からアトゥの「このお屋敷広すぎるわ! アトゥこんなところの雑巾がけとか無理だもん!」という悲鳴が聞こえた気がしたけれど無視した。

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