第13話 ミリア・アルミリア・アストラル

 俺とナミハナはまだ日が高い内から湖猫達の集まるギルド直営の酒場を訪れた。

 初依頼が成功したお祝いも兼ねたランチだ。


「さ、行きましょう」


 ナミハナは自らの手で湖猫酒場のドアを押し開ける。

 その堂々とした佇まいはまるで彼女が其処を支配する王だとで言っているかのようだった。

 いや実際、この街では一番の腕利きだから良いんだけど。


「いらっしゃいませナミハナ様! あらサスケ様とご一緒ですか」

「ふふ、そうよエイプリル。彼はどうだったかしら?」

「筋は良いと思います! これからが楽しみですね!」

「そうでしょうそうでしょう! この子、今に凄いことになるから楽しみにしてなさい!」

「はい! そうさせていただきます! それでは席にご案内いたしますね!」


 俺達が来たと同時に店内の視線がナミハナと俺に突き刺さった。


「サスケ、気にすることはないわ。貴方は私の相棒として堂々としていなさい」

「ああ、分かっている」


 怯えることはない。どういう場所かは分かっている。


「ではではお二人様ご案内します!」


 俺とナミハナはエイプリルに連れられて人の少ない二階へと上がった。


********************************************


 驚くべきことに二階はガラス張りの高級レストランになっていた。

 一階の雰囲気とはあまりに違いすぎる。

 如何にもフランスか何処かの高い店って感じだ。

 俺達が席に座るとエイプリルは俺達にメニューを差し出す。


「お飲み物の方を先に御注文いただけますか?」

「ワタクシはワイン、今日はサジタリウスの赤が良いわ。ボトルで頂戴」

「承りました、それではサスケ様は如何いたしますか?」

「俺は――ミルクでも貰おうか」


 お酒は二十歳になってから。

 ナミハナが言うにはこの世界は十五歳で成人らしいけど、それはこの世界のルールだ。

 俺のルールは俺が決める。


「はーい! ミルク……ミルク……またですか?」

「――――もう無いのか?」

「――――有ります」

「――――ミルクをジョッキで!」

「承りました。フードメニューはこちらですので決まりましたらお呼びくださいませ」


 エイプリルは最後にもう一度俺達に微笑んでから一階へと戻っていく。 


「ザボン島の中央に有る山の頂きには牧場が在りますもの。それは勿論美味しい牛乳が毎朝麓の街まで届けられますわ」

「農地が少ない分酪農に力を入れているのか」

「ですわね。あと傾斜を活かした果物の生産も多くてよ」

「穀物は輸入頼り?」

「そもそも贅沢品ですわ。栄養だけを考えれば合成食料が基本ですもの」

「合成食料?」

「サスケの居た世界ではいざ知らず、ワタクシ達の世界の食糧事情は厳しいのですわよ。ロブスターやステーキ見てあんな平然としていられるのは大金持ちと異世界から来る夢見人くらいですわ」

「あっ……最初の晩飯か」

「貴方、なんだか普通の御馳走を食べるような雰囲気で食べているんですもの。それは単なる記憶喪失じゃないって思いますわ」

「俺が記憶喪失じゃないって分かったのはそういう理由か」


 ナミハナはクスクスと笑う。


「サスケって、嘘や隠し事が苦手ですのね」

「そうかもしれない。だけどそれを恥ずかしいとは思わない」

「ワタクシもそう思います。好きですわ、そういうの」

「そう言ってもらえると……俺も嬉しい」

「ところでサスケ、ついさっきこちらに来る前に一人お客を呼んだのだけど良いかしら? 今後の為に一つ商談をしておきたいのよ」

「客?」

「ワタクシのファンの子よ。彼女も湖猫なの」

「ファンね……別に良いけど」

「そう、それは良かった。ミリア、ミリア・アルミリア・アストラル。入ってらっしゃい」

「失礼しますお姉様」


 俺達の居る部屋の奥に有った扉が開いて俺達より年下の少女が入ってくる。

 橙色に近いクリっとした瞳、三つ編みにした黒髪、血色の良い薄紅の差した肌。

 眼の色こそ違うが俺と同じ黄色人種か。

 リンカースーツの上に青いミニスカートと白いセーターを着ている。

 ナミハナと違って服装に関しては常識が有るらしい。

 あとは大きな眼鏡。可愛らしい。

 しかしリンカースーツが黒だとそれはそれでエロいんだけど……まあ余計なことは考えないでおこう。

 

「お初にお目にかかります。自分、ミリア・アルミリア・アストラルであります!」


 凛とした声を張り上げ、ミリアは俺に敬礼する。

 軍人か何かか?


「どうも……佐々佐助です」


 俺は立ち上がって握手を求めてみることにした。

 ミリアはナミハナの様子を伺っている。

 ナミハナが目線でミリアに合図を送るとミリアは俺の手を握り返した。


「サスケ、こちらがワタクシの可愛がっている妹分のミリアよ。ミリア、こちらはワタクシのバディになったサスケよ」

「客人というからギルドの偉い人かと思ってヒヤヒヤしたよ」

「お姉様が仰っていた会わせたい殿方とはこの方ですか?」

「ええ、そうよ」

「ふむ……見ない顔であります。失礼ですがランクはお幾らでありますか? ちなみに自分はCランクの湖猫であります」

「俺はDランクだな……最近湖猫になったばかりでね」

「補足すればミリアもサスケももうそろそろランクが上がりそうよ」

「俺もか?」

「前回の依頼では大活躍なさったでしょうに」

「言われてみればそうだが……」

「本当でありますか? お姉様のお話から受けたイメージとは少し……」


 ミリアは値踏みするような目つきで俺を見る。

 懐から無線機のようなものを取り出して数字を確認して一瞬驚いた後、その装置をしまう。

 何かを測ったのか?


「失礼しましたサスケ殿。外見だけでは掴みかねていたのですが、名のある魔術師だったのでありますね」

「魔術師って訳でもない。とりあえず俺のことはサスケと呼んでくれ」

「いえ、流石に失礼であります。自分としてはこの呼び方のほうが落ち着くのであります」

「そうか……」

「ミリア、とりあえず座りなさい。立ちっぱなしも嫌でしょう?」


 ナミハナに言われるままにミリアは俺達のテーブルに座る。

 丸いテーブルなのだが……何故だ?

 ミリアとナミハナの距離が異常に近い。

 しかもミリアはナミハナの方ばかりを熱っぽい視線で見つめている。

 

「あの、ミリアさん」


 俺の方を振り返るものの、あまり興味がなさそうな顔である。


「なんでありますか?」

「ナミハナとはどういった関係で……?」

「自分の呼び方はミリアで良いのであります。お姉様とは魂の姉妹であります」

「仕事で何度か手伝ってもらっただけのファンの子ですわ。放っておけないから世話しているけど魂の姉妹とかでは無くてよ」

「酷いでありますお姉様! 無人島で二人熱い夜を明かした事もあったのに!」

「おやめなさい! 変な言い方はおやめなさい! 南洋の島でエクサス壊れたから救助待ってただけでしょうに!」

「あんなに一緒だったのに!」

「お黙りなさい!」


 叱られた後の犬のようにしょんぼりするミリア。

 こういう犬っぽい子は嫌いになれないのが俺という犬派の男だ。

 それにしてもナミハナは案外いじられキャラなのかもしれない。

 マーチにも、このミリアにも、いじり倒されている気がする。


「ところでナミハナ、この娘を俺に紹介してどうするつもりだ?」

「いや…… 今度の依頼は貴方達二人でこなしてもらおうと思っていたのだけど……」

「「二人で?」」


 俺とミリアの声がハモった。

 実に屈辱的だ。

 子供のお守りは良いけど、何かこう……同レベルにされた気がする。


「嫌かしら? サスケみたいなタイプだったらミリア相手でもコンビを組めると思ったのだけど」

「そんな!? お姉様はワタクシがこちらの殿方に酷い目に遭わされても……」


 いや、しないよ?


「良い薬ですわね」


 ねえ俺そういうことしないよ?


「ひ、ひどいであります……むっ! もしかしてそういうプ――――モゴォ!」


 其処から先は言わせねえよ。俺の名誉の為にも!

 とりあえずミリアの口をテーブルのナプキンで入念に塞いだ。


「ね、サスケ。面白い子でしょう?」

「もごー!」

「お前は人間への評価が甘すぎるよ……」

「でも、その御蔭で貴方とこうしていられるじゃない?」

「もごー! もごー!」


 ミリアは血涙を流さんばかりの勢いでこっちを睨んでいる。

 頭を撫でると悲鳴を上げて暴れ始めた。

 口にはペーパーナプキンではなくてエクサスコートに入れっぱなしにしていたタオル(一応清潔)を突っ込むことにした。

 

「あのさ……コンビってどういうことだナミハナ」

「実はこの子が仕事で組む予定だった湖猫が別の依頼で動けなくなったの。その代わりをサスケにお願いしようかと思って」

「俺以外じゃ駄目なのか?」

「今、ワタクシのツテで用意できる人材となると難しくてよ」

「具体的に言うとお前が行けば良いんじゃないのか?」

「ワタクシだって何時迄も休暇が続くわけじゃないの。ワタクシが本来受ける筈だった依頼もちょくちょくこなさないと。でもその間貴方に留守番させるのも勿体無いじゃない?」


 確かにこれだけアクの強い奴と組みたいと思う人間は少ないだろう。

 俺だってナミハナに言われなきゃ嫌だ。


「ったくもう……それでどんな依頼なんだ?」

「海賊退治ですわ」

「お姉様、自分は一人でも戦えます!」

「駄目よ。貴方のパルティアンショットは単独で戦える機体じゃなくてよ?」

「うっ…………」

「海賊退治って言うが、具体的にはどうすりゃ良いんだ?」

「彼らの拠点を襲撃して無力化なさい。その後は軍の治安維持部隊が占拠して下さいます」

「無力化ね……」

「デッドオアアライブアンドゴーですわ。別に海賊の命なんて殺しても殺さなくても誰も気にすることないですわ」

「そうか、じゃあできるだけ――――」


 殺さずに司法の裁きに任せるとしよう。

 軍の治安維持部隊とやらに捕まった後に殺されるとしても、俺がわざわざ殺すことは無い。

 出来る限り殺さずに済ますさ、そう言おうと思った時だった。


「――――出来る限り殺さずに済ますさ」

「――――お任せ下さいお姉様、皆殺しであります!」


 俺とミリアは互いの台詞を聞いて顔を見合わせる。

 できれば今のは冗談だと思いたい、だがそう思うには彼女はあまりにも自然にそう言ってのけた。

 だとすればそれはあまりに辛い。


「えっ?」

「えっ?」

「あの……サスケ殿? これは依頼であり、合法な活動であります。何故わざわざリスクが大きくなる選択をなさるのでありますか?」

「いやミリアちゃんよ。君こそ今の過激な発言は何だ? 君は幾つだ?」

「拾伍歳であります。立派な成人であります。子供じゃないんだから細かいことは気にしないで欲しいのであります」

「そんなこと言ったってまだ十五だろうに……」

「むっ、自分を子供だと言いたいのでありますか?」


 おっと口が滑ったか。

 成人したての人間相手にまだ子供とか言うのは良くないよな。

 何と言って訂正すべきか……。


「…………」

「答えないということはやはりそういうことでありますか……いえ、そう思われるのは慣れているのであります」


 現実世界が懐かしくなる流れだ。

 失言をして慌てている内に事態がややこしくなっていく。

 なんて言えば良い……なんて言えば……。


「サスケ、そんなにミリアを睨まないの」

「そう見えたか? すまない……」

「ミリア、サスケは誤解されやすい人だけどそこまで悪い方じゃなくてよ」

「お言葉ですが……誰もがお姉様程他人のことを分かってあげられる人間ばかりじゃありません。自分にサスケ殿のことはわかりません」

「そうね、それはそうかもしれない。でもだからこそ二人で頑張ってくださらないかしら? 二人が其処から感じ取る何かがきっと有ると思うの」


 これでもナミハナの直感は信用している。

 それに少しでも早く湖猫としてのランクは上げたい。

 腕が良い相手と組めるならそれに越したことは無いが……。


「失礼ながらお姉様!」


 突然ミリアが叫ぶ。


「どうしたの?」

「いくらお姉様の勧めといえど、やはり一度腕を見なければこの方とは一緒に仕事はできません!」

「……なら、どうするっていうんだ? 一度勝負しろとでも言うのか?」

「ちょっとサスケ!?」

「こういうのって半端に引きずるよりはハッキリさせておいた方が良いだろう?」


 この脳筋蛮族思考、俺もすっかりアズライトスフィア人である。


「奇遇ですなサスケ殿、自分もそれには同意するのであります」

「俺を甘ったれたことしか言わない素人だと思っているならまずはケイオスハウルで一発ぶん殴ってやる」

「舐められっぱなしじゃ荒事屋ウミネコはやっていけないのであります。まずはそのガキ扱いを撤回させてやるのであります!」

「おいミリア、依頼は何時だ?」

「四日後でありますサスケ殿」

「ちょっと二人共?」


 戸惑うナミハナを他所に俺達は睨み合う。

 だがこれは悪くない。実にわかりやすい展開だ。


「一日有れば機体のメンテはできる程度に加減してやる」

「サスケ殿が消えれば取り分は倍であります。望むところであります」

「せ、せめてシミュレータを使いなさい! 貸してあげますから!」


 結局、この日の晩に一騎打ちを行う約束だけをして昼食会はお開きとなったのであった。

 それはそれとしてこの後料理は勿論食べた。腹が減っては喧嘩もできぬ。


********************************************


 異なる存在とは其処に在るだけで暴力になる。

 戦うか、受け入れるか、ぶつかってみなければわからないこともある。

 俺はそれをこの世界で学んだばかりだった。


 次回第十四話「激突、パルティアンショット!」


 邪神機譚、開幕! 

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