第10話 貴方を支えたくて  【第一章完結】

【今回はナミハナ視点での話になります】


     *


 サスケと分かれても、神話生物の襲撃はありません。ひとまず安全を確認したところで、ワタクシはギルド直通の無線を起動させることとしました。


「はーいっ! 湖猫ギルド、ザボン島支部のマーチが対応させていただきますっ!」

「ワタクシですわ」

「あっ、ナミハナさん! どーしたんですか? もう調査が終わっちゃったんですかー?」

「人間を取り込んだディープワンをこちらで発見して撃破しましてよ。中の人間の命に興味があるならすぐに引取に来なさい」

「に、人間を取り込んだディープワンですかぁ……? サイズは、どれくらいだったのでしょうか……?」

「20m前後ね。サスケが居なかったら危なかったわ」

「えええええ!? Dランクの依頼で出て良い相手じゃないですよぉ……」

「調査を怠って依頼のランク付けをミスしたのは貴方達でしょう?」

「うぅ……すぐに上層部に連絡しまーす! 通信そのままでちょっと待っててくださーい!」


 マーチは露骨に戸惑っていますわね。

 でもそれが当たり前かしら。だってザボン島みたいな大きな街の有る島の側にこんな大型の神話生物が寄ってきたんだもの。

 そんなことを考えていると、再び無線の向こうでマーチの声。

 

「もしもし! 通信切ってませんよね?」

「切ってませんわよ」

「上はすぐにそちらに迎えをよこすそうですぅ~!」

「でもこの任務が失敗続きだった理由は分かりましたわね?」

「はい……ギルドが秘密裏に回収艇を送りますのでこの件はどうか内密に……」

「金、それとサスケのランクの引き上げ。これがなんとかなればワタクシは文句有りませんわ」

「ふぇえ……それで済むなら私共としても幸いですぅ……」

「まったくもう、ギルドってのもろくなものではないわね」

「ご不満ですか?」


 ギルドへの不満?

 そんなものは無い。

 ワタクシが求めるのはこの世界で最強の存在であること。

 ギルドが在るお陰でそれを証明する為の戦いを続けられる。

 だからギルドには感謝している。


「いいえ、ワタクシにとってはどうでもいいことよ。ギルドに万能や万全を要求することが間違っているもの」

「なら何よりですー!」


 そうだ。ギルドには感謝している。

 だがたった一つだけ、言わねばならないことがある。


「でも、貴方達が弱者を虐げる存在になったとワタクシが判断すれば……と釘は刺しておきましょう」

「えへへ……そうならないように今回はサスケさんとナミハナさんにこの依頼を受けてもらったんですよ? 何も知らない駆け出しの湖猫にこんな厄ネタ回せませんよぉ!」

「それもそうね、ワタクシの考えすぎだったかしら?」

「ですよぅ! ともかく上の方に話を伝えておきましたのですぐに回収隊がそちらに向かいます」

「なら良いわ」

「それまではここで通信状態を保ったまま待っていてください。何か有っては困るので」

「分かっていてよ。今のところ周囲の海域に異変無し、遺跡といったら盗人が寄り付くのが常なのに……」

「恐らく彼らの間でもこの遺跡は噂になっているのでしょうね」

「そうね、とんでもない依頼を回してくれたこと」

「えへへ、ナミハナさんならいけると信じてましたので」

「何度も言うけど、サスケが居なければ危なかったわ。もしワタクシがアレと殺り合っていたら……少なくとも取り込まれた人達は殺してしまってたでしょうね」


 思い出してみる。

 今回のワタクシは基本的に良いところ無し。

 それにしても恥ずかしいですわ。初めてのバディの前で良い所を見せようとして先行したら不意打ちで死にかけるなんて。


「サスケさんが……取り込まれた人達はどうやって助けたんですか?」

「ワタクシも良く分からないのだけど何か魔術的な方法であの化物だけ呪殺したみたいですわね」

「魔法使いさんなんですか?」


 恐らくそうなのでしょう。

 爺やが何やら興味を示していたし、朝食の時も二人で魔術のことについて話していましたもの。

 基礎の基礎について話しているだけと言っていたが、何のことやら分からなくて困ってしまいました。


「そこについては爺やの方が詳しいわ」

「ナミハナさん、不機嫌そうですねぇ?」


 自分でも気が付かなかったけれど、ワタクシ不機嫌なのかもしれません。

 別に、気づいて、ないけれど。


「サスケはワタクシに黙っていることが多すぎます。それが気に食わないだけですわ」

「ナミハナさんも黙っているじゃないですか。ご自分の本名とか」

「ワタクシは……まあ、そうね。お互い詮索されたくないところは聞かないようにしているもの」


 とはいえサスケが帰ってきたら名前くらいは教えて上げるつもりです。

 そうしたらサスケも、もっと自分のことについて教えてくださるような気がして。


「知らない相手と組むって普段だったら考えられないようなことするんですねえ」


 マーチは無線の向こうでニヤニヤしているのが分かる。

 確かにワタクシらしくもないですが、彼には特別な事情があります。


「……だって」

「だって? なんです?」

「だって、ワタクシより強いのよ彼! ただ強いだけじゃなくてワタクシと同じくらい若くて健康的で優しくてフフ……素敵。彼ならきっと私の願いを叶えてくれるわ……」


 ああサスケ、彼のことを思うだけで自然と笑みが溢れてくる。

 強いのは素敵。殿方に求める条件として最優先ですわ。どんな時代でも変わらない唯一の価値ですもの。

 でも年上の男というのは基本的に偉そうで好きではないの。お祖父様もお父さまもお兄様も偉そうで嫌いです。

 健康というのも大事でしょう。世界には核兵器をバカスカばら撒いた影響がまだ残っていますもの。今後を見据えたパートナーとして健康でなくては困ります。

 それに無口な殿方というのも素敵。口は災の元と言うことですし。軽薄で能弁なお兄様のような方は嫌いです。


「願いねえ、要するにラブ……なんですか?」

「もっちのろんですわ。ま、それだけじゃないけど」


 無線の向こう側でマーチが溜息をつく。

 無礼な子だけどそこが面白いから見逃してあげましょう。


「じゃー急いでとっ捕まえた方が良いですよー? ナミハナさんもサスケさんも十代後半なんですから良い年じゃないですか。サスケさんが頭角を表していけば彼を狙う女性も増えますし」

「マーチ、貴方子供のくせに怖いこと言うのね」

「なにせマーチも十三歳なので」

「あら、後二年で大人なのね」

「人生四十年、命短し恋せよ乙女ですね」

「ですわね……ところでマーチ。邪神がこの星から居なくなって、アズライトスフィアがもっと平和になれば、ゆっくり人生を楽しむ時間も有るのかしら? それとも戦の無い退屈な時間が増えるだけかしら?」


 きっとワタクシやお父様は後者だろう。戦い無しで生きていく人生を知らない生き物だ。賢い兄様達や母様達と違って退屈で退屈で死んでしまう。


「明日も知れない私達にそんなこと分かるわけ無いでしょナミハナさーん?」

「いやですわ。今の世の中って……あら?」


 テキスト通信が入ってきました。

 あら素敵、サスケのケイオスハウルからですわ!

 もう遺跡の調査を終えたなんて、とっても優秀ですわね!


「サスケのお陰で遺跡の調査が終わりましたわ」

「お、どうでしたか?」

「どうやら旧時代の病院ですってよ。旧時代の医療技術についてまとめた書物が多く眠っていると。目ぼしいものはサスケが持ち帰ったけど、まだたくさん残っているそうよ?」


 そういえばサスケって古代語も読めるのね。

 魔術の素養も有るというし、意外と学が有るのかしら?

 だとしたらなおのことワタクシのパートナーに相応しいわ。

 ワタクシ、お姉さま達と違って女学校にも大学にも行ってないから学問には疎いんですもの。

 だいたい四十年しかない人生の半分を学校で過ごすなんて考えるだけで鳥肌モノですわ!


「おおー、すごいですぅ!」


 ふふ、驚きなさい感動なさい。

 ワタクシのサスケは優秀ですのよ。

 そしてサスケの成し遂げた成果はワタクシがきっちり現金化して彼に還元する。

 ああ、きっと通じあって繋がっていますわねワタクシ達!


「さあマーチ、支部長を呼んで来なさい。遺跡の情報について幾らボーナスを貰えるかゆっっっっっくりお話致しましょう?」

「は、はーい……どうぞおてやわらかに……」

「もっちろん、ギルドはワタクシ達の一番のお得意様ですもの! 不満がたまり過ぎない範囲でたっぷりおぜぜを頂くだけですわ! 待ってらっしゃい!」


 ああ、不思議ですわね。

 なんで会ったばかりの相手をこんなにも支えたいのでしょう。

 なんであの人が笑うかなって思うと胸が高鳴るのでしょう。

 ああ、誰かを思うというのはなんて素敵なのでしょう。

 ワタクシはきっと初めて誰かを好きになったに違いありません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る