第8話 決着、ディープワン!
「敵は全長二十メートル超のウツボ型ディープワン。格下の相手だ。一気に決めたまえ!」
「他に敵は!」
「ノープロブレム! 周囲に他の神話生物は無し。ディープワンまでの距離は30m……来るぞ!」
目標はナミハナの救出。
次にあの皮膚の中に埋め込まれている人間の救出だ。
「ああ……分かってる!」
ディープワンは咆哮を上げ、海中を揺らす。
そして水の中を滑るように進み、俺達に迫る。
「チクタクマン、攻撃軌道演算!」
「オーケー!」
狙うはカウンター。狙いは正確に。限りなく正確に。
取り込まれた人を傷つける訳にはいかない。
「「喰らえっ!」」
俺は突撃を迎え撃つようにしてハウリングエッジによる片手突きを繰り出した。
「タス――――ケ、テ――――!」
「なっ!?」
奴に剣を突き立てようとしたまさにその瞬間、無線に子供の声が交じる。
推測はできる。あの怪物の中に取り込まれた人間の声だ。
まさかディープワンが身の危険を察して一瞬だけ取り込んだ人間の意識を回復させたのか!?
「――いかん、サスケ! 君の手元が誤作動を!」
手が止まる。
全身から血の気が引いていく。
視界の端で、ディープワンの表皮に埋め込まれている人間の顔がこちらを見ている。生気の無い顔、顔、顔、顔。
「ガァア゛ア゛アア゛アアアアア!!!!」
あのおぞましい深きものは雄叫びを上げ、動きを止めたケイオスハウルに飛びかかる。
「捕まってしまったぞサスケ! こんな雑魚相手に何をやっている!」
そのまま胴体でケイオスハウルの右腕とハウリングエッジに巻き付いて締め上げた。
「チクタクマン、ハウリングエッジを仕舞ってくれ」
「あ、ああ分かった!」
チクタクマンは魔術によりハウリングエッジを亜空間へと一瞬で収納する。
「よし、これで良い」
ディープワンは長い身体を活かしてケイオスハウルの胴体にも絡みつく。
ミシミシというコクピットのひしゃげる音が響いてきた。
並の機体ならこれで一貫の終わりだがこちらの機体は生憎と邪神そのもの。
そう簡単に潰されるようにはできていない。
だが間に挟まれる人間は別だ。急いで準備をしなければ。
「おいサスケ、のんびりしている場合か? 君の助けたい人々が犠牲になってしまうぞ。我々と……あのディープワンのサンドイッチになってね」
「死なせるつもりは無いと言っている」
「ならば良いが……」
この馬鹿、恐らく俺を煽っている自覚は無いのだろう。
無視だ無視。
まずはナミハナの救出が最優先。
他の知らない人は後回しだ。
それに彼らも含めて助ける為の策は既に練ってある。
「そんなことよりチクタクマン、この距離ならナミハナの居る場所が分かるな?」
「オーライ、君の視界に投影するぞ」
ディープワンの長い身体の喉元辺りに、ラーズグリーズの真紅のシルエットが映し出される。
あそこにナミハナが居るのか。
終始細かく動き続けている……恐らく内側から脱出すべくもがいているのだろう。
ナミハナの無事は確認できた。本格的に動くとしよう。
「チクタクマン、お前の能力を貸してくれ。そこの化物の身体の中に埋め込まれているエクサスのパーツをぶんどる」
「ナミハナ嬢の時と同じやり方かい? サスケ、君も案外ワンパターンなのだな」
「手堅いと言え」
自己修復する頑丈な装甲を頼りに接近し、チクタクマンの機械同化能力で致命傷を与える。
至って合理的で応用の効く戦術だ。
「オーケー、
「分かった。だけど侵食現象が始まったら俺にコントロールを委ねてくれ」
「正気か? 魔術師でもない君が? それは面白そうだ! 任せよう!」
ケイオスハウルがまだ自由の効く左の腕を振り上げる。
俺とチクタクマンは機械を介して思考を融合させ、来るべき一撃の名前を、必勝の詠唱を口にした。
「「
叫びと共に左拳をディープワンに叩き込む。
するとディープワンの表皮に埋め込まれていたエクサスのパーツが液状に変化し、その体内へと溶け込んでいく。
ここからが重要だ。
結果を想起し、工程を思考し、ケイオスハウルから溢れだす見えない力の流れと一体化してその行く先を示唆する。
漫画を描く時と同じだ。少し画材が違うだけ。
チクタクマンが魔力と呼んでいた力はディープワンの体内を駆け巡り、エクサスのパーツに流れこんだ。
「モノ言わぬ黒鉄よ、主を失い、役目を奪われた哀れなガラクタよ。まだ奮う怒りが有るならば我が祈りに続け」
言葉の一つ一つと同時に、身体は冷たく、心は空っぽに変わっていく。俺の中の何かが消えていっている。
だが、俺から消えたがディープワンの奥深くに眠るエクサスの亡骸に届いたのも分かる。
今なら分かる。これが魔力か。これが魔術か。
ケイオスハウルという祭壇で、心に浮かぶままの祈りを捧げ、這い寄る歯車神の慈愛を請い願う。
「面白い! 神への請願は最も原始的な呪術! 君は其処まで独学でたどり着いたのか!」
チクタクマンが叫ぶ。
俺はそれに答えずにやりと笑う。
「さあ――――穿て!」
俺は叫ぶ。その叫びに呼応してエクサスの残骸という残骸は金属微粒子へと変わり、俺が思うとおりにディープワンの体内を駆け巡る。
目指すべきは怪物の脳だ。奴の小さな脳に微粒子が辿り着いたその瞬間、俺は金属を機械部品として再構成して内側から破壊する。
ビクンとディープワンが震えたかと思うとケイオスハウルを締め付ける力が弱まり、俺達は無事に解放された。
「サスケ、これは……何をした?」
ディープワンは命の抜け殻となり海中に揺れている。
どうやら思う通りにいったらしい。
「金属を分解し、200nm以下の微粒子として血流に乗せた後、脳内で元の金属部品として再構成した。いかなる生物であっても、魔術あるいは電気的に身体への信号を送れなくなれば戦闘不可能だろう?」
「ほう、もう少し詳しく」
「恐らくあのディープワンの中に取り込まれている人々は、ディープワンを通じて酸素などの栄養を与えられている。ならばディープワンを即死させてしまうのは不味い。身体だけは少しでも長く生かし、生命としては活動できなくなるようにしてしまわなくてはいけない。そこで脳の一部だけを破壊することで生理的な活動を続けつつ死んでもらえるようにした。オーケー?」
「オーケー! 君が人間にしては考え事が得意だというのがよくわかった! でもよく出来たね?」
「いや、なんか出来たな……」
「君は魔術師になるべきだ! 人間とは思えないセンスだよ! ああそうか……もしや何処かで手ほどきでも受けたのかい? 君達の世界では封印された知識だと思っていたが……」
「そんなことよりナミハナの救出だ。急ぐぞ」
エクサスのパーツが消えた分だけディープワンの表面の斑点が消える。
あとはこの斑点が無い部分を引き裂いてナミハナを引きずり出してやれば良い。
そう思った時だった。
突然ナミハナとの通信が回復する。
「――――サスケ! 少し離れてなさい! 狙いが逸れてしまうといけないわ。ここは狭くて動きづらいの!」
ん?
何かよくわからないがこれは凄くまずい予感がする。
俺はケイオスハウルを咄嗟に後退させた。
すると、ディープワンの亡骸の腹からドリルが生える。
一本、二本、表皮に埋まった人間を回避しながらドリルは内側からディープワンの亡骸を何度も貫く。
俺達と戦った時とは異なる繊細な動きには内心舌を巻いた。
歯医者かお前は。
「ギルドNo.3、ナミハナ帰還ですわ!」
ディープワンの腹に開いた穴からナミハナのラーズグリーズが這い出してくる。
「ナミハナ!」
「うふふっ、泣きそうな声を出さないの。ワタクシがこの程度で死んだとでも思って?」
「馬鹿、そんなわけ無いだろう! ともかく心配かけさせるなよ!」
「なによ、心配しているんじゃないの」
「うっ……別に泣きそうな声は出してないからな」
「あらそう? じゃあ私の気のせいね。あなた方の通信は聞こえていたわ。このディープワンに囚われた方々はどうなさるおつもり?」
「こいつの中に埋め込まれた人間……どうにかすることはできるのか?」
「どうにかも何も、救出が目的でしょう?」
俺はディープワンの亡骸を眺める。
取り込まれていたのは行方不明になった湖猫ばかりだと思っていたが、中には子供も混じっている。
見捨てることはできない。
「勿論そうだけど……下手にここで引き剥がすのも危ないしどうすれば良いのか分からないんだ」
「そんなことだと思ってましてよ。仕方ありませんわね。ワタクシがギルドの輸送船を呼びます。軍の病院に運び込めば助かる者も居るかもしれません」
「良いのか?」
「その間、貴方は遺跡の調査をしててくださる?」
「俺が?」
「だってギルドや軍に顔が利くのはワタクシでしょう? 仕事もやる、人助けもする。どちらもやらねばならいのが湖猫の忙しいところですわ」
「分かった。折角二人で調査をしているんだからそれくらいはやらないとな。ところで機体は大丈夫なのか?」
「機体が小さかったお陰で丸呑みされると同時に喉奥に潜り込めたわ。少し装甲が傷ついたけどこれくらいなら問題無くてよ」
なんて反応速度だ。何の情報も無い状況で直感のみを頼りに切り抜けたのか。
「大したものだな」
「そちらこそ、助かりました。感謝しますわ。それでは」
「ああ、良い知らせを届けられるように力を尽くす」
「お待ちしております」
俺は再び海底へ、ナミハナはディープワンを牽引して海上へ、それぞれの行動を開始した。
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