第6話後編 銀腕の誓い
「おや、サスケ様。料理は如何でしたか?」
食事ついでにナミハナから簡単な依頼の説明を受けた後、俺は格納庫まで機体の様子を見に来ていた。
格納庫にはケイさんが居て、ケイオスハウルを眺めながら羽ペンで何やら細々とメモをとっていた。
「とても美味しゅうございました。故郷の味に近かったので食べやすかったです!」
さて、年上の男性への敬語ってこれでいいのかな。
「それは何より。お嬢様のお言いつけの通りでしたな」
ケイさんはホッホと笑う。
「サスケ様。明日はどちらまで?」
「町の東にある遺跡群だそうです」
「そうですか、湖猫として遺跡探索は重要な仕事ですからねえ」
「まだ実感が沸かないんですけど……俺、頑張ります」
「それは何よりだ。私も若い頃は湖猫として粋がったものです。旦那様とはその時に知り合いましてね」
「旦那様ってナミハナのお父さんですか?」
「ええ、ナガセ重工の現会長ナルニア・ガートルード・ナガセ様です」
「あの、その、ナルニアさんってどんな方なんですか?」
ケイさんは目を丸くする。
「その、俺、そういうの疎くて……」
「ははは、そういえばお嬢様も貴方が一般常識を知らないと仰ってましたね」
「ナミハナがどこぞのお嬢様だってのも今知ったくらいですから。いや勿論ここまで見ていれば察しはつきましたけど」
「何も聞かなかったのですか?」
「親のこととか、聞かれると嫌な時だって有るじゃないですか。特に親がすごい人とか偉い人だったりすると……」
「ほう……それは貴方もですかな?」
ケイさんはニヤリと笑う。
もっと聞かせて欲しいという表情だ。なんとなく真面目そうに見えて気さくで大らかな人なのかもしれないと思わせる顔だった。
信用してもらう為に少し話してみても良いかもしれない。
「かもしれません俺の親父は医者で、誰からも尊敬される真面目な人でした。でも俺は人と足並みを揃えるのが苦手で、友達も多くなくて、親に隠れてこっそり喧嘩してたこともありました。だから親父のことを尊敬していても、親父と比べられると自分が情けなかった」
「成る程、若い頃には皆そう思うものだそうですよ」
「え?」
「生憎と私には親が居なかったもので分からないのですが、若かりし日の旦那様もそう仰っていました。皆同じなのです。素敵なことだ」
「素敵……でしょうか? 誰もが似たような悩みを抱えているなんて悲しいことですよ。人間が無力だって証みたいで……」
「痛みを分かること、それが人として生きる力です」
「痛みを……」
「人の心を想像し、己の願いを創像し、経験や観察から夢想と論理を束ね重ね合わせる。魔法の基本ですな」
そう言って老人は笑う。
想像することか。
俺は想像していただろうか。
俺を嫌っていた人の気持ち、俺を好きでいてくれた人の気持ち。
俺を好きになってくれた人の気持ち。
「そうか、俺は……」
「サスケ様も無意識にそうなさっていたのでしょう?」
「俺が?」
「お嬢様が旦那様との関係で悩んでいることにすぐ気がついたから、そこに触れずに居ようと思った。もし今までそうやって他人に配慮できなかったとするならば、それは案外配慮する気になれない相手だったのかもしれません」
そう言ってケイさんはカラカラ笑う。豪快な人だ。
「そういう……ものなのでしょうかね」
もしかしたらそうだったのかもしれない。
だがそうだとすれば俺は無意識に他人を見下す部分が有ったということで、それは相当……嫌な奴だ。
「教育の賜物か、それとも天性の才能か、貴方は物事を一々考えてから行動しようとする癖がありますな」
「そうなのでしょうか? 自分のことは自分には分からないものですから……」
「湖猫よりも魔術師の道を極めた方が大成なさるかもしれませんぞ? 魔術師に求められるのはまず第一に思考ですからな」
「魔術師……いや俺はそんなものになりたいとは思いません。大成なんてものにも興味は無いですし」
「ほう、今時の若者ですな。それではサスケ様、貴方は何になるおつもりなのですか?」
「俺は……」
何になりたい?
異世界に来てしまった以上、父の跡を継ぐことも漫画家になることも難しい。
何になろう。
どうなるのだろう。
「強いて言えば今の俺は幸せになりたいんだと思います」
「幸せに? 随分曖昧模糊となさってますな。具体的にどのような幸せでしょう?」
「それは誰もが思うようなありふれた幸せです。優しい家族が居て、そこそこ広い家が有って、やりがいのある仕事で人の為に尽くしながらも生活に不自由しない収入がある。そういう夢です」
それを聞くとケイさんは柔らかく微笑む。
「成る程、なかなか贅沢な望みだ。ですが一人の男が抱くに足る大志としては充分だ」
「その為に魔術が必要だと判断した時は学びたいと思います。この世界は決して平和じゃないことも一応分かっているつもりですから」
「基礎くらいならば私めが教えましょう。お待ちしておりますよ。しかし聞かせていただきたいのですがサスケ様、貴方は何故そのような夢を?」
「俺の父がそういうことをした人でした。俺は彼のような人になりたいと思ってます。仕事と子育てに一生懸命で、偶にジャズを聞いたりギターを弾くのが趣味でした」
「ほう、それは粋ですな。お母上はどのような方だったのでしょうか?」
「子供の頃のボンヤリとした記憶しか無いけど、優しくて気の利く人でした。お菓子作りが趣味でしたね。あと俺へのプレゼントで魔法少女の玩具を買ってきたんですけど、どう考えてもあの人の趣味で俺はロボットの玩具が欲しかったのに……ははは」
何故だろう。この老人には自分でも驚くくらい素直に話ができた。
異世界だからかもしれない。
この老人が俺の家族と会うことは無いと確信できるからここまで話せるのだろう。
「不躾なことを伺いますが、もしやもうお亡くなりに……?」
「ええ、病弱だったので」
「それは……申し訳ございませんでした」
「湿っぽい話はやめましょう。機体はどうなってますか?」
「問題は何一つありません。奇跡的に装甲以外は無事だったので人工筋肉への治癒魔術と精霊魔法を用いた装甲交換で済みました」
「助かります」
「ですがサスケ様、もしかしたらこの機体はそのような処置は不要だったのかもしれません」
「……どういうことですか?」
「サスケ様はこの機体……ケイオスハウルとやらの機能についての記憶が欠けているのかもしれません」
「確かに、俺はケイオスハウルの全ての機能を引き出せているわけではないと思いますけど。それが一体……」
老人は少し悩んだ後、信じられないことを呟いた。
「この機体、明らかに高度な自我と独自の魔術演算回路を持っております。これではエクサスというよりもむしろ邪神に近い……現行人類の技術からなるものではありません」
「………………」
おいチクタクマン。
バレてるぞこれ。
バレてるぞ!
「その表情からすると、これは知っておいででしたね?」
「はい。できれば隠したいと思っていました」
「何故?」
「迷惑をかけるかもしれないし……それに追い出されてしまうのじゃないかと怖くて」
俺の答えを聞いて老人は満足そうに頷く。
「正直ですな。ですが悪くない」
老人は俺の肩に右手を置く。重たい感触。生身の腕ではない。服と手袋に隠れて見えなかったが、これは金属製の義手だ。
「サスケ様、私は今の会話で感じた貴方の人の心を信じます。その人の心を失わない限り、ケイオスハウルは世界を守る力になるでしょう。これは人の心を形にする機械であるが故に」
「俺の……心?」
何故俺なんかを信じてくれるのだろう。
いくらナミハナが俺を信じたからと言って、これだけ怪しいと分かっているなら何かすることが有るだろうに。
「そうです。今の私はナミハナ様に仕える身。故に貴方がその心を胸にナミハナ様と共に歩む限り、私は貴方を信じ、その助けとなりましょう。我が銀色の右腕に誓って」
「あ、ありがとうございます!」
ニャルラトホテプの力を察してなお俺を信じてくれる人が居る。
俺には正直信じることができない状況だ。
でも嬉しかった。
だから俺はこの人に、ケイさんに恥じぬ振る舞いをしようと静かに誓った。
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