第4話 ヤドリギの城
俺達はナミハナの先導に従って無事に近くの街が有る島の近くまでやってきた。
港からそう遠くない場所に城のような建物が一つ浮かんでいる。
「あれがお前の拠点か?」
「そうですわ。ギルドから頂いた別荘を趣味で改築したものよ。少し止まって。今門を開けさせますから」
言われた通り、巨大な城門の前でケイオスハウルを停止させる。
ふと妖神ウォッチを眺めるとチクタクマンが液晶画面の中で気難しげな表情を浮かべている。
「どうしたチクタクマン?」
「私はしばらく沈黙するつもりだ」
「お前みたいなおしゃべりが黙っていられるのか?」
「考えてもみたまえ、いきなり時計が喋り出したら不自然だろう?」
「それよりお前から魔術の気配がするとか言われたら困るぞ」
「それならば心配は無い。この腕時計自体は純粋な技術の産物だ。魔術は一切用いていない」
「じゃあこのケイオスハウルは?」
「この世界のエクサスは大なり小なり魔法を使っている」
こいつは驚きだ。
邪神の居る世界で魔法が無いなどとは思わないが、ロボットが魔術で動いているとは思わなかった。
「そうなのか!? てっきり科学技術の進歩した異世界だと……」
「魔法も君の世界と異なる知識体系に根ざしているだけで立派な科学だ」
「そういえば魔法も昔は科学だったって親父が言っていたな……」
「イグザクトリー。冷静に考えて見給え、魔術でもなければ巨大な人型の機械を使う必要が無い。エクサスが人型なのも魔術的に同期させることで操縦の補助とする為だ。類感魔術の一種だな」
なんてことを言い出すんだこいつ。
だが確かに言われてみればその通りだ。
本来ならば人型の機械なんて動かしづらいし乗り心地も悪いと聞く。
それが実用化しているということは俺達の世界とは異なる技術の進歩が有ったと考えるべきだろう。
「魔術師も居るのか?」
「少ないが居るぞ。彼らは基本的にメカニックとして多くのエクサスを整備している。湖猫よりよほど貴重な人材だ」
「そいつらが邪神と戦えば良いんじゃないのか?」
「サスケ、君はゲームの魔法使いに毒されている。千年前ならいざ知らず、魔法で戦うくらいなら自動小銃を持った方が遥かに早い。今の魔術師にそんな力は無い」
「そんなものか……」
つまりこの世界では千年くらい前までは魔術師が邪神に対抗していたのか?
どういう経緯でこのエクサスという人型の機械が実用化に至ったのか是非知りたいものだ。
「ちょっとサスケ、黙りこくってどうなさったの? 置いていってしまいますわよ?」
「ん?」
顔を上げると門が開いていた。
「済まない。少し物思いに耽っていた」
「そう、でも私の話はちゃんとお聞きなさい。良くて?」
「分かった。ナミハナの話は聞く」
「良くってよ。ではついてらっしゃい」
門の向こうには俺が知る世界の港と同じように桟橋やドックが有った。
だが不思議な事に人の影は一つも無い。
代わりにクレーンや無人のリフトが荷物を運んでおり、高度なオートメーション化がされていることが分かる。
「これからワタクシ達は手を組んで仕事に当たることになるのだけど、その為に一つお願いをさせてもらえる?」
「何だ?」
「貴方はもう少し会話を楽しもうとすべきだわ。ワタクシ達、まだお互いのことを全然知らないのに」
「すまない……」
「ちょっとおやめなさいな。マジトーンで謝られるとなんかこっちが悪い感じになってしまうでしょうに……ちゃんとお話してくれれば良いだけですわ」
機嫌を損ねてしまったか?
どうにも話しているだけで人の機嫌を損ねることが多いからあまり人とおしゃべりはしたくなかったのだけど……。
チクタクマンや予備校の連中は別だ。
あいつらは良くも悪くも自分勝手で俺が何話してもへそを曲げそうにない。楽だ。
「分かった。意思の疎通は大事だからな。これから行動を共にする相手だし……相手の考えていることが分からないのは困る」
相手の言った内容を咀嚼して自分の言葉に直して確認を取る。
これで聞いているというのは分かってもらえただろうか。
今言葉にして気付いたが、俺はもしかして考えていることを分かってもらえていなかったのか?
だから学校だと嫌われたり避けられたりするのか?
「そう、分かってもらえれば良いのよ。さっさと門を閉じるからついてきなさい。中に入ったらあの桟橋の辺りにエクサスを停めて、そのまま降りて頂戴」
「オッケー……この港は無人なのか?」
「そうよ、セキュリティの都合で殆ど自動化しているわ」
「これもナミハナが管理しているのか?」
「まさかですわ。執事にやらせているに決まっているでしょう?」
会話はこんな感じで大丈夫そうだ。
俺とナミハナは桟橋の近くにエクサスを停める。
「ここでエクサスを降りてくださる? 後で城の中のドックに機体を運ばせるわ」
「分かった」
俺は首の後ろに有るコネクタを引き抜き、ケイオスハウルのコクピットから桟橋へ降りる。
遅れてナミハナもコクピットから飛び降りてくる。
彼女は何故か格好をつけて回転しながら着地した。
不思議と胸は揺れていない。
どうなってんだあのπスー。
「さて、ようこそワタクシの城へ! 歓迎いたしますわ!」
「歓迎痛み入る。おそらく長く世話になる」
「そうね。湖猫としてちゃんと生き残ってちょうだい」
「勿論」
「もっとお話しましょう?」
「そうは言うが長く喋るのが元々苦手だ。何か気になることが有ったら今みたいな感じで言ってもらった方が良い」
「そう! そういうのでいいのよ!」
ナミハナは俺を連れて城の扉の前にたどり着く。
正面の巨大な扉ではなくその横にある通用口から入るらしい。
ナミハナが扉に触れる前に勝手にドアが開いた。
「じいや、今帰ってよ!」
通用口の方の玄関は至って普通の作りだった。
普通とは俺達の居た世界の家にある玄関とさして変わらないということだ。
ただ、ここでは靴を脱がずに家に入るらしい。
地球で言うところの欧米の文化圏なのか?
「おかえりなさいませお嬢様」
玄関の奥からタキシードを着た白髪の老人が現れて恭しく一礼する。
老人は俺の顔を見ても驚く様子が無い。
それどころかにこりと微笑んだ。
「じいや! ワタクシったら今日は素敵な拾い物をしたの! 寛げる部屋を一つとこれから毎日サイボーグ用の食事を用意して頂戴!」
「分かりましたお嬢様、ところでそちらの黒髪の方のお名前を教えていただけるでしょうか。どうお呼びすれば良いかわからないもので」
「サスケ、名乗りなさい。貴方もじいやには世話になるのだから!」
「ああ、分かった。佐々佐助です。どうぞ宜しくお願いします」
「サスケ、初めて会う人には握手がマナーですわ」
「そうなのか。これは失礼しました。改めてよろしくお願いします」
老人に向けて俺は握手を求めて手を差し出す。
「こちらこそよろしくお願いします。お嬢様の世話係を任じられたケイと申します」
俺はケイさんと固く握手を交わした。
「成る程、確かにサイボーグですな。少なくとも人間の身体だ」
「な、一体何を……」
背筋が冷たくなる。何かされたのか?
「失礼しました。少々体内の構造を確認させていただいたのです」
そしてケイさんは悪戯っぽく笑う。
「じいやは魔術師なのよ。今時珍しいでしょう?」
ナミハナは自慢気に笑う。
「失敬、妙な気配を感じたので少し探らせていただきました。平にご容赦を」
得体の知れない老人だ。
今のところ敵意は無いが、ナミハナの害になると判断された時には何をされるか分かったものじゃない。
とはいえ折角この世界で得た仲間で、しかも可愛い女の子を裏切るなんてありえない話だけど。
そう考えれば逆にこの得体の知れなさが心強い。
「いえ……俺も俺が何者なのか分かっていません。自分に害が無いと証明できるならむしろ調べてもらいたいくらいです」
「じいや、どうかしら? 記憶の改竄とか催眠とかそういうのを受けた形跡は有る?」
「今のところ架空の記憶を植え付ける術式や催眠を受けている形跡はございませんでした。短時間の記憶の欠落はありますが、むしろ神話生物に襲われたならば当たり前でしょう。忘れていた方が良いこともあります」
「じいやが言うなら間違いないですわ。信頼してバディにできますわね!」
「それにしてもお嬢様が同じ年頃の仲間を作るとは思いませんでした。いつの間にやら成長なさって……この爺や感激いたしました」
「だってこの子ったらワタクシと同じかそれ以上に強いんですもの! そんなの気に入るに決まってるじゃない!」
「お嬢様より強い? ほう、それは素敵ですな。実に良い。私も一戦士としてこの少年に興味が湧きました」
興味ね。この世界の人間はどいつもこいつもバトルマニアなのか?
もしやこの老人がナミハナにエクサスの操縦技術を教えたのか。
「ああ、そうだ忘れていたわ。じいや、ギルドに調査報告送っておいて頂戴」
「報告内容は?」
ナミハナは俺の方を見る。
「サスケ、貴方の機体に墜落した宇宙船のデータとか残ってない?」
「機体のAIに確認してみる」
「AIってどういうこと?」
俺は急に思いついた。
チクタクマンの存在を紹介するなら今がちょうど良い機会だ。
勿論邪神などと言うつもりは無い。
俺は左腕の妖神ウォッチに声をかける。
「チクタクマン、ケイオスハウルにデータは残っているか?」
さあ頑張れチクタクマン。
俺の無茶振りに合わせてみせろ。
「支援システムチクタクマン起動完了! ノープロブレムだよ! ケイオスハウル内部のデータBOXにログが残っている!」
乗った!?
しかもノリノリだこいつ!
内心の驚きを押し隠したまま俺はチクタクマンに問いかける。
「俺達が逃げまわっていた場所を地図にできるか?」
「勿論! この城のコンピュータに送れば良いのかい?」
「なんですのそれ! 対話型インターフェースですわ!?」
ナミハナが両手を口に当てて驚いている。
そんなに凄いものなのか?
この世界の技術の発達具合を見るとさして珍しいものではないと思っていたが失敗だったか。
だとするとチクタクマンに余計な負担を強いることになってしまうかもしれない。
「ごきげんようお嬢さん! 私の名前はチクタクマン! ケイオスハウルに搭載された人工知性だ。自然言語による対話も可能だぞ」
それにしてもノリノリである。
だが俺の無茶振りにここまで簡単に応えてくれるなんて素晴らしい。
流石に神を名乗るだけあって何でもできるようだ。
「やべーですわ! 超技術の産物ですわ! 未来? サスケは未来から来たの?」
先ほどまで底の知れない雰囲気を醸し出していたケイさんも驚いた表情を見せている。
この世界でも普通に会話ができる人工知能は実現が難しい技術なのか。
「貴方! もしかしてサスケの正体を知ってらっしゃるのではなくて?」
「すまないがロックをかけられている。サスケ自身がパスコードを思い出すまで喋る訳にはいかないんだ」
こやつめハハハ。
平然と無茶振り返してくれたな?
「サスケ! なんとかロックを解除なさい!」
「すまない……忘れててすまない……」
「キー! とっても気になりますわ! 面白そうですのに!」
キーか。ロックだけにキーか?
言ったら殴られそうだから言わないけど。
「落ち着いて下さいお嬢様」
「じいやは気にならないの!?」
「それは非常に気になりますが……まずはギルドへの報告を最優先とすべきでしょう」
「むぅ……それもそうですわね。じゃあまずは私とサスケでギルドへ向かいます」
「一応帰還報告はしておりますが?」
「そうかもしれないけど……顔を見せて改めて帰還報告をすべきでしょう? それにサスケの登録も有ります」
「成る程、それではお嬢様のラーズグリーズの予備機を用意させます」
あの赤い機体、ラーズグリーズって名前なのか。
どこかの神話の神様と同じだ。
覚えていないのが悔やまれる。
「それでいいかしらサスケ?」
「分かったけど……ちょっと質問」
「なに?」
「その服のまま街に出るつもりなのか?」
学ラン姿の俺はさておき、ナミハナに関してはケルト風ぴっちりぱっつんムチプリンスーツである。
相棒としてはこんな姿を堂々と人前に晒してほしくない。
「……そうね、良いですわ。サスケがそう言うならやめておきましょう。乙女ですもの、偶にはおめかし致しましょう」
安心した。
本当に安心した。
「ではすぐにお嬢様の着替えを用意させましょう」
ケイ爺さんもホッとした顔で頷いてる。
そうですよねやっぱりおかしいですよねこの子。
「だけどそれを言ったからにはサスケもちゃんとした服に着替えてもらいますわ!」
「それは構わないが着替えは……」
「じいや! お願い!」
「お任せ下さいサスケ様、この私が用意致しましょう」
「ありがとうございます。着の身着のままだったので……」
「シャワーと着替えが終わったら格納庫まで来なさい! さあビジネスですわビジネスですわ! がっぽり儲けてド派手に使いますわよー!」
俺とケイ爺さんは互いに顔を見合わせて困ったような笑みを浮かべた。
どうやら異世界の人々と俺の精神構造はそこまで乖離していないらしい。
その小さな発見が心細い立場の俺には救いだった。
*****
俺はケイ爺さんと一緒に格納庫に繋がる地下通路を歩いていた。
「サスケ様、用意した服は如何でしょうか?」
「実用的だし動きやすい。気に入りました。ありがとうございます」
「一昔前の湖猫が良く着ていたものです。今は操縦系統の都合でリンカースーツが主流になってしまいましたがね」
俺がケイ爺さんに普段着として選んでもらったのはこの世界の軍で数年前まで採用されていたジャケットと何の変哲も無いジーンズである。
ジャケットの方はエクサスジャケットと呼ばれ、ポケットの数が少なく丈も短い。
これはエクサスの操縦時に計器に引っかからないようにする為である。
しかもナイロンとアラミドの二つの繊維を組み合わせることで頑丈になっており、多少の衝撃ならば内側に配置されたパッドで吸収してくれる。
デザインも非常に地味だが質実剛健といった雰囲気が有って気に入った。
「さてサスケ様、この扉の先が格納庫でございます」
「ありがとうございますケイさん」
「お嬢様のお友達なのでしょう? ならば気軽にケイで構いません」
「そうはいきませんよ」
「左様でございますか。では構いません……それでは私は別の仕事が有るのでここで失礼させていただきます」
ケイ爺さんは俺に背中を向ける。
「分かりました。何から何までありがとうございます」
彼は立ち止まって振り返る。
「ところで、サスケ様」
ケイ爺さんは真剣な眼差しで俺を見つめる。
「どうしたんですか?」
「お嬢様のことをお頼み申し上げます。彼女は……いや、恐らく貴方様ならお分かりでしょう?」
老人の言う通り、なんとなくだが分かる。
きっとナミハナには同じ年頃の友達とか対等の立場の人間が居なかった。
そしてこの老人は保護者としてそれを悩んでいた。
ケイ爺さんは俺に期待をしている。
ナミハナのことを良く知っている訳じゃないし、その期待に応えることの責任の重さに怖くなった。
だけど、それに応えられないのは恥ずかしい。
「はい……!」
俺は静かに、確かに答えた。
それを聞いた老人は満足気に頷く。
「ありがとうございます……それではいってらっしゃいませ」
「はい!」
今度は強くハッキリと答えた。もう迷いは消えている。
そして俺は扉を開けた。
中は格納庫。
あの赤い赤い機体・ラーズグリーズの予備機が置いてある。
「おっそいですわー!」
そのコクピットからナミハナが顔を出す。
彼女の髪型は驚くべきことにドリルみたいな縦ロールだった。
「早くなさってー!」
縦ロールだった。
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