第3話後編 バディ?

 俺が戦っていた女性パイロットは猫のような悲鳴を上げて気絶してしまった。

 どうにもチクタクマンが何かしてくれたらしい。


「チ、チクタクマン!?」

「グッジョブ、サスケ。君は実によく戦った。だがもう少し私を頼るべきだ」

「何をしたんだ……?」

「私がこの赤い機体のコントロールを奪って電子回路を暴走させた」


 ……まあなんにせよ助かったのか。

 礼を言わなくてはいけないな。


「ありがとうチクタクマン」

「サスケ、礼には早いぞ? まだそちらのご令嬢の相手が残っている」

「生きているのか?」

「利用価値が高いと判断し、気絶程度にしておいた」

「……まあ生きててくれた方が俺も嬉しい」

「実にお人好しだなサスケ。だが分かったぞ、君は同族の死を嫌悪しているんだね?」

「理解が早くて嬉しいよ」

「何故だ?」

「救える命を見捨てたら……親父に軽蔑される。俺の親父は医者だしな」

「グッド! 君達人間は親子の関係を大切にするらしいね!」

「お前も親父の為に働いているんじゃないか? ニャルラトホテプって神々のメッセンジャーなんだろう?」

「その通りだ! 我々の貴重な共通点と言える!」

「かもな。まあその話は後だ。とりあえずあの女と話がしたい。コクピットから出してくれ」

「オーケーサスケ!」


 ケイオスハウルの背中についたコクピットのハッチが開く。

 首の後についていたコネクターを引き抜いて、俺はケイオスハウルから身を乗り出した。


「サスケ、海に落ちるなよ。今は私が抑えているがこの海域には神話生物も多い」

「了解した。忠告感謝する」


 俺は軽々と赤い機体に飛び移る。

 壊れた装甲の隙間から金髪の少女の姿が見えた。

 ピッチリとした赤いパイロットスーツな為か非常に眼に毒だ。

 おそらく腕の良い傭兵で危険な相手なのだろうが、美人過ぎると敵対の意思を保てなくなるというかなんというか……。


「ったくもう……」

「どうしたサスケ? まさかこの少女を異性として意識してしまったか?」

「黙ってろ」

「ソーリー、だがその機械の身体では生殖が難しい」

「変な言い方するなよ!」


 また聞いてないリスクが発生した。

 外見だけなら本物の身体との違いは見当たらないが、中身はそうもいかないってことか。


「だが不便だろう?」

「実際問題それは不便だけどさ……」


 長男だし初孫だし一人っ子なのに親族一同に申し訳が立たない。

 申し訳が立たないと言ってももう皆死んでいるし謝る相手も居ないけど、俺の気持ちに整理がつかない。困ったものだ。

 チクタクマンに文句を言うつもりは無いけど……一生家族も無しで一人ってのは嫌だな。深刻に嫌だ。何故生きているかが曖昧になる。


「心配するな、この事件が終わったら君に生身の身体を返そう」


 自分の表情が明るくなったのが自分でも分かる。


「……ありがとよ」

「君が気持よく働いてくれる為ならば私は可能な限りの準備を行うつもりだ。気になることが有ったら何時でも言ってくれ」

「まったく調子の良いことばかり……」


 なんだか上手いこと懐柔されている気がする。

 だけど細かいことを考えるのは後にしよう。


「さ、仕事だ仕事。さっさとこの戦いを終わらせよう」


 壊れかけの装甲を力任せに剥がして、壊れたコクピットの中から少女を優しく引っ張りだす。

 赤い機体がボートに似た形で助かった。

 俺は少女を赤い機体の上に寝かせる。

 クセの有る金の長髪で女性としては身長がかなり高い。俺と同じかわずかに低いくらいだ。

 少なくとも170cmは超えている。

 スタイルは良い。とても良い。何故分かるかって?

 ○ヴァのプラグスーツっぽいぴっちりぱっつんエロレッドスーツを着ているからだ。

 あれと違う点といえばそうだな……至る所に魔法陣みたいな紋章が刻まれていることぐらいか。


「こいつ、生きているよな?」

「ノー・プロブレム、私がスキャンしたところ各種バイタルサインは完璧だ」

「なら良い」


 随分綺麗な髪だ。錦を一本ずつ植えこんだのではないだろうかってレベルである。

 気絶して眼を閉じている為瞳の色は分からないが顔立ちは愛らしい。

 頬は薄紅色、まつ毛は整っていて、口元は柔らかそう……ああもう去れ雑念!

 あと体格に似合わず童顔だ。

 ……おや?


「むっ……」

「どうしたサスケ?」

「いや、済まない何でもない。俺の気のせいだったらしい」


 大変な発見をしてしまった。

 この美少女パイロット、大きな胸が重力に負けてる……。

 駄目だ! 落ち着け俺!

 今はやましいこと考えている場合じゃない!

 冷静になれ!

 いや冷静に考えた結果として胸が重力に負けていることを発見したのか?

 そんなことはどうでもいい……良くない!

 だけどこれ以上余計な事を考えているとこいつを敵扱いできなくなる!

 クール! 俺はクールでいなくちゃいけないんだ!


「起きろ」


 俺は雑念を抑え、クールを装い、あくまで冷淡な声で頬をペチペチ叩くと少女は目を覚ました。

 彼女はムクリと身体を起こす。

 流石に乳は揺れなかった。

 どういう構造になってんだあのπ……パイスー。


「ああもう、ワタクシ負けた上に命救われちゃったみたいですわね。しかも髪がボロボロ」


 少女はクシャクシャになった長い金髪を悲しげに指で弄んでいる。


「もう、一体何者ですの貴方? 変な服着てるし」

「変な服って……学ランだろ」

「学ラン? 聞いたことがあるような……ニホンの民族衣装か何かだったかしら? まあ良いわ、ともかくエクサスに乗っておいてリンカースーツじゃないってだけで変ですわ」

「リンカースーツ……?」


 おそらくはこの少女が着ている卑猥タイツのことに違いない。

 乗り手を保護し、機体と人間を接続する為の機能が有ると推測できる。たった一つの命を捨てて生まれ変わった機械の身体を持つ今の俺には無用の長物だ。


「ああもう話が進まないじゃないの。貴方様のお名前をお聞かせくださいな」  

「俺は佐々佐助だ。お前の名前は?」

「……え?」

「なんだ」


 少女は首を傾げる。


「なにそれ、ワタクシが誰だか知らないの?」

「言っておくが俺はここが何処で君が誰かも知らない。ミ=ゴのところから逃げてきたばかりなんだ」

「それは分かってよ……」


 うん、ミ=ゴという概念が滞り無く通じている。

 チクタクマンはしっかり翻訳してくれているみたいだ。


「でも貴方の身体から魔術の嫌な気配がするわ。人間ではないのでしょう?」


 本当に魔力の存在を感じ取れるのか。

 だがチクタクマンはこの世界の人間は魔術をレーダーで感知すると言っていた筈だ。

 ということはこいつが特別鋭いのかもしれない。

 あるいはサイボーグか?

 だとすれば俺も義体だと言えば親近感を持ってもらえる可能性は有るか。


「確かにこの身体は邪神が作った機械だ。だから変な気配がするのかもしれない。だけど中身は正真正銘紛れも無く人間だ」


 いや、人間で居たいだけか?

 まあ良い。

 今はそんなこと考えている場合じゃない。


「あら、じゃあサイボーグってこと?」

「まあそうなるな。脳と脊髄以外はほとんど機械になっている筈だ」

「へえ……そう、わかりましたわ。無礼をお許し下さいな。ワタクシの名前はナミハナ、ギルドNo.10の湖猫うみねこですわ。先月の月刊湖猫うみねこの友で表紙だったのに……本当にご存知無くて?」


 俺だって健全な男子高校生。一度見たことあるならばこんな美人を忘れやしない。


「本当だよ、ところで湖猫って?」

「湖猫も知らないの? エクサスのパイロットのことですわ。本当に記憶が欠けていらっしゃるのね」

「ああ、そうだ」


 細かいことを説明するのは面倒だ。

 そういうことにしておこう。


「事情を分かってもらったところで頼みが有る」

「何かしら? 勝者らしく私を煮るなり焼くなり好きになされば良いわ。それが湖猫の流儀ですもの」


 ナミハナは臆する様子も無く言い放つ。

 アズライトスフィアというのは命の価値が軽い世界らしい。

 邪神との戦争が続いていることが原因と見るべきだろう。


「ギルドってのが何だか分からないがそこまで俺を連れて行って欲しい」


 ナミハナはポカーンとした顔で俺を見る。


「それだけで良いのかしら? 他にもっと何か無いのかしら、金とか地位とか」

「手に入るのか?」

「まあ命を助けてくださるならお金くらいは……あとギルドナンバーも……」


 今の俺には不要なものばかりか。

 いやお金も地位も必要だがあんまり持っていても逆に困る。

 偉い人や金持ちというのは嫌でも目立つ。

 目立つのは良くない。

 痛くもない腹を探られる。


「ギルドナンバーってのはなんだ」

「ギルドに対する貢献度に応じて割り振られる番号ですわ。No.1でNo.10までがナンバーズと呼ばれる特別な湖猫ですの。番号は100まで有りますけど、其処から先は只の組合員番号しか持っていない普通の湖猫ですわ」


 つまりこいつはこの世界でも相当な実力者なのか。 

 良かった。

 こいつが平均的な湖猫とかじゃなくて本当に良かった。


「構わない。俺も何をすれば良いのかわからないんだ。その湖猫とやらになれば当面の生活は困らないだろう」

「……そう、良くてよ。ところで今ならもう一つお得な取引を提案できるのだけど」


 こいつ商人か何かか?

 と思ったけど傭兵なんて商売人か。

 ナミハナは何を思っているのか年頃の女の子らしい可愛らしい笑みを浮かべている。

 これだけで俺は異世界にやってきた甲斐が有ると思えた。


「なんだ?」

「ワタクシのバディになってくださらない? 丁度探していたのよ、腕が良くて腹が据わってて……可能ならば年の近い殿方」

「バディ?」

「ビジネスパートナーですわ。そう紹介した方がギルドから痛くもない腹を探られないでしょう?」

「痛くもない腹?」

「例えば貴方の機体、何処で整備なさるの?」


 勿論それはチクタクマンに頼めば一発だが、それでは周囲に怪しまれること間違い無しだ。

 目立つことを避けたい俺達としては非常に魅力的な提案だ。


「あと、ワタクシに言っていないことだってまだ有るでしょう? 可能なら貴方は身元を隠したいのではなくて?」

「……」

「勘違いなさらないでね? 詮索するつもりは無いわ。ワタクシも貴方と同じで身分を隠したい立場ってだけよ」

「そういうことならありがたい。俺も望むところだ」

 

 随分と勘の鋭い女だ

 とはいえこれは都合の良い展開だ。

 取引をするならば聡い相手の方が良い。


「貴方の身元と生活をワタクシが保証してさし上げるわ。貴方はそれと引き換えにワタクシにその腕を貸す」

「身元ね……できるのか?」

「No.10からNo.1のギルドナンバーズには色々な特権が与えられているの」

「それで俺を保護できるってことか」

「そういうことですわ。それに身元不明で記憶喪失の腕利きなんて、ワタクシにとっても都合が良いもの」

「それは傭兵稼業だから?」

「ご明察ですわ。遺族だの家族だのうっとーしーことこの上ないんですもの」


 もしかしてナミハナは家族がらみで面倒を抱えているのか?

 考えてみればナミハナって明らかに和風な名前にそぐわない外見だし、偽名なのかもしれない。

 偽名でギルドに登録できるというのは良い情報だ。

 それは俺の身元が怪しくてもギルドとやらの一員になれる可能性が高いことを示している。


「分かった。俺も信頼できる仲間が欲しいと思っていた」

「じゃあ商談成立! とっても強くて優しい湖猫さん。まずはお友達からよろしくお願い致ししますわ!」


 随分と気に入られてしまった。

 きっと自分より強い男が好きとかそういうタイプなんだろう。

 ここまで戦争が続いていると人間の価値観も神話時代の戦士レベルにまで変化するのか。

 だがそっちの方が今の俺にとっては都合が良い。チクタクマンとの協力関係が続く限りこの世界は相当居心地が良さそうだ。という訳でなんかもう元の世界帰りたくないんだけど許してくれるかな父さん。

 死んでるから許すことも許さないこともできないけど……さ。


「ところでお前が今回受けていたらしい任務は?」

「記憶喪失の人間を救出して偵察は終了。後はミ=ゴの宇宙船の所在を情報として他の湖猫連中に売り払って小金稼ぎをさせていただきますわ」

「分かった」

「そのお金はまるっと差し上げます。契約金代わりですわ」

「ありがたく頂く。払ってもらった分はきっちり働きで示そう」

「そうと決まれば善は急げ、海賊共に襲われる前に急いで離脱しましょう?」

「承知した。だが機体の応急処置は大丈夫か?」

「あら、そうね」


 ナミハナはコクピットの中に潜り込んで計器を確認し始める。


「これくらいなら問題なくてよ。人工筋肉は放っておけば最低限動くようになるし、動力系も自己修復機構があるから動かすだけならすぐだもの」


 機体に自己修復機構がついているのか。

 戦争が続いているせいで変な技術が発達しているみたいだな。


「ならば大丈夫か。俺の機体も動かす分には問題がない」

「それは重畳、じゃあ付いてらっしゃい。さっさとエクサスに乗り込んで」

「ああ」


 こうして俺とチクタクマンはナミハナの先導でまず彼女の拠点へと向かうことになった。

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