来訪者 03

「おいっ! あんたがカザクラかっ!」


 俺が発した大声に、二人はゆっくりと振り返る。俺は警戒しつつも、こちらを向いた二人の姿を遠目で観察した……。


 男の方は茶色い髪をやや短めに切っており、薄茶色の色眼鏡を装着している。服装もラフな感じで、上は白いタンクトップ、下はグリーンのカーゴパンツというなんとも夏の山中にはお似合いの格好だ。率直な印象としては、少しチャラ怖いお兄さんといった感じだろうか。身長は俺より少し高めの175cm程度、歳は……二十歳前後だろうか。


 次にその横に立っている魔法少女に視線を移す。


 少女の髪の色も茶色。肩に届くか届かないかという長さで無造作に伸ばされている。その容姿の中で最も目を引くのは、全身を包んでいる黒い大型のマントだ。軍人用のマントのようにも見えるが、ただの一枚布という訳ではなく、肩や胸元にも細かい刺繍や装飾が施されていて高級感がある。まだ幼さの残る顔つきだというのに、その右目は。


「……眼帯……?」


 黒い布のようなもので覆われていた。この少女、年齢は幼馴染三人とそれほど変わらないように見えるのに、歴戦の勇士といった風格がある。


 俺の存在に気づいた男が、手を振ってきた。相手の真意が読めるまでは、俺も無駄に警戒心を見せない方がいいだろう。俺もまずは手を振り返す。


 こちらに向かって歩み寄る二人からは、殺気のようなものは感じられない。むしろ男の方は愛想笑いをして、俺に気遣っているような印象さえ受けた。まずは会話だ。仲良くやれれば、それに越したことは無いのだ……。


「君がタイト君か?」


 テレパシーで聞いた声と同じ、少しハスキーで凄みのある声。

 間違いない、彼がカザクラだ。


「ああ、カザクラだな?」


「その通りだ。初めましてタイト君。こっちはうちのリーダーで『フミ』という」


 リーダー? ユニットにはリーダーを設定しておいた方がいいのだろうか。そんな疑問を抱く俺を他所に、カザクラに紹介されたフミという女の子は、軽く会釈して自己紹介した。


「木漏れ日一家のリーダーをやっている、相国寺ショウコクジフミだ。よろしく頼むぜ」


 この口調……この雰囲気……。

 こっ……この子……。

 ……イケメンだっ!


 いや、同年代っぽい『少女』相手にイケメンというのは少々御幣がある。しかし、見た目どおりに凛々しくも自信に満ちた口調、しっかりと伸びた背筋、微かに浮かべた不敵な笑み。ただ自己紹介しただけなのに、男が嫉妬してしまいそうな渋さ、クールさ、格好良さがそこにはあった。


「おっ……俺は姫結衣魔法少女隊の管理者プロデューサーをやっている、明石泰斗だ。よろしく頼む」


 俺が自分と同い年くらいの少女が醸し出す雰囲気にただただ圧倒されていると、カザクラが話を切り出した。


「今は一人かい?」


 その言葉に、ドキリと俺の鼓動が高まる。


「ああ。今は一人だ」


「ふむ。こんな山の中でクオリアを起動させているようだが、何か調べものでもしていたのかい?」


「……まぁ、そんな所かな」


 目を細めながら、まるで値踏みするように俺の様子をまじまじとカザクラは見つめている。そして何かに納得したように、カザクラはこう言った。


「ふむふむ、全然駄目かと思ったが、とりあえずは及第点といった所だな」


 カザクラの言葉の真意が理解できない俺は、反応に窮する。

 そんな俺に向けてカザクラは、表情を和らげながら説明し始めた。


「……最初君が無防備にも位置情報を送信した時、僕は君が魔法少女の管理には向いていないんじゃないかと疑っていた。警戒心の無い管理者ってのは致命的だからね。しかしその後、君は自分のミスに気づいたのかブラフを吐いたり、移動して一人になるなどして万が一の急襲に備えようとした」


 なんてこった。こちらの行動は何もかもお見通しって訳か……。

 俺は返事もせずに、黙って耳を傾ける。


「君が考えている通り、防護フィールドに守られている限りはあらゆる魔法少女も、そして殆どの宇宙生物もその中に居るものに危害を加える事が出来ない。戦闘能力は何も無いかわりに、管理者本人はほぼ無敵なんだよ」


 一応、俺の判断は間違っていなかったという事だろうか。

 カザクラは話を続ける。


「きっと警戒している君はこう思っているはずだ、我々木漏れ日一家は敵なのか? それとも味方なのか? 姫結衣魔法少女隊のメンバーに会わせていいのだろうか? と」


 カザクラの鎌かけに俺は素直に返事をする。


「……全くもってその通りだぜ。今の俺はあんたらを信用したい自分と、警戒する自分がせめぎ合っている」


 男は笑みを浮かべながら、俺が吐露した疑念に答えた。


「結論から言わせて貰おう。我々は『君達の味方』だ。戦う理由はない」


 俺が一番欲しかった言葉を、カザクラは明言した。しかし、これを鵜呑みにしていいものだろうか?


「そうか、それは助かるぜ。だが……その、確証が欲しい。木漏れ日一家が我々と敵対しない確証が」


「ふぅむ、客観的に証明するのは難しいものだ。管理者プロデューサーは常々確証のない判断を迫られるものだからね。だから君の『見る目』が何より大切だ」


 俺の見る目か……。


 率直な印象としてはこの男、一見チャラついてて怖い印象さえ受けるが何か芯が通っているような感じがする。俺の勘が、こいつは敵ではないと言っている。しかし、ツキコならともかく俺の勘なんか当てにしてもいいのだろうか……。


 俺が思い悩んでいると、カザクラは思い出したように言った。


「ああ、そういえばヤヨイちゃんが世話になったようだね。まずは礼を言いたい」


 聞き覚えのある名前に、俺は目を見開いた。


「ヤヨイ……流離サスライ夜宵ヤヨイを知っているのか?」


 カザクラは言いよどむ事無く返事をした。


「勿論だ。彼女が魔法少女になった時から知っている。そして今の彼女が酷く荒んでいる事も、よく知っている」

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