来訪者 04

 突然出てきたサスライの話に対して俺が反応に困っていると、男はカーゴパンツのポケットから何か黒い塊のようなものを取り出した。


「あ、タバコ吸ってもいいかい? ポイ捨てなんかしないからさ」


「……ああ」


 カザクラは通常のタバコの半分程度の長さしかない白い棒状のものを、黒くて小さな装置に差し込んでいる。それを不思議そうに見つめていると、カザクラは手に持っている物体について説明してくれた。


「これは煙の出ないタバコだよ。普通のタバコだとこいつが嫌がるからな」


 随伴している魔法少女を親指でさしながら、カザクラはそう言った。


「臭いがつくから当然だろう。古代遺物アーティファクトは他の衣装のように出したり消したりは出来んのだぞ」


 この子は、確かショウコクジという苗字だった気がする。この子もサスライの所有する『名刀恋心』ように、思念性トゥルパーズ・古代遺物アーティファクトを所持しているのだろうか?


 カザクラは白いタバコのフィルターのような箇所を口に銜えて、そこから空気を吸い込んでいる。吐き出す息から微かに白い水蒸気が見えるが、タバコのような煙は出ていない。


「それも宇宙人の技術なのか?」


「はっはっはっ、人類の普通の技術だよ。最近はコンビニでも売っている」


「へぇ……」


「まぁ、タバコなんて最初から吸わないに越したことは無いよ。僕みたいにやめられない奴が、避難的に利用しているだけさ」


「そ、そうか」


 なんだかカザクラと話をしていると、大人びた先輩と接しているような感じがして、ついつい警戒感が緩んでしまいそうになる。タバコを二口ほど吸うと、カザクラは先ほどの話を続けた。


「ヤヨイちゃんだって、昔からあんなにツンツンしてた訳じゃないんだ。ヤヨイちゃんが荒んでいる理由は……半年ちょっと前の冬に、同じユニットの魔法少女が『戦死』してしまった事に端を発する」


 やはりか……。


 俺は初めてログを見た時、サスライが所属するユニット名が『三羽烏』である事を知った。ユニット名と、たった一人で孤独に戦うサスライの姿が一致しない事から、誰かが離脱、或いは死亡したのではないかと想像していたのだ。


「仲間を失った後にも残ったメンバー同士で色々あってね、彼女は結局、全てを自己責任で済ませられるように一人ソロで戦う事を選んでしまったんだ」


「もう、仲間を失うのが怖いってことか……?」


「他人の心情を想像するのは自由だが、それを代弁する権利は誰にもないよ。彼女達の問題は、彼女達が決着をつけなくてはならない」


 彼女達……サスライ一人の問題ではないという事だろうか? カザクラのその言葉に、何故か隣で話を聞いていたショウコクジも表情を曇らせた。


「ヤヨイちゃんは……いや、『三羽烏』は今ではそこそこ有名なソロユニットだ。誰とも組まない。誰ともつるまない。孤独で、勇敢で、無謀。それが今の『三羽烏』の評価だ。だからこそ、それと共闘するルーキーの存在がやたらと目立った」


 共闘するルーキー。

 どうやら俺達の事を言っているらしい。


「……だから連絡して来たのか?」


「ああ。ヤヨイちゃんのような独自に動き回るユニットの事を煙たがっている連中も多いからね。君達がそいつらから危害を加えられる前に、まずは注意を促しに来たって訳さ。君達が死んだら、ヤヨイちゃんはもっと荒れるかもしれないしね……」


 話を聞く限りでは、どうやら本当にこのカザクラという男は味方のようだ。だが、もう少しだけ確信が欲しい。

 カザクラは話を続ける。


「僕達の事がまだ疑わしいと思うなら、今日は挨拶だけして帰るよ。信用してくれるようになったなら、☆1の宇宙生物でもいいから一緒に倒そう。それで君達の身の安全はある程度確保されると思う」


「それは……どういう意味だ?」


 カザクラはタバコを一吹きしてから答える。


「協力して宇宙生物を倒せば、君達『姫結衣魔法少女隊』と、我々『木漏れ日一家』両方の名前がログに表示される。それを見た各ユニットの管理者プロデューサーは、二つのユニットが友好関係にあると想像するだろう」


 確かに、ログには戦いに参加したユニット名が複数並んでいた。


「その……俺達を『木漏れ日一家』の仲間だと思わせることが、他のユニットに対してそんなに強力な抑止力になるのか?」


「ああ。こういっちゃなんだが、うちのユニットはこの辺じゃトップクラスに強いからね。正確に言えば、この子が特別強い。日本国外でも上位にくる位だ」


 マジか。

 歴戦の勇士という俺の印象は間違っていなかったらしい。


「まぁ、今後はおかしな連中に拠点を教えないように注意しておいてくれ。そして、もしピンチになりそうなら早めに連絡をくれ。僕が今日言いたかったのはそれだけだ」


 カザクラは話を切り上げて帰る素振りを見せている。

 俺はカザクラを呼び止めるようにして、咄嗟に質問をした。


「カザクラっ、最後に質問があるっ」


「……ん? なんだいタイト君」


「サスライと交流があったのなら、サスライのコンプレックスについて……何か知っているか?」


「コンプレックス?」


 俺達が今現在、唯一信頼をおけるユニット。それはサスライの所属する『三羽烏』のみだ。その『三羽烏』と『木漏れ日一家』の交流関係が真実であれば、俺達は『木漏れ日一家』を信用する最低限の根拠が得られる。


「さぁ、答えてくれ。サスライのコンプレックスについて何か知っているか?」


 俺の質問に対して、カザクラは少し考えた後でこう答えた。


「ヤヨイちゃんは神経質だから、色んなコンプレックスを持っているかもしれないなぁ……しかし……どれか一つを挙げるとするなら……」


 そう呟いた後で、カザクラは俺の防護フィールドの展開範囲ギリギリまで近づいてから、随伴している魔法少女には聞こえない程度の小さな声で呟いた。


「……あれは壁だな……」


 その言葉を聞いて俺は確信した。『木漏れ日一家』は『三羽烏』と交流がある。俺は染み入るように深く頷いて、カザクラに気持ちを伝えた。


「もし良ければ、明日またここへ来てくれないか? ユニットメンバーを紹介したい。今は本当に出かけていて、いつ帰ってくるかは分からないんだ」


 カザクラは俺のその言葉に対して、嬉しそうに口角を吊り上げて返事をした。


「喜んで。来る前にまた端末から連絡するよ」


 俺は防護フィールドから右手を突き出し、カザクラと握手した。

 二人の去り際に、随伴の魔法少女が。


「ヤヨイのコンプレックスとは何だ?」


 と質問しているのが聞こえたような気がした。

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