短い夜 02

 所変わって、ここはツキコの部屋の中。皆が私服姿で座っている。


 サスライの持つ『名刀恋心』は変身を解除しても消える事がないので、長い競技用のスポーツバッグのようなものに入れられている。よく分からないが、剣道か長刀か弓道か、何かしらこういうバッグを利用する競技があるのだろう。


 部屋の様子を観察しているサスライに対して、俺が何か声をかけるべきかと考えていると、ツキコが心を躍らせるようにして皆に尋ねた。


「ねぇねぇ、なにするー? みんなでゲームでもするー? それともおやつ食べるー?」


「今は夜中だぞ。ゲームするには騒がしいし、おやつ食べるには太る時間帯だ」


「えー。また今日も何もしないのー?」ブー


「しょうがねぇだろ。みんなもう、くたくただぜ」


 少し不満げな表情をしたツキコだったが、また直ぐに笑顔を取り戻す。どうしたのかと思っていると新たな、いや、また聞き覚えのある提案をするのであった。


「それじゃーみんなー。今から『お風呂』入ろっかー」


 ツキコが発したその言葉の直後、次の展開を想定したのか俺を含めた数名が急速に視線を動かし始めた。何故か、サスライまでもが身構えている……。


「ツキコ、何人ずつ入れるの?」


 鋭い眼差しで質問するクウにツキコは答える。


「うーん。流石にこの人数は無理だから、二人ずつかなー?」


「じゃあ俺は――――」バッ


 俺は先手を打つべくして言葉を発するが。


「隊長は一人ね」トウゼンデショ


 またしてもクウさんに妨害されてしまう。


「……くっ……」orz


 希望を失った俺が一人で愕然として項垂れていると、意外にもサスライが少し強い口調で意見した。


「……私は、この子と一緒に入るわ」


 サスライが指した、その先には――――。


「……そうね、それがいいと思うわ」


 クウさんが居られた。

 その時俺は――――瞬時に洞察する。



 二人の『共通項』を。



「えーっ、ずるいーっ。私もヤヨイちゃんと入ってみたいよー」


「私もー、お背中流したいですー」


 ツキコとヒナタが猛抗議するが。


「二人とも何言ってるの。全然ズルくないじゃない」キッパリ


「そうよ。むしろ貴方達こそ卑怯だとは思わないの?」マイナスホセイサレルベキヨ


 真顔でクウとサスライがこれを突っぱねた。

 なんなのだろうか、この連帯感は……。




 全員が入浴を終えてから、直ぐに消灯する。

 日が昇るまでの数時間、疲れきった体を少しでも休めるのだ。


 ヒナタが真っ先に寝息を立て始め、ツキコもそれに続いてスヤスヤと眠りに落ちた。クウもいつの間にか、音も立てずに寝ているようだった。



 そんな暗闇の中で、俺は未だに寝ていないと思われるサスライに向けて小声で話しかけてみた。


「……サスライ、まだ起きているか……?」


 暫しの沈黙の後で、サスライは返事をしてくれた。


「……ええ……」


「……今日は助かったぜ…………いや、今日もか……」


「……それは……私もよ……」


「……なぁ、もし良かったらだけど、これから俺達と一緒にやっていけないか……?」


 俺の呼びかけにサスライは、暫くして返事をする。


「……いいえ、私はこれからも一人よ……お兄様と……私だけ……」


「……そうか。こいつ等も随分懐いてるみたいなんだけどな……」


「…………」


 暗闇の中で、サスライは微かな衣擦れの音を立ててこちらに背を向けた。

 俺は少し間を置いて、サスライに質問する。


「……サスライは……今までずっと一人で戦って来たのか……?」


 随分と長い沈黙の後で、サスライは返事をしてくれた。


「……いいえ……」


「……ひょっとして、君があの悪い魔法少女達を憎んでいるのは」


「この話はやめにしましょ。また……眠れなくなっちゃうから…………眠れても……また悪夢が来ちゃうから……」


「……そうか…………すまない……」


 やはり、彼女は過去に何かがあったのだろう。それが今の彼女を、きつく縛り付けているように思えた。流石に彼女も疲れているのだろう。サスライの呼吸音は徐々に寝息に近付いていくようだった。


 俺は彼女が眠りに就く前に、改めて礼を言う。


「……今日は本当にありがとうな……また何かあったら……宜しく頼むぜ……」


「……貴方も……この子達を大切にしてあげて…………絶対に…………」


 眠りに誘われる中、サスライは消え入りそうな声で、懇願するかのように零した。



「……絶対に……死なせないで…………」



 常に気丈であったサスライが漏らしたその声のあまりの弱弱しさに、俺は彼女の事が心配になる。サスライの方へ視線を移すと、既に彼女は背を向けたまま眠っているようだった。


「…………ああ……勿論だ……」


 俺は彼女を安心させるように、そして自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。





 短い夜が終わり目を覚ますと、サスライが眠っていた布団は綺麗に畳まれていて、彼女自身も姿を消していた。


 俺は朝日が射し込む部屋の中で、安心しきって穏やかな表情で眠っている三人の寝顔を見つめながら、全員の無事を、そして今日もみんなが一緒に居られる事を感謝する。


 窓の外で、一羽のカラスが鳴いたような気がした。

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