強さの秘密 03

「……それで、二つ目の秘密は?」


 沈黙を破るように、俺は鳩野郎に次の説明を促す。


「ああ。二つ目は彼女の持っている『武器』の存在だ」


 黒い魔法少女の腰に差された漆色の一振りの刀。あの刀に彼女が手を置いた瞬間、尋常ではない危機感が俺達を襲った。


「やっぱり、あれは普通の刀じゃないんだな?」


「ああ。あれは『思念性トゥルパーズ・古代遺物アーティファクト』だ」


思念性トゥルパーズ……古代遺物アーティファクト?」


 聞きなれない言葉を俺はオウム返しする。


「物質と思念両方の性質を兼ね備えた、特殊な道具の事さ」


「俺達にも分かるように説明してくれ」


「神性を有する何者かによって創られたり、神性を有する何者かに長らく愛用された道具は、物質と思念、双方の特性を持つ事になるんだ。簡単に言えばあの刀は、長い年月をかけて魔法強化された武器って訳さ」


「魔法強化……」


「Cのクオリアの特性を知ってもらう為に、あの刀の歴史について説明しよう」


 そう言うと、鳩野郎は俺の顔を見上げて語りだした。


「あの刀の銘は『恋心コイゴコロ』、作者は『一夜野ヒトヨノスズ』という」


 鳩野郎の話を聞いて、ツキコが感激したような表情でヒナタに話しかけている。


「ねぇねぇっヒナタちゃん、『恋心コイゴコロ』だって。素敵な名前の刀だねぇー」


「ほんとだねぇー」


 はしゃぐツキコとヒナタを他所に、鳩野郎は話を続けた。



「作者のスズは天下に名の知れた名工、一夜野ヒトヨノ祖鉄ソテツを父に持ち、幼い頃から刀鍛冶について学んでいた。男児に恵まれなかった事もあり、ソテツはスズを自分の跡継ぎとして真剣に育てていたんだ。ソテツの刀を欲しがる武芸者は後を絶たなかったが、毎日のように尋ねて来る武芸者達をソテツは拒絶し続けていた。この人になら、と自身が惚れ込むような人物にしか、ソテツは刀を打ちたくなかったんだ」


 鳩野郎はひょいと首を背け、記憶を辿るようにして話を続ける。


「そんなある日の晩、ソテツは今晩来る客人を丁重に迎えるようにとスズに告げた。スズが理由を尋ねると、大業物を与える価値のある剣客が来るのだとソテツは答えた。こんな夜中に客人が来る事や、父が剣客を認めている事を珍しく思っていると、突如玄関から物々しい音が聞こえ出した。件の客人が来たのかと思いスズが玄関へ向かうと、先に出迎えの為に顔を出したソテツの弟子が血に塗れ、無残にも切り殺されているのが目に入った」


 残酷な話の展開に、聞いている皆が眉を顰めた。


「スズがおかしいと思い物影に身を潜めていると、数人の男達が屋敷の中に土足で上がり込んで来る。そして、何事かと顔を出した弟子達を次々と切り伏せて行き、遂には奥で寛いでいたソテツまでをも、集団で滅多切りにして殺してしまったんだ」


「……酷い……」


 思わずクウが声を漏らした。


「スズは男達の顔に見覚えがあった。それは、幾度となく父に刀を打ってくれと頼みながらも、悉く断られ続けた男達だったのだ。それを知りガタガタと震えて玄関傍に隠れていたスズの直ぐ傍で、また新しい物音が聞こえた。新たに、また別の客人が訪れたのだ。玄関へ静かに入って来た男は、『失礼』と一言呟いた後で草鞋を脱いで屋敷に上がり、スズが隠れるすぐ傍を通る。そして、『そのまま隠れておれ』と言い放ち、奥へと姿を消して行った」


「……ゴクリ……」


 唾を飲み込む音が、ヒナタの方から聞こえた。


「僅か数分後、男はスズの元へと戻り、そっと手を差し伸べてきた。男は屋敷の中に居た賊を切り殺し、ただ一人でスズを守ったのだ。その時スズは泣きながらも、この男が父が認めた剣客なのだと悟った……」


 机の上を歩きながら、鳩野郎は話を続ける。


「父親が作った刀剣の全てが、逃げ果せた賊に持ち出されていて行方不明になっていた。ただ一人残されたスズはその後、受け継いだ屋敷を自らの意志で売り払い、父親の知人の元へと身を寄せた。その知人もまた、父親ほどでは無いが名のある刀工だったからだ。そうしてスズは父親の知人の下で十五年の修行を経て、父親と並ぶ程の腕を身につける。周囲はソテツの生き写しだとスズの腕前を絶賛し、名工の噂を聞きつけた多くの剣客達が彼女の打つ刀を求めた。しかしスズは、まるで父親のようにその全てを断り続けた」


 そこまで話すと、鳩野郎は不意に歩みを止めた。


「そんなある日、突然、スズは一振りの刀を完成させたと思えば、若くして『引退』を宣言してしまう。周りは何度も止めたが、スズが引退を取り消す事は無かった」


「……引退……?」


 俺は意味が分からず、そう呟いた。


「ああ。引退したスズは旅に出て、自身が最後に打った刀をある有名な剣豪の元へ届けたんだ。既に天下無双と称されていたその男は、何も言わずにその刀を受け取り、スズもまた、頭を下げると何も言わずにその場を去った」


「……それって……つまり……」


「そう。それがあの子が持つ思念性トゥルパーズ古代遺物アーティファクト、『名刀恋心』さ」


 鳩野郎の説明に、俺はため息混じりに呟いた。


「なるほどな。最高の刀工が作り、最強の剣豪が所持していた名刀か。そりゃ強い訳だぜ……」


「その通りだ。そして、この話には続きがある」


「続き?」


「剣豪は生涯妻を娶る事が無かったんだ。その理由は、『私は既に剣と結婚している』というものだった。その言葉の真意が、剣豪の死後、初めて明らかとなる」


「言葉の真意……? 剣の道に女は不要とか、そういう意味じゃなかったのか?」


「ああ。剣豪は一振りの刀を生涯傍に置いていた。その刀の銘は『恋心コイゴコロ』。作者は『一夜野ヒトヨノスズ』。作者であるスズはその刀が完成した時に、自分があの夜生かされた意味と、自身のその後の思いが『成り立った』事を悟り、刀に薄彫りで三言、こう記していたんだ」


 全員が息を呑んで、鳩野郎の言葉に耳を傾けた。



「立った 一夜野 恋心」



 皆がその言葉の意味を考え、静まりかえる秘密基地の中。

 ツキコだけが放心したような表情で呟いた。


「……素敵……」


「生涯多くを語らなかった剣豪とスズの事を後世の人々は偲び、刀は剣豪が葬られた寺へと保管される事になった。少なくとも、流離夜宵が手にするまではそうだったはずだ。何故彼女が今、『恋心』を手にしているのかは分からないけどね」


「…………」


「これが彼女の武器の正体さ」



 鳩野郎は説明を終えたが、暫くの間、誰も言葉を発しようとはしなかった。そんな沈黙を破るようにして、俺は鳩野郎に質問する。


「それだけの人の思いが詰まっているから、尋常ではない攻撃力をあの刀は持っているんだな?」


「そうだ。物質としてのあの刀は、他の名刀と比較してもそれほど大きな差が無い。しかし、あの刀に蓄積されている思念は途方も無い。それをCのクオリアが認識して、これまた途方も無いパラメータが振られているのさ。純粋な思いほど、強力な魔法へと変換される傾向があるからね」


「……それじゃあ、同じような物を俺達が手に入れられる可能性はあるのか?」


「この短期間じゃ不可能だろう。だから、ゴルカッソス出現までに君達が身に着けなくてはならないのは、彼女の強さの秘密の『三つ目』なんだ」


 動きを止めたまま、鳩野郎は俺を見据えている。俺は大きく息を吸い込んで、鳩野郎に尋ねた。


「――よし。それじゃあ、その『三つ目』を教えてくれ!」

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