黒い魔法少女 05

 緊張感に包まれた松林の中、俺は慎重に黒い魔法少女に向けて質問した。

 

「数日後に、昨日戦った半漁人よりも強い宇宙生物がこの街に出現する。その事は知っているか?」


「……ええ……」


「では、君一人でそれに勝てるのか?」


 少女は俯き加減に目線を逸らした後で、何やら曖昧な返事をした。


「☆三つの宇宙生物までなら、私が負ける事は多分無いわ」


 俺はその返答を聞いて確信した。

 やはり、交渉の余地がある。


「……そう、確かに君は負けないだろう。だが、勝つことも出来ない。違うか?」


「…………」


 少女は表情を変えず、殺気を緩めることもなくただ黙っている。


「あの巨大な三つ首竜を倒すには、三つの首をほぼ同時に破壊する必要がある。そうでなければ、破壊した首が何度でも再生してしまうからだ……。そして、三つの首を同時に破壊する為には、大よそ二つの方法が想像される。一つ目は近距離攻撃と遠距離攻撃を複合的に駆使して破壊する方法、二つ目は複数人で破壊する方法だ」


 俺の説明を聞いて、僅かに少女の放つ殺気に揺らぎが起こった。

 俺はそれを見逃さない。ここが勝負時だ。


「そう、君は普通の☆三つの宇宙生物なら、一人でだって勝てるのかもしれない。だが、今回ばかりはどうしようもなく相性が悪いんだ。なぜなら君は、『近距離攻撃しか持っておらず』、且つ『一人』だからだ」


 俺の鎌かけに少女は。


「……何故そう思うの?」


 と聞き返してきた。

 ビンゴだ。恐らく、俺の予想は大きく外れてはいない。


「君の戦闘スタイルからの推測だ。恐らく近距離戦闘に特化していて、斬撃を中心に打撃や俊敏性にも優れている。しかし、属性魔法や遠距離攻撃は苦手……だろ?」


 少女は返事もせず、厳しげにこちらを見ている。


「しかも君のその刀。恐らく抜刀術だと思うが、途轍もない殺傷力を秘めている代わりに動く相手には命中させ難い。更に言えば、斬撃を放つ直前に一瞬の硬直時間がある。これを☆三つの宇宙生物相手に、連続して成功させるのは難しい」


「…………」


「他にもあるぜ。例えば三つ首竜の首は――」


「――もういいわ」


 少女は俺の言葉を遮るようにそう言った。その直後、どこからか鳥が羽ばたくような微かな音が聞こえてくる。その羽音がした方へと目線を向けると、一羽のカラスが、松の根の辺りにフワリと降りてきた。そのカラスの首には、黒いカードのようなものがぶら下げられている。


「あれは……?」


 カラスは何やら、虚空を口ばしで突っつくような仕草をしている。


「貴方の分析についてはノーコメントよ。だけど、三つ首竜ゴルカッソスについての情報は、お兄様が本当だって言っている」


「……お兄様……?」


「私は他の魔法少女達と馴れ合うつもりはないわ。だけど、今回はそんな事も言ってられない。私が倒せなけば……また人が死ぬ……」


 俺は少女の言葉に黙って耳を傾ける。


「条件付きで交渉に応じるわ。だから、まずは三人の構えを解いて頂戴。私の動きを封じているつもりかもしれないけど、私がその気になればほんの少しのダメージと引き換えに、一人か二人が死ぬ事になるわよ?」


 少女の言葉は嘘ではない。俺だって、少女を取り囲んでいるあいつ等だって、その事を理解している。


「分かった」


 そう言った後で、俺は三人にテレパシーで伝達した。


「ツキコ、ヒナタ、クウの順番でそれぞれ構えを解け」


 俺の指示に、ツキコとヒナタが警戒しつつもゆっくりと応じた。しかしクウだけは、少女の右手に突きつけた剣をなかなか下ろそうとしない。


「どうしたクウ? 気持ちは分かるが剣を下ろせ」


 俺がそう促しても、まだクウは剣を下ろさない。


 暫くすると、黒い魔法少女は刀にかけていた手をどけて、無防備にも直立して構えを解いてしまった。そして同じ姿勢のまま固まっているクウを見つめながら、自分に突きつけられた剣の側面を摘み上げる。するとどういう事か、クウの手元からあっさりと剣が抜き取られた。


『パサンッ』


 剣を地面に落とすと、少女は硬直しているクウを無視してカラスの方へと歩いた。


「「クウちゃんっ!」」


 ヒナタとツキコが走り寄ると、漸くクウは緊張の糸が切れたかのようにその場に膝をついてへたり込んだ。


「はぁ……はぁ……」


 恐らく、あの刀の脅威に正面から対峙していたせいだろう。攻撃を受けていないにも関わらず、クウは激しく消耗しているようだった。


「大丈夫かクウ?」


 歩み寄って掴んだその両肩は、小刻みに震えていた。


「うん。体が、自分の体じゃないみたい……」


 俺は顔を上げて、黒い魔法少女の方へと視線を移す。


「約束通り構えは解いた。共闘する条件を教えてくれ」


 少女は俺とクウの様子を見つめながら、そっと口を開く。


「条件はただ一つ。ゴルカッソスの出現予定日時までに、私の足手まといにならない程度の実力を身につける事よ」


 一週間足らず。たったそれだけの間に、強くなる事なんか出来るのだろうか?


「……もし、出来なかったらどうする?」


「魔法少女を辞める事ね。貴方が二度とその端末を起動させなければいいだけよ。もちろん、ミシェがCのクオリアの起動を強要するかもしれないけど」


「…………」


 俺は返答しないまま、鳩野郎にテレパシーを送った。


「おい鳩野郎。たった数日で、それだけの成長を果たすことは可能か?」


「……ふむ。かなり難しいとは思うが、まだやっていない基本的な事が幾つかある。それを満たせば多少は見込みがあるかもしれない。だが、例え成長を果たせなかったとしても、Cのクオリアの管理は続けてもらうよ」


「……そうかい」


 鳩野郎の説明を聞いた俺は立ち上がり、黒い魔法少女に向けてこう言った。


「分かった。三人が成長出来なかったら、俺はもうこいつ等を戦わせない」


 俺の言葉を聞いた少女はカラスの方へ視線を向けると、暫くしてから返事をした。


「……そう。ゴルカッソスが出現する予定のスタジアムで、当日確認させてもらうわ。ゴルカッソス出現の三十分前には現地に着ておいて」


「……ああ」


 俺がそう頷くと、カラスがふわりと飛び上がり少女の肩に留まる。少女はカラスを肩に乗せたまま、大きくジャンプして姿を消した。

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