黒い魔法少女 04

 翌日、俺達四人は黒い魔法少女との待ち合わせ場所、海水浴場傍の松林に集まっていた。


「まだ着てないのかな?」


 そう呟きながら俺が周囲を見渡していると、頭上から声が聞こえた。


「……貴方達、まだ魔法少女を続けるつもりなの?」


 俺達が声のした方へと視線を向けると、松の木の枝からふわりと黒い衣装を舞い上がらせながら少女が降りてきた。その少女の姿を見て、ツキコがふと言葉を漏らす。


「あれ……この人……」


 俺は黒い魔法少女に挨拶をする。


「よう。この前は世話になったな」


「……どうして来たの?」


 挨拶も返さずに俺と向かい合う黒い魔法少女は、美しく整った顔を微かに歪めながら、そう尋ねてきた。


「……どういう事だ?」


「言ったはずよ、魔法少女を続けるつもりなら来なさいと」


 俺は言葉の意味が分からず、振り返り三人の顔を見渡す。


「……ああ。魔法少女を辞めるという意見は出なかった」


「馬鹿にしているの? じゃあ何故、三人とも変身していないのよ?」


「それはどういう意味だ?」


「このまま殺されたくなければ、早く変身しなさい」


「……CQCQ」


 俺はただならぬ少女の口調に押されて、Cのクオリアを起動させた。

 そして三人を魔法少女へと変身させる。




「……それで、どうして変身する必要があったんだ?」


「私達のクオリアは、卑怯な真似をすればそれが後々尾を引くの。くだらない事でマイナス補正を背負うなんてごめんよ」


「それはどういう――」


「おしゃべりは終わりよ。全員、武器を取りなさい」


 黒い魔法少女がそう言うと、何故かツキコだけが何かに反応したかのように後方へと大きく飛び退いた。ツキコのその様子を、不思議そうにクウとヒナタが振り返って見ている。


「……資質があるのはあの子だけかしら」


 ツキコは黒い魔法少女を見据えながら、矢こそ番えていないものの弓を手に持って構えている。その様子を俺が漠然とした思いで見ていると、鳩野郎からテレパシーが届いた。Cのクオリアを起動した事によって、鳩野郎からもこちらの状況が把握できたのだろう。


「君達はまた無謀な事をっ。その魔法少女には近付くべきではなかった」


 唐突な鳩野郎の叱咤に俺は問い質す。


「どういう事だ? この子は何をしようとしている?」


「君達は同じ魔法少女という事や、あの時見逃してもらったという事だけで、その魔法少女を味方か何かと勘違いしているだろう?」


「……違うのか?」


「全然違う」


「どうしてだ? あの子を魔法少女にしたのはお前達じゃないのか?」


「我々も一枚岩ではない。あの子を魔法少女にしたのは我々とは別だ」


「……別? それじゃあ、俺達はどうすればいい?」


「このテレパシーはタイトに向けてのみ伝達している。だから落ち着いてよく聞いてくれ」


 鳩野郎のただならぬ口調に、俺は緊張感を持って耳を澄ます。


「前回戦ったネプリフォーリオとは違い、その魔法少女は君達一人一人を一撃で即死させる程の最大攻撃力を持っている。ツキコだけがその事に気づいて、既に臨戦態勢を取っているみたいだ。例え一人くらい死んでも構わない。今は何よりも全滅を回避するのが最優先だ」


「……全滅……?」


 鳩野郎の放った『全滅』の二文字により、漸く俺は自分達が危機的な状況にある事を理解した。そんな俺の表情の変化から察したのだろう、黒い魔法少女はこちらに向けてこう言った。


「やっと、状況が飲み込めたみたいね」


 俺は返事をする事さえ出来ずに、ただ表情を強張らせている。

 どうすればいい……?

 どうすればいい……?


「それじゃ、もういくわよ」


 そう呟いた黒い魔法少女が、『カッ』と目を見開いた瞬間、クウとヒナタはその強烈な殺気を感じ取って身構えようとした。しかし――。



『バァンッッ!』



 構えるよりも早く、少女の左手に持たれた番傘がヒナタの頬を殴りつけた。不意に頭部を殴りつけられたヒナタはその場で横方向へ回転するように倒れる。


「ヒナタっ!」


 そう叫ぶクウとの間合いを一気に詰めると、黒い魔法少女はクウの腹部を深く前方へと蹴り飛ばす。


「――かはっっ!」


 少女の蹴りを受けたクウは、後方へと吹き飛ばされる。そして、吹き飛ぶクウを追いかけるように、黒い魔法少女は前方へと走り出した。俺は唐突に始まってしまった戦闘に対して、頭をフル回転させる。


「ツキコ! クウに近付かせるなっ!」


「うん!」


 ツキコは相手を弾き飛ばすべく衝撃系の光弾を、クウへ駆け寄る黒い魔法少女へ向けて発射した。


『バシュンッ』


 相手の動きを正確に捕捉した光弾は、黒い魔法少女へ向けて飛んで行く。しかし――黒い魔法少女が手元の傘を開くと、ツキコが放った光弾はそれに遮られて完全に弾け飛んでしまった。


「――そんなっ!」


 驚愕するツキコを他所に黒い魔法少女は手早く傘を閉じて、起き上がろうとするクウの傍へと駆け寄る。そして今度は、畳んだ傘をクウ目掛けて激しく振り下ろした。



『バシィィンッッッ!』



 激しい音が松林に響き渡る。咄嗟にクウはそれを両手でクロスガードしたが、押し潰されるように地面に叩きつけられてしまった。砂埃が舞う中で、黒い魔法少女は左手の傘を肩に担ぎながら、おもむろに腰に差している刀へと右手を添える。



 その瞬間――――尋常ならざる殺気が、そこに居る全員を打った。



 俺は皆に向けて、一斉に指示を出す。


「ヒナタっ、お前は傘を抑えろっ! クウは絶対にその刀を抜かせるなっ! ツキコは側面から殺傷力のある矢を構えろっ!」


 俺の指示に、それぞれが阿吽の呼吸で一斉に動いた。黒い魔法少女は居合い抜きの構えを取ったまま動きを止め、三人は少女を囲むようにして動きを止めた。


 ヒナタは少女の背後から左手で傘を押さえ、右手で襟首を鷲掴みにしている。

 クウは少女の右手に剣を当てて、抜刀出来ないように抑えつけている。

 ツキコは少女の側面に立ち、弓をキリキリと引き絞っている。


 恐ろしい殺気に当てられたせいか、三人ともその表情は張り詰め、何度も浅い呼吸を繰り返していた。


「……全員どうしようもなく弱いけど、管理者プロデューサーへの信頼だけは確かみたいね」


 少女の呟きに、誰一人として応じる余裕が無い。


「青い子が私の抜刀を剣で邪魔し、青い子が傘で振り払われないように赤い子が後ろから押さえつけている。私が赤い子を蹴り飛ばして片足になれば、黄色い子がそれに合わせて矢を放つ。……悪くないわ」


 こちらの狙いを理解した黒い魔法少女が、今は動きを止めている。

 俺はこの機を逃さぬよう、少女に向けて話しかけた。


「そのまま話を聞いてくれっ!」


「…………」


 少女は何も答えず動きを止めている。


「どうして俺達と戦おうとするんだっ? 同じ宇宙生物と戦う地球人だろっ?」


 少女は俺の質問に対して、表情一つ変えることなく毅然として答えた。


「一つ、宇宙生物を倒す事により魔法少女は『魔素エーテリアル』という成長の果実を得る事が出来るの。貴方達がそれを得るより、私が得た方が有意義なの。二つ、あの程度の宇宙生物に三人掛りで勝てないのなら、この先無駄死にするか……群れをなして悪に染まるだけよ」


「……悪に? それじゃあ、俺達を殺してどうするつもりなんだ?」


「大人しくしていれば殺しまではしないわ。二度と魔法少女として闘わないように、手足の一、二本くらいは切り落とすかもしれないけど」


 少女は三人に囲まれながらも、非常に落ち着いている。逆に取り囲んでいるはずの三人は、少女との実力差を感じ取っているのか、全員が息を切らして冷や汗をかいていた。……だが彼女の説明が本当ならば、今分かった事がある。俺は彼女を挑発しないよう、慎重に口を開いた。


「なるほど、君は俺達の身を案じてくれているのか……」


 そう。

 やはり彼女は悪い人間でも、悪い魔法少女でもない。彼女は魔素エーテリアルというものを貪欲に欲していると同時に、俺達が死んでしまう事や、道を踏み外すことを真剣に危惧してくれているのだ。


「…………」


 彼女が返した答えは沈黙。

 俺は更に言葉を続けた。


「ならば、俺から提案がある」


 俺の言葉に、少女は無言のまま耳を傾けている。

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