黒い魔法少女 02

 少女は無表情のまま、こちらへ向かって歩いている。

 右手を再び刀にかけようとしているその様子はとても友好的には見えず、むしろ殺気に満ちているようだった。


 しかし、歩みを進める少女の姿を見つめる俺の中には、恐怖や警戒とは正反対のある思いが込み上げてくる。俺はクウをそっと地面に寝かせると、少女に向けてふらふらと歩き出した。そんな俺の様子を見て、鳩野郎が再び慌てたように警告しだす。


「何をしているタイト! 早く防護フィールドの中へ避難するんだっ!」


 どうやら管理者である俺の身に危険が迫ると、鳩野郎の口調は途端に荒くなるようだ。そんな俺の行動は、どうやら少女にとっても意外だったらしく、少女は右手を少し浮かせた姿勢のまま、その場で立ち止まってしまう。


 俺はただ、思いのままに少女の傍へと歩み寄った。

 そして、少女の両肘辺りを掴み……その場に崩れるように跪く。


「……なに?」


 感情に乏しい声で、少女はもたれ掛かる俺に向けてそう尋ねる。

 俺は頭を下げたまま、声と思いを振り絞ってこう伝えた。


「……ありがとう……」


「…………」


「クウを助けてくれて……ありがとう……」


 最後の辺りは声が掠れて、うまく言えていなかった。鳩野郎はこの少女の事を、半漁人よりもずっと危険な存在だと言った。しかし俺の中では少女は敵なんかではなく、死の淵からクウを助けてくれた命の恩人なのだ。自分の命が危険だとか、そんなことは二の次で。


「……ありがとう……」


 ただ感謝の意を伝える事しか、頭に無かった。

 暫しの沈黙の後、少女は俺の頭を見下ろしながらこう言った。


「……あの子達がそんなに大切なの?」


 今更恥も外聞もない。

 俺は即答した。


「何よりも大切だ」


 俺の返答を暫く吟味した後で、少女は俺の手を振りほどいて背中を向けた。

 そして。


「……そう」


 とだけ零す。

 そのまま立ち去ろうとする少女の背中に、俺は声をかけた。


「君の名前を、聞かせてくれないか?」


 少女は立ち止まると首だけをこちらへ向けて、俺の質問を無視してこう言った。


「彼女達がまだ魔法少女を続ける気なら、明日この時間、そこの松林まで来て。これに懲りて魔法少女を辞めるのなら、もう二度と私や宇宙生物の前に現れないで」


 冷たい目線と口調でそう言うと、少女はカラスが飛び去るようにふわりと衣装を揺らして、大きくジャンプしながら松林の方へと消えていった。


「何者……だったんだ……?」


 そう呟く俺に、鳩野郎がこう伝えた。


「理由は分からないが、どうやら危機は去ったようだ。ツキコとヒナタは暫くすれば、体力の半分程度を回復して目を覚ますだろう。しかしクウはダメージを受けたままだ。少し経てば自然回復すると思うが、出来ればタイト、君が山小屋まで――」


「ああ。クウは俺が負ぶっていく」


 俺は鳩野郎が言い終わる前にそう答えた。




 それから十数分後。


 ツキコとヒナタは、ほぼ同じくらいのタイミングで目を覚ます。二人が目を覚ます頃には、防護フィールドはすっかり消え去っていた。俺は二人に軽く事情を説明してから、秘密基地への撤収を告げる。


 こうして深い安堵と自責の念を抱きながら、俺達全員は秘密基地へと帰還した。

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