六章 黒い魔法少女

黒い魔法少女 01

 何が起こったのか、彼女が何者なのかは分からない。


 だが、半漁人が渾身の力で振り下ろした右手は、黒い衣装の少女に阻まれてクウの体には届いていなかった。目の前の状況を理解出来ない俺が呆然としていると、黒い衣装の少女は躊躇無く。



『ドスンッッ』



 半漁人の腹を蹴り上げて反撃し出した。そして、前のめりになって降りてきた頭部を目掛けて、鮮やかに飛び後ろ回し蹴りを直撃させる。激しい音を立てて、半漁人の巨体が砂浜の方へと横殴りに吹き飛んで行く。黒い衣装の少女は、その美しい和風の袖をふわりと舞い上げて着地すると、興味なさげな表情で、へたり込んでいる俺の方を一瞥した。


 半漁人が吹き飛んだ事によって、俺は彼女の全身を確認する事が出来た。後ろで結ばれた長い黒髪に、透き通るような白い肌。黒い和服のようなデザインの衣装の腰には、とても美しい漆色の鞘をした日本刀が携えられている。

 そして、少女の左手には。


「……傘……?」


 黒と赤と白によって彩られた、番傘のようなものが持たれていた。

 恐らくこれで先程の半漁人の一撃を止めたのだろう。


 少女は砂埃も上げずに素早く半漁人との間合いを詰めていく。そして駆け寄った少女は敵の爪攻撃を掻い潜ると、狙いを研ぎ澄ませて番傘で相手の顎をなぎ払った。顎を激しく揺らされた半漁人は、脳震盪を起こしたのか一瞬動きを止めてしまう。それを確認した黒い衣装の少女は着地した後で、おもむろに腰の刀に手をかけた。


 刹那――――。


 理由は分からないが、先程半漁人に襲われていた時なんかよりも遥かに危険な感覚が俺を支配する。あの子が持つ、あの刀は――――ヤバイ。咄嗟に、本能的に、そう感じたのだ。


 そんな俺を他所に少女は抜刀の構えを取り。

 たった一言。



「宵の辻風」



 そう、呟いた。

 そして一瞬の間――――沈黙が訪れる。


 少女がいつ刀を抜くのかと、俺は目を凝らして見つめていたのだが、何故か少女は突然スッと構えを解いて、踵を返してしまった。無防備にも敵に背中を向ける少女の事を、俺が危ういと思うや否や。なんと、半漁人の上半身だけが急に傾いていくではないか。


「どういう……事だ?」


 困惑しつつも注意深く観察してみれば、漸く何が起きたのかが理解出来る。半漁人の右脇から左肩にかけてが、既に、完全に切断されていたのである。そして、頭部と右肩だけが、時間をかけて今ずり落ちているのだ。


『バサンッ』


 音と砂埃を立てて上半身が地に落ちると、残された体もぐしゃりと膝をついて崩れ落ちていく。そして、半漁人は全身から激しく白い煙を噴き出し始めた。


 少女は無表情のままゆっくりと歩みを続けている。

 その進行方向を見て、俺はハッとした。


「――クウっっ!」


 俺は慌ててクウの元へと走り寄った。

 そして変身端末を砂上に放り出し、肩を抱えてクウの表情を窺う。


「クウっ! 大丈夫かっ?」


 クウは薄っすらと目を開くと、俺の目を見つめながらこう呟いた。


「あれ……? 私……今度こそ死んじゃった……?」


 俺はクウの体をぐっと抱き寄せて、その言葉を否定する。


「死んでない……死んでなんかいないっ……」


 クウを抱きしめてそう呟く俺の元へ、鳩野郎から新たなテレパシーが届いた。


「タイト、聞こえるか? まだ危機は去っていない。むしろ増しているくらいだ。その魔法少女はネプリフォーリオよりもずっと危険だ」


 再び危険を知らせる鳩野郎の言葉に、俺は顔を上げた。

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