誤算 08

 荒々しい半漁人の息遣いが聞こえる波打ち際。

 ……暫しの沈黙の後で、クウは覚悟を決めたようにして優しい口調でこう言った。



「隊長。ツキコとヒナタを守ってあげて」



 その言葉を聞いて顔を上げた俺の目には、涙を流しながらも、満面の笑みを浮かべる美しいクウの顔が映った。危機的な状況と、その表情のギャップに俺は息を詰まらせる。


「隊長、今までありがとう。私からは何もしてあげられなかったけど、最後までみんなと一緒に居られて。とても楽しかったわ」


 俺の目からも、ただただ涙ばかりが溢れ出して来る。


「やめろよ……。そんなこと……言うなよ……」


 俺の零した涙がクウの頬に降り注ぎ、互いの涙が交わっていく。


「いつも偉そうにしながら、真剣に私達の事を考えている。私達だって、そんな隊長の優しい気持ちを知っていたんだから……」


 俺は何も答えられない。

 万策尽きた今、これ以上何かをしてあげる事も出来ないのだ。


「私はとても幸せよ。だってこのまま大人になって、私の世界の中心が四人じゃなくなっていくのが、ずっとずっと怖かったんだもん」


 俺は首を振って言葉を零す。


「駄目だ……お前は俺が守らなきゃ駄目なんだ……。だって、お前のお母さんと約束したんだぜ……? よろしく頼むって……お願いされちまったんだ……」


 俺の言葉にクウは目を細めた。


「馬鹿ね……。どうせツキコの家に泊まる時にでも、そう言われたんでしょ?」


 クウの言葉に、俺はただただ首を振る。


「……ねぇ隊長。最後にお願いがあるの」


 最後じゃない。最後にしちゃいけないんだ。

 そう思う俺は、クウの言葉に返事をする事が出来ない。


「ほんの少しの間だけ、目を瞑って」


 クウの意味不明なお願いに俺は困惑する。


「お願い……もう時間が無いわ。早く」


 急かされるようにして、俺はグッと両目を瞑った。こんな時に目を瞑らせて、一体何を考えているんだ。そう思った直後――。


 俺の唇の辺りに。小さく、柔らかいものが触れた。


 危機的な状況でありながら、初めて経験する甘美な感覚に、俺は暫くの間思考を停止させてしまう。数瞬後にハッとして目を開き、俺の目が捉えたクウは、少し照れたようにして顔を伏せていた。


 そしてクウは、俺に向けてこう告げる。


「さようなら。いつも私達の事ばかり考えていてくれる……そんな隊長の事が……私……」


 その時だった。


『バシュンッッッッ!』


 何かを射出するような衝撃音と共に、クウの体は防護フィールドから弾き飛ばされてしまう。波打ち際に沿って三十メートル位先だろうか。クウの体が水しぶきを上げて、バシャバシャと転がっていく。そうして呆然としている俺の視界には、嬉々として吹き飛ばされたクウを追いかける半漁人の背中が映った。


「クウっっ!」


 俺は声を上げて走り出すが、常人である俺の脚力が宇宙生物に及ぶはずもない。半漁人は波打ち際に倒れるクウの傍らへ立つと、爪を尖らせた右手を大きく振り上げた。俺は砂に足を取られたり、水をバシャバシャとかき散らしたりしながら、クウを目掛けて足掻くように、無様に走り続ける。


 しかし、半漁人は全体重を乗せて――。


「――クウぅぅっっ!」



 その右手を振り下ろした。



 叩きつけるような殺伐とした音が――――砂浜に響き渡る。


「……あ…………あぁ…………」


 その様子を目の当たりにした俺は、両膝をついてその場にへたり込んでしまった。

 俺のせいで。

 俺がこんな所に連れてきてしまったせいで。

 俺が、クウを殺したのだ。


「……ぁ…………ぁ…………」


 そのショックから胸の辺りが収縮し、呼吸をする事さえ困難になる。

 絶望に打ち拉がれる俺の視線の先にあるのは。

 右手を振り下ろす姿勢で止まっている、半漁人の巨大な背中。

 横たわるクウの足先。



 そして――――。



「…………なんだ…………あれは……?」


 半漁人とクウの間には――――。


「……ふん」


 黒い衣装を着た、見知らぬ少女の姿があった。

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