誤算 06

 半漁人は戦闘不能になったヒナタの傍へと歩み寄っている。


「……ヒナタっ……」


 俺がその様子に狼狽していると、鳩野郎が助言してきた。


「防護フィールドに守られているからもうヒナタは安全だ。それよりも今直ぐ、クウを逃がした方がいい」


 鳩野郎がそう言った直後だった――。


『バシャンッッ!』


 波打ち際。

 水しぶきを立てて、海の中からクウが飛び出して来たのだ。砂浜に両手両足をついて着地したクウは、砂浜の上に横たわるヒナタを見て逆上する。



「こんのおぉぉぉぉっっ! ヒナタから離れろぉっっ!」



 砂地を蹴り、一気に間合いを詰めてクウは半漁人に切りかかった。怒りのこもったクウの一振りは、半漁人がガードに使った腕のヒレを深く切り込む。堪らず半漁人は反対の腕でクウを叩き落そうとするが、クウは空中で体を捻ってそれを掻い潜り、落下しながらもその腕に斬撃を叩き込んだ。


 それほど深くは無いのだが、半漁人にダメージが通っている。


「……善戦している……」


 俺の呟きを、直ぐ様鳩野郎は否定した。


「いや無理だ。何故なら、ネプリフォーリオの体力はまだ半分程度残っている。それに対して水着姿のクウは二、三度攻撃を受けるだけで戦闘不能になる」


 鳩野郎がそう言うと、まるで予言が成就するかのように、クウが半漁人の攻撃を食らってしまった。



「きゃあっっ!」



 半漁人の振りぬくような裏拳で、クウは海の方へと吹き飛ばされ砂浜を転がる。

 クウは何とか体制を立て直そうと、砂上に剣を衝き立ててブレーキをかけた。


「なんて威力っ……こんなのをヒナタは一人で耐えていたの?」


 テレパシーで聞こえてくるその言葉に、俺は心がえぐられるような気持ちになる。

 ヒナタは最後まで文句一つ言わず、俺の采配を疑う事もなく、戦い続けたのだ。


「――クウっ! いつもの衣装に戻すぞ!」


 俺はそう呼びかけるが、クウは直ぐに否定した。


「今変身している暇は無いわっ!」


 クウがそう言った直後、半漁人はクウに向けて飛び掛った。身をかがめて素早く回避すると、クウは剣道の試合のように敵の胴体を剣でなぎ払って駆ける。しかし、それでも大きなダメージは与えられていない。


「くっ――これでも浅いなんてっ」


「クウっ! もう無理するな! もう逃げるんだっ!」


 胴体を切りつけられた半漁人は、更に憎しみを込めて反撃に移る。



「きゃあっっ!」



 追い詰められたクウは、とうとう半漁人の刈り取るような回し蹴りを食らってしまった。宙を舞うクウの体は、放物線を描いて落下する。


『バシャンッ』


 波打ち際に叩きつけられたクウは、それでもなんとか起き上がろうとしている。しかし、とてもこれ以上戦う力が残っているようには見えなかった。


「くそっ! 防護フィールドはまだなのかっ!」


 苦しむクウの様子を見て、耐え切れずに俺はそう叫んだ。しかし、俺のその言葉を聞いて、鳩野郎がキョトンとした様子でこう言った。それは……俺が予想だにしていなかった言葉。



「何を言っているんだタイト? 彼女にはもう、『防護フィールドが張られない』んだぞ?」



「…………え……?」


 俺は一瞬、鳩野郎が何を言ったのかが理解出来なかった。


「……防護フィールドが……張られない……?」


「そうだ。君もヘルプソフトは読んだだろう?」


 おかしい。きちんとヘルプソフトには、防護フィールドは『三人』分用意されていると書かれていたはずだ。


「三人分……。三人分の防護フィールドが用意されているんじゃないのかっ!」



「何を言っているんだ。今、君の周囲を覆っている『それ』は何だ?」



 鳩野郎の言葉に俺は――――全身の血が引いて行くのを感じた。


 青ざめるなんてものじゃない。

 肝が冷えるなんてものじゃない。

 だって。

 誰も。

 何も。


 もう、クウを守る事が出来ないのだ。



「……あ……あぁ……」


 手の施しようの無い、絶望という感覚が俺の全身を支配していた。呆然とする俺の目の前で、再びクウの体が宙を舞う。その体は、もう叫び声さえ発していなかった。



「――――くっ!」



 俺は意を決して終了ボタンを押し、変身端末を閉じた。

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