楽観的使命感 02

 秘密基地の外。ヒナタは熱心に外装修理に当たっている。


「――どうだヒナタ? 持ってきた木材で穴は塞げそうか?」


「あ、隊長。はい、もう直ぐ終わりそうなので中で待ってていいですよ」


「いや、俺にも少し手伝わせてくれ。画面ばっかり見ていると頭が痛くなってくるんだ」


「そうなんですか? 隊長って自宅でもよくパソコンの画面を見ているから、変身端末を見るのも好きなんだと思っていました」


 確かに小学生の頃よりはパソコンでゲームをしたり、ネットの情報をザッピング的に流し見している時間が増えた気がする。ひょっとして、それによってアウトドア派のヒナタに、少し寂しい思いをさせてしまっているかもしれない。俺は一人でこっそり内省する。


「パソコンで見ているのは、自分とは直接関係の無い出来事だ。別に気を張る必要は無い。でも変身端末は俺達の事、そしてこの街の事でもあるんだからな」


「なんだか大変そうですねっ」


「他人事みたいに言うなよっ」


「えへへっ。私は隊長を信じていますから」


「…………」


 分かっているよ。

 だから真剣に悩んでいるのだ。


「それで、俺は何をすればいい?」


「それじゃあ、そっちの木材を支えてもらっていいですか? ……あ、もう少し右です」


「ふむ、こうか?」


「はい、その辺で」


 ヒナタが釘を打つ音が森の中にこだまする。小気味よいテンポで鳴り響く音を聞きながら、俺は楽しそうに大工仕事に勤しむヒナタの横顔を、そっと見つめていた。愛嬌のある目鼻立ちに、柔らかそうな肌、笑うと仄かに見えるえくぼ。いつも少年っぽく振舞ってはいるが、大人しくしていればこいつはかなり可愛い部類の女の子である。


「――隊長」


 突然振り向いて話しかけてきたヒナタに、俺はビクリと反応する。


「ん、なんだ?」


「今度看板作りませんか?」


「看板? なんのだ?」


「勿論、姫結衣魔法少女隊の看板ですっ」


 俺達の看板か、考えた事も無かった。


「ふむ、なるほどな。しかし、看板を掲げていたら秘密基地じゃなくなるんじゃないか?」


「あーそっかぁー」


「しかしまぁ、何かしら俺達の居場所を示す看板を作るのはいいアイデアかもな」


「はいっ、是非とも作りましょう! あ、そっち押さえてもらっていいですか?」


「おう」


 再び、ヒナタが釘を打つ音が森の中にこだまする。遠くで夏を謳う蝉の声、木々を揺らす風音。直ぐ傍で揺れる赤みがかった髪の毛、顎先へ伝う透明な滴。今日は初めてヒナタを秘密基地に連れてきた時の情調に、とてもよく似ている。


「ヒナタ」


「はい、なんですか?」


「秘密基地、好きか?」


「――はいっ、勿論です! みんなと一緒に居る秘密基地が大好きです!」


「そうか」


 快活な返事の後、ヒナタは少しの間沈黙した。俺が横目で様子を窺うと、ヒナタの表情が穏やかに変化していくのが見て取れる。そして彼女は、まるで思い出を滲ませるようにして、小さな声でこう呟く。


「……隊長がツキコちゃんとクウちゃんを紹介してくれて、この秘密基地に連れてきてくれたあの日から、ずっとずっと私は幸せなんです」


 ヒナタが俺と二人で居る時に、こういうしんみりとした事を言うのは珍しい。



 いつも元気で、いつも忠実で、いつも一生懸命。それが明石日向という女の子だ。だけど時々、俺にはそれが妙に白々しく感じる時があった。本当のヒナタは何を考えているのだろうか、何を望んでいるのだろうかと考え、それが分からず不安になり、一人焦れてしまうのだ。


 例え俺がそうした質問をぶつけたところで、ヒナタはいつものように笑ってやり過ごすに違いない。何もないですよ、大丈夫ですよと、笑顔を返すに違いない。多分こいつは、みんなの事が大切で大切でしょうがないだけなのだ。だから常に明るく振舞っている。皆が暗くならないように、自分が嫌われないように、この大事な時間を、大事な関係を壊さないように必死なのだ。進んで大工仕事をやっているのも、多分そういう事だろう。


 自分が傷つき果てるよりも、みんなが傷つくのが怖い。

 それが明石日向という女の子。

 俺の。

 明石泰斗の、義理の妹だ。



「そうか」


 俺はヒナタの零した思いに、また短く返事をした。こうして少しの間二人で大工仕事をしていると、背後からツキコの声が聞こえた。


「おはよー」


 振り返ると、ツキコとクウが一緒に立っていた。ツキコはいつもどおりの優しい笑顔、クウも僅かに笑みを浮かべて小さく右手を振っている。


「何してるのー?」


「おう、腐って穴が空き始めてたからな。削って上から塞いでおこうと思って工事しているんだ」


「ほんとだー。壁が綺麗になってるー」ワーイ


 ツキコは修理箇所を眺めて嬉しそうに微笑んだ。


「まだ時間かかりそうー? 私達も手伝おうかー?」


「いや、もうこれでお仕舞だ。一緒に中に入ろうぜ」


「はーい」


 最後の釘を打ち付けると、俺達は工具を仕舞って秘密基地の中へと入った。

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