初めての宇宙生物退治 02

 ヒナタとクウの二人は現在、雑木林の中を移動してウズルズへ接近中だ。俺とツキコは、同じ高台の上からウズルズの様子を窺っている。そんな中、俺の傍で見守る鳩野郎がテレパシーで話しかけてきた。


「タイト、やはり君は大したものだ。要点を教えただけで直ぐに作戦を考え付くなんてね」


「へっ、作戦通りうまく行くとは考えてねぇよ。それより、俺は防護フィールドで守られているからいいとして、お前は避難しなくてもいいのか?」


「ウズルズに遠距離攻撃は無いからね。それに私は鳩だ。攻撃対象にはならないだろう」


「食われてもしらねぇぞ?」


「この体が死んでも、別に私が死ぬ訳ではない」


「ああそうかい」


 俺が鳩野郎と会話をしていると、近くに居るツキコがテレパシーで話しかけてきた。


「ねぇねぇ、隊長。聞こえるー?」


「ん? どうしたツキコ」


「あのね、私あの蜘蛛見たことあるかもー」


 唐突なツキコの言葉に俺は困惑する。


「――はぁっ? 見たって……どこでだ?」


「うーんとね。街の中ー」


「……街? そりゃ一体いつの話だ?」


「半年くらい前かなー? 私ってば、ビルの合間であの蜘蛛に襲われそうになったの」


「襲われたって……お前、それでどうしたんだ?」


「凄く怖いーって思ってたらね、なんだか『黒い格好をした女の子』があっという間に倒してくれたの」


「黒い格好の女の子?」


「うんっ」


 宇宙生物は以前から出現していたのか? 他にも魔法少女がこの街に居るのか?

 ツキコの言葉に色々と考えを巡らそうとしたが、作戦遂行中だという事を思い出して俺は我に返った。今は目の前の蜘蛛を倒すのが先決である。それにツキコの場合、夢と現実を混ぜて話す事がしばしばあるのだ。嘘は言っていなくとも、勘違いしている可能性は高い。俺がツキコに適当な言葉を返そうとしていると、前衛のヒナタからテレパシーが届いた。


「隊長っ、蜘蛛の姿が林の中から確認出来ました!」


「おっ、そうか。距離はどれくらいだ?」


「あと百メートルくらい――――あれれっ? わあっっ!」


 報告中に突然、ヒナタの悲鳴が聞こえる。


「おい! どうしたヒナタっ?」


「くっ、蜘蛛の巣に引っかかりましたぁー!」


 確か蜘蛛の解析データに、自分の周囲に直径三メートル程度のネットを複数張るって書いてあったような気がする。ヒナタは多分、それに引っかかったのだろう。


「蜘蛛の巣か……どうだ? 自力で抜けれそうか?」


「駄目です。幾ら押しても糸は切れませんっ!」


「押して駄目なら引いてみろっ!」


「むむむっ! ――どりゃあっ!」


 テレパシーで気合を入れてどうするんだ。

 しかし、何か手応えがあった風な掛け声が聞こえた気がした。


「どうだ?」


「本当だっ! 後ろに下がれば脱出出来ましたっ!」


「はぁ……。お前は後退を知らない猫か」


「隊長凄いっ! ……でもなんかベトベトしますぅ……」


 ヒナタが嫌そうな声を上げている中、俺はクウに指示を出した。


「クウ、聞こえるか?」


「うん、聞こえるわ」


「次に蜘蛛の巣を見かけたら、巣の縦糸を切るんだ。蜘蛛の巣は蜘蛛自身が移動する為に、縦には粘着性の無い糸を張る。敵が地球の蜘蛛と同じかは分からないが、とりあえずそのように対処して場の安全を確保してみてくれ」


「了解」


「それとな、ターゲットはヒナタが引っかかった事に気づいて、ゆっくりだが移動を開始している。接触のタイミングが想定よりも少し早まりそうだ」


「少し早めに、二手に分かれればいいのね?」


「そうだ。気をつけてな」


「了解!」


 続けて俺はツキコに伝達する。


「ツキコ聞こえるか? ターゲットが二人に接触する前に一発叩き込んでくれ」


「もう打っていいのー?」


「ああ。一撃で仕留めるくらいの気持ちで思いっきり打っていいぞ」


「うん、了解っ!」


 返事をしたツキコはスッと表情を真顔に変えて、まるで取り付かれたように狙いを研ぎ澄まし始めた。そして美しいフォームで構えて、キリキリと弓を引き絞る。

 すると……どういう事だろうか。月子の全身がぼんやりと黄金色に光り出した。


「――驚いた。ツキコは教えてもいないのに、もう『魔法』を使っている」


「魔法?」


「ああ。これなら実物の矢を使わなくても遠距離攻撃が出来そうだ。勘のいい子だとは思っていたが、これほどとは……」


 鳩野郎が関心する眼前で、ツキコは目を見開いたまま光の矢を放った。


『バシュゥッッ!』


 空気を切り裂く音と共に、光の矢がターゲットへと向かって飛んで行く。そして、放たれた矢は見事に蜘蛛の背中の辺りへと直撃した。



『ギギィィッッ!』



 少し遅れてこちらの方まで、金属を擦り合わせたような蜘蛛の呻き声が聞こえて来る。それを確認した俺は、前衛二人に指示を出した。


「ヒナタ、クウ! 今だっ!」


 俺の指示を聞いて、二つの人影が林の中から飛び出す。ツキコは二人の姿を確認すると、無言のまま再び弓を構え出した。


「やはりツキコは凄い……。この距離で動く対象物に攻撃を当てたばかりか、前衛二人の位置を素早く把握して、もう次の攻撃に備えている。彼女はまるで狩人だ。威力も上々、うまく立ち回ればツキコ一人でもウズルズを倒せるかもしれない」


 鳩野郎はしきりにツキコの才能に感心している。


「くそ、ここからじゃ二人の状況が分かり難いな。今度から双眼鏡を持って来ないと……」


「ちゃんと設定すれば、少女達の視線を端末に映し出せるようになるよ」


「そういう事は先に言えよっ!」


 遠くで蜘蛛の体が激しく揺れている。どうやらヒナタが蜘蛛を殴りつけているようだ。


「ヒナタ、どうだ?」


「むんっ! ぬうおりゃぁぁっっ! ――攻撃は効いていますが、こいつ思ったより硬いです!」


「クウはどうだ?」


「くっ! 駄目! 剣が弾かれる――――きゃぁっ!」


 蜘蛛の足に叩き落されて、クウが林の中に吹き飛ばされた。


「クウっ!」


 初めて敵の攻撃を受ける様子を見て、俺は咄嗟にクウの名を叫ぶ。


「クウっ、大丈夫か?」


「痛たた……。大丈夫よ隊長、私結構頑丈になったみたい……」


「良かった無事か……。クウ、よく聞け。斬撃が通用する相手なら、お前が一番攻撃力が高いはずなんだ。ヒナタやツキコの攻撃をよく見ながら――」


「きゃあっ!」


 俺が指示を出している最中、蜘蛛がクウに追い討ちをかけてきた。


「くっ……。こっ、このおぉっっ!」


 クウは初めての戦闘で余裕が無いのか、俺の指示も聞かずに敵へ攻撃をしかけてしまう。案の定、クウの剣は蜘蛛の装甲に弾かれて、全くダメージが通っていない。


「まずい。クウの奴、軽いパニックを起こしている。ヒナタ! 聞こえるかヒナタ!」


「どりゃぁっ! どっせいっっ! ふぬぅぅ!」


 ヒナタまでもが戦闘に集中し過ぎていて、こちらの呼びかけに応じてくれない。


「おーいっ! ヒナターっ!」


「ぐっっ! ――ああっ!」


 軽い叫び声の後に、ヒナタは漸く返事をした。


「たっ、隊長! また蜘蛛の巣に引っかかりました!」


「まじかよ……。おいっ、クウっ! ヒナタを救出してくれ!」


「――このっ! このぉっ!」


「おーい、クウさーん……」


 俺が呼びかけても、クウは相変わらず通らない攻撃を繰り返している。


「くそっ、あいつ等全然言う事を聞いてくれねぇぞっ!」


 指示を聞く余裕の無い二人の暴走に、俺までもが焦り始めてしまう。

 しかし、その時だった――。

 突如として二つの光弾が、ツキコの弓から打ち放たれたのである。

 光弾は、それはそれは見事に飛んで行き。


「ぐへぇっ!」

「きゃあっ!」


 ヒナタとクウに直撃した。

 光弾の衝撃により、ヒナタは蜘蛛の巣から引き剥がされ、クウは蜘蛛との間合いを広げる。そしてその直後、ツキコがにこやかな声で二人に向けて話しかけた。


「二人とも、隊長の言う事聞きゃなきゃ駄目だよー。さもないと……」


 ツキコは目を据わらせて、更にこう告げる。


「二人とも、死んじゃうよ?」


「「ひいっっ!」」


 恐らく二人は蜘蛛ではなく、ツキコに殺されると感じ取ったのだろう。

 その証拠に。


「分かった?」


 というツキコの問いにも。


「「はいぃぃっ!」」


 と声を揃えて、大声で返事をしていた。何はともあれ、これで前衛二人は冷静さを取り戻したようである。


「……ツキコ、助かったぜ」


 俺が感謝の意を伝えると、ツキコはチラリとこちらへ振り返り。


「えへへへー」


 いつも通りの笑顔を見せた。


「殺傷力を無くして衝撃だけを的確に伝えるとは。やはり、ツキコは天才だ……」


 相変わらず鳩野郎はツキコの才能に感心している。

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