魔法少女に大変身! 04

 誰が作ったのか、何の為に建てられたのかさえよく分からない木造の山小屋。森の木々の間にひっそりと在り、沢山のツタが這う、御伽噺にでも出てきそうな建造物。人が滅多に訪れない山中にあるこの小さな建物こそが、俺達の思い出の場所。姫結衣町探検隊の秘密基地である。


 因みに姫結衣町探検隊というのは、俺達が小学生の頃に街や山を探索し、歩き回っていた際に自称していたものだ。キャッチフレーズは『この街の平和は俺達が守る』という探検隊らしからぬもの。隊長というあだ名もその時についたのだった。


「隊長っ! 鍵がいつもの場所にありました!」ジャーン


 ヒナタが誇らしげに鍵を差し出してくる。


「うむ。て事は、あれからまだ誰も中に入ってないのか。ドアはちゃんとしているみたいだが、外装が結構傷んでいるようだな……」


「隊長ーっ、早くっ、早くっ」


「ああ、待ってろ」


 俺は鍵穴に鍵を入れると、それを時計回りに回してみた。意外にもスムーズに鍵は回り、『カチャ』と音を立ててドアは開錠される。三人が見守る中、俺は秘密基地のドアを開いた。


『ギギッ……キィィッッッ…………』


 蝶番が錆びているせいかスムーズでは無かったが、ドアはきちんと最後まで開ききった。


「「わーっ」」


 ヒナタとツキコが声を合わせて感激の声を上げている。


 充満する埃の匂い。

 小さな窓から降り注ぐ太陽。

 そして寄り添う三人の幼馴染達。

 この場所に、本当に戻ってきたのだ。あの頃のままで。


「埃くさーい」

「変わってませんねっ、隊長!」

「そういえば私、いつもあの辺に座ってたわ」


 三人がそれぞれ、自分の思い出と照らし合わせるようにして秘密基地を懐かしんでいる。俺は先んじて小屋の奥へと入り、運動会で行進する時のように足を揃えて回れ右をした。そして、右手で敬礼するとこう告げる。


「諸君、よくぞ集まってくれた。これより諸君らに、久方ぶりの任務を与える!」


 ヒナタだけが俺の呼び声に素早く反応して、サッと気を付けの姿勢を取った。ヒナタの動きを見てツキコは楽しそうにぴょんと跳ね、クウは少し照れくさそうに姿勢を正す。


「ただ今より三十分間、秘密基地の清掃を実施する。水などの物資は限られているので、大事に使うように! 以上だ!」


「「「はいっ」」」


 三人は声を揃えて隊長命令に応えた。俺が小屋の中にある机や椅子を運び出し、クウが箒がけをし、ヒナタとツキコが窓や壁を水拭きする。こうして三十分後には、小屋は昔と同じように快適な空間へと回復していた。




「ふう……。まぁ、こんなもんだな」


「すごーいっ、綺麗になったー」ワーイ


 ツキコが清潔感を取り戻した秘密基地を見渡しながら喜んでいる。開け放たれた小窓から吹き込む夏風が頬を撫でた。外は相変わらず蝉の声が騒々しい。


「うむ。諸君らの努力の賜物である」


 昔と同じように、四角いテーブルを囲んでそれぞれが定位置について座っている。そんな中で俺は、ポケットからカードを取り出すと皆に向けてこう言った。


「さて、掃除も終わった事だし、そろそろ本題に入ろう」


 俺の言葉に反応するように、三人はこちらへ注目する。


「まず、この白いカードがお前達を魔法少女に変身させる機械だ。Cのクオリアとかいうよく分からないものが入っているらしいが、便宜上これを『変身端末』と呼ぶ事にする」


 三人は身を乗り出して、起動前の変身端末を嘱目している。


「デフォルトでバランスのいい衣装が用意されているらしいので、とりあえず今日はそれに変身して、魔法少女がどういうものかを実感してもらいたい」


「それで、一体どうやって変身するの?」


 クウの質問に俺は答える。


「そうだな、とりあえず変身端末を起動させてみるか」


 俺はカードを胸の辺りに構えて起動符号を唱えた。


「CQCQ」


 俺の呼び出しに応えるように『キィン』と音を出すと、カードは白く輝いて拡大する。その様子を初めて見るヒナタは、嬉しそうに驚いて見せた。


「凄いっ! 凄いですっ!」


「ああ、ヒナタは初めて見るんだったな。これはタブレット端末みたいになっているんだ」


 俺は画面が三人に見えるようにしながら、説明を続けた。


「ここに三人のシルエットが並んでいるだろう? ここへ衣装ファイルを引っ張ってくるんだ。するとお前達の目の前に衣装の詳細データと、その衣装の着衣について可否を求める表示が現れる」


「表示が現れる?」


 クウが不思議そうにそう聞きなおす。


「ああ、お前達にしか認識出来ない映像でな。その映像に、お前達は人差し指で触れて答えるんだ。イエスなら『可』、ノーなら『否』って表示されている所を押す。可を押した場合、許可した衣装が一時的に生成されて、お前達に装備されるって訳だ」


「え……装備されるって事は……その……私達、裸になるの……?」


 クウが内股気味に身を縮ませながら、恥ずかしげに不安を零した。


「んーとな……確かに裸になる瞬間はあるらしいが……相対的時間差何とかって技術を使ってるせいで、普通の人間が外から見ていても認識出来ないらしいぜ」


「……ふぅん」


「指で押さずとも『承認』、『拒否』って声で言えばちゃんと反応してくれるらしい。変身が必要な時に、手足が拘束されている場合もあるからだってさ」


「なんだか物騒な話ね……。でも、ちゃんと私達の承認が必要なら、隊長がエッチな衣装を着させようとしても安心ね」


「だから信用しろよ」


「どうだか」


 クウは半目でこちらを見ながら揶揄った。


「はーいっ、隊長しっつもーん!」


「何だツキコ?」


「服は一つだけなの?」


「ふむ、いい質問だな」


「えへへー。褒められちゃった」


「この端末の凄い所は、衣装をほぼ無限に生成出来る事なんだぜ」


「む、無限にっ?」


 ツキコは目を大きくして驚いている。


「ああ。例えばこの端末でネットに接続して、かっこいい衣装の写真とか、それが描かれたイラストデータを見つけてくるだろ? それを変身端末に認識させると、その衣装が生成ジェネレート可能なのか、衣装はどれくらいの性能を持っているのかが表示されるんだ」


「……すっ、凄い! 欲しい服の画像があれば、それを作れるって事でしょ?」


 ツキコの反応を見て、改めて俺もこの装置の凄さを再認識する。確かに一時的とはいえ、認識できる画像さえあれば洋服や和服はもちろん、刃物や銃器までもが具現化できるのだ。人類の常識や科学が引っくり返るほどに凄い。


「まぁ、衣装の画像も全体が分かる奴じゃないと認識してくれないし、実際に戦えるだけの性能を持った衣装はなかなか見つからないらしいぜ。それに、同じ衣装であっても三人の誰が装備するかによって、性能が全然違ってくるんだってさ」


「へぇー」


 ツキコが感心する横で、次はヒナタが手を上げて質問した。


「隊長っ。魔法少女はどうやって戦うんですか?」


「うむこれもいい質問だな。お前達にはそれぞれに、得意な距離や属性があるらしい」


「……距離? 属性?」


「ああ、例えば距離だが、これを見てくれ」


 俺は『hinata akashi』と書かれた所を押して、ヒナタのステータス画面を開く。するとヒナタは「んん?」と不思議そうな声を出して、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。恐らく昨日ツキコが言っていたように、ステータス画面を開かれた時に視線のようなものを感じるのだろう。


「これがヒナタの適正データだ」


 俺が指し示した箇所には、以下のようにデータが並んでいた。



〈明石日向の適正データ〉

 『距離』 密着○ 近◎ 中△ 遠△ 超遠×

 『攻種』 打◎ 斬▲ 突○

 『属性』 火◎ 水△ 土○ 雷△ 風△ 光○ 闇△

 『推奨配置』 「タンク」「アタッカー」



「これは……?」


「ヒナタの得意なものや苦手なものが一覧表示されているんだ。どうやらお前は近距離戦闘が得意らしいな」


「ほへぇ」


「これはあくまで俺の推測だけど、確かヒナタって格闘技やってたよな?」


「格闘技じゃありませんよっ! 空手は武道です!」プンスカ


 俺にはその違いがよく分からないが、何やら拘りのようなものがあるらしい。


「……分かったよ。でさ、空手って基本的には打撃なんだろ?」


「ええ、一応投げ技もありますけど、あんまり使わないですね」


「恐らくだが、ヒナタが身に着けている空手の特性が、そのままここに現れているんだと思う」


「なるほど。という事は、密着というのは投げ技や間接技の事ですか?」


 最初にヒナタのデータを提示して正解だった。対人戦とはいえ、空手で戦闘経験のあるヒナタだと話が早い。


「多分な、その証拠に……ほら、見てみろ」


「得意な攻撃属性……? あっ、『打』って所に◎が付いています! 『火』って所にも◎がっ!」


「だろ?」


「とすると、クウちゃんや、ツキコちゃんは……」


「ああ、大体予想通りだと思うぜ」


 俺はヒナタのステータス画面を閉じて、次に『ku mizki』と表示されている所を押した。例の如く、クウもなんだか落ち着かないような素振りを見せている。


「これがクウの適性データだ」


「これが……私の?」


 クウは画面を覗き込む。



〈水城空の適正データ〉

 『距離』 密着▲ 近○ 中○ 遠△ 超遠×

 『攻種』 打▲ 斬◎ 突○

 『属性』 火△ 水◎ 土△ 雷△ 風◎ 光▲ 闇○

 『推奨配置』 「アタッカー」「アサシン」



「なんだか距離特性に特徴無いわね……」


「これは多分、クウが剣道をやっていた事が影響していると思う。だから近距離から中距離を安定して戦える。……それにほら」


「なになに? ふぅむ。斬って所に◎がある……。水って所にも◎が付いているわね……あっ、風って所にも◎が」


「そういう訳だ。水が◎なのは、お前は水泳が得意だからだろうな」


「なるほどねぇ」


「隊長ーっ、早く私もっ、私もっ」


「おーけー、ツキコのはだな……」


 俺はクウの画面を閉じて、次に『tukiko koganei』と表示されている所を押した。すると昨日と同じように、ツキコは声を漏らす。


「……あっ……」


「ん、大丈夫か?」


「うん、全然平気ー。続けて」


「おう。これがツキコの適正データだ」



〈小金井月子の適正データ〉

 『距離』 密着× 近△ 中○ 遠◎ 超遠○

 『攻種』 打× 斬○ 突◎

 『属性』 火▲ 水△ 土× 雷◎ 風○ 光○ 闇○

 『推奨配置』 「シューター」「サポーター」



「分かりやすーい。私弓道やってるから遠距離が得意なんだねーっ」


「そういう事だろうな。実際かなり弓道の成績いいだろ?」


「えへへへー。まーねー。あっ、私は突って所に◎があるー。 雷って所にも◎があるよー」


「まぁ、大体こういう事のようだ。因みに、デフォルトで用意されている武器も、ヒナタが打撃用グローブとブーツ、クウが剣と投げナイフ、ツキコが弓矢とレイピアみたいなやつだ」


 ここまで説明すると、ヒナタが待ち焦がれたように言った。


「隊長! そろそろ変身させてください! 私もう待てません!」


 ツキコも身を乗り出して、期待の表情を浮かべている。クウも……満更では無さそうだ。いよいよ、三人を魔法少女に変身させる時が来たようだ。


「おし、それじゃ外に出るか」

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