魔法少女をプロデュース? 06

 シルエットの下部に書かれた三人の幼馴染達の名前について、俺は問いただす。


「……おい。これはどういう事だ? どうしてあいつ等の名前が表示されている?」


「その端末は、彼女達を管理するためのものなんだ」


「管理?」


「そう。監督と言ってもいいし、演出と言ってもいいだろう。まずは右下の、ヒナタという子の名前部分をタップしてみてくれ」


「……こうか?」


 俺は言われるままに、『hinata akashi』と書かれた箇所をタップしてみた。すると、そこから新しいウインドウが開き、英語で書かれた様々な項目と、沢山の数字が表示される。


「これは何だ?」


「彼女のステータス画面だよ。日常生活に関するものよりも、戦闘に関するものが多い」


「……あのさ。出来ればこれ、日本語にしてくれないか?」


「ふむ。お安い御用だ」


 鳩が両羽を広げた直後、一瞬だけ開いたウインドウが消えたと思ったら、また直ぐに現れた。ウインドウに表示されていた英語は、シルエットの名前以外がすっかり日本語に変換されている。


「遠隔操作って奴か?」


「宇宙船の中ならその端末の外部操作が可能だ。君が契約もせずにそのタブレットを持ち出さないように、今はコントロール下に置いてあるんだ」


「つまり、宇宙船の外では外部操作出来ないのか?」


「契約後に管理者以外の者が干渉しても、Cのクオリアに弾かれる」


 またしても出てきたCのクオリアという単語に、俺は眉を顰めて質問する。


「……あのさ、いい加減教えてくれよ。そのCのクオリアってのは何なんだ?」


「ふむ、そうだな……」


 鳩野郎は軽く首を傾けてから説明しだした。


「それではまず、『クオリア』が何なのかは分かるかな?」


「分からん」


「では、質問を変えよう。例えば雲ひとつない、晴れ渡った空は何色だと思う?」


 がらりと変わった質問内容に、俺は軽く混乱する。


「は? ……青だろ」


「では沈み行く夕日は?」


「赤」


「その通りだ。では、君が見ている青色や赤色と、他人が見ている青色や赤色が同じであるという事を証明出来るかい?」


 俺が見ている色と、他人が見ている色? そんなの同じに決まっているだろ。そうじゃないと他人同士、まともにコミュニケーションが出来ないじゃないか。


「……出来るもなにも、赤は情熱的で暖かいし、青は爽やかで涼しいだろ? 大体みんな同じような事を言ってるぜ?」


「その通りだ。しかし、実は他の人間達は君が青色と認識している色を見ながら、それを情熱的で暖かいと感じているかもしれないし、君が赤色と認識している色を見ながら、それを爽やかで涼しいと感じているかもしれないだろう?」


 ……なるほど、そういう質問だったのか。


 俺が赤色だと思っている夕日の色が、他人からは俺が知っている黄色や緑色に見えているのかもしれないのだ。しかし、どれだけ互いの頭の中で違う色として認識されていたとしても、『夕日の色は赤』という常識を共有しているから、コミュニケーション上は全く支障が出ない。実は見ている色が違うなどと、日常的には疑いさえしないのだ。


「うぅむ……。そんな事言われてもさ……そんなの確かめようがないだろ?」


「その通りだ。確かめようがないからこそ、そこに主観的な神秘性が生じるんだ。例えば、『魂』の存在だとかね」


 こいつは一体、俺に何を伝えようとしているのだろうか?

 鳩野郎は話を続ける。


 Cのクオリアとは『人工的な神の感覚質』さ。『C』に『クオリア』を人工的に与えたから『Cのクオリア』と呼称する。様々なものを認識し、必要なものを具現化させる機能を有し、そしてそれ等を超次元的にコントロールしているんだ」


「認識? 具現化? 超次元的にコントロール?」


「例えばCのクオリアが、夕日が写し出された画像データを認識すれば、赤い、日没、寂しい、鳥が森に帰る、帰宅ラッシュで渋滞する、夕食時が近い、などといった人間が感じたり連想する事を、人間と同じように感じ、連想するんだ」


「感覚っていうか……人工知能みたいなものか?」


「それに近いね。だが決定的に違う所がある」


「なんだよ」


「様々なパターンに順応したプログラムではなく、人間やその他生物同様に、多くの揺らぎを有している。感覚、感情、理性、感性……。そして、それらを越えた真我アートマンの下に、一時的に『世界そのものを生成ジェネレート』するんだ。まさしく、神のようにね」


「世界を……生成ジェネレート?」


「そうだ。例えば和服の画像を認識させれば和服を、ドレスを認識させればそのドレスを生成ジェネレートし、彼女達に装備させる事が出来る。ナイフの画像からナイフを、拳銃の画像から拳銃を生成ジェネレートする事だって可能さ。君達からすれば夢のようだろ? 勿論、制限はあるけどね」


 服や武器を生成ジェネレート

 生成ジェネレートっていうと、生み出すとか、発生させるって事だよな。

 世界を生成ジェネレートする事と、服や武器を生成ジェネレートする事に一体何の繋がりがあるというのだろうか。


「なんだ、要するに……これは着せ替えマシーンって事か?」


「着せ替えはあくまでCのクオリアを機能させる上で必要な儀式さ。大事なのはそれぞれの衣装に、この世界の理さえ超えた『パラメータ』が振られる事だ」


「パラメータ?」


「そうだ」


 鳩野郎はその場でヨタヨタと足元を踏みならし、こちらを真っ直ぐ見据えると説明した。


「例えばCのクオリアに水着の画像データを認識させて、彼女達に水着を装備させたとしよう。水着姿の魔法少女は防御力が高いと思うかい?」


「いや、水着に防御力なんか殆ど無いだろ」


「その通りだ。恐らくCのクオリアも同じ認識でその衣装にパラメータを振る。しかし、水中を移動する上ではどうだろうか?」


「……まぁ、水着だし。確かに泳ぎ易くはあるだろうな」


「その通りだ。恐らくCのクオリアも水中での移動に特化した能力を、その衣装に与える」


「でも、所詮水着は水着だろ?」


「それが違うんだ。Cのクオリアは一時的に世界そのものを作り出す。普通の水着だと、例えそれが競技用だったとしても数パーセントしか水泳能力は向上しないだろう。しかし、Cのクオリアによって生成された水着を適合性の高い魔法少女が装備すると、ただでさえ超人化した魔法少女の能力が、数十パーセント、数百パーセントも向上するんだ」


「……数百パーセント……」


 数百パーセント。つまりは能力が何倍にもなるという事だ。

 それは確かに、衣装が引き出せる能力の範囲を遥かに超えている。


「訓練による魔法少女の基礎能力向上は必要だ。だが、その場面に適した衣装が無くては適した能力が発揮出来ない。だからこそ、それを管理プロデュースする人間が必要になるのさ」


「それを……俺にやれと……?」


「その通りだ」


 まさか、宇宙人に幼馴染達の衣装管理を依頼される日が来るとは……。

 俺は眉を顰めて考え込む。


「魔法少女とその管理者は、互いが深い信頼関係で結ばれていないといけない。そうじゃないと、Cのクオリアが生成ジェネレートする衣装も弱くなるし、誰にどの衣装が似合うのかを適切に判断する事も出来ないんだ」


「……さっき言ってた『規格に一致している』ってのは、そういう意味か」


「その通りだ」


「……それじゃあ、もし、俺が嫌だと言ったら?」


「君達の自由意志が乗らなくては、Cのクオリアは本来の力を発揮しない。無理矢理洗脳して操り人形にする事も我々には可能だが、それじゃ駄目なんだ」


 こいつの言いたい事は大体分かった。いや、依然として分からない事だらけなのだが、『幼馴染達に色んな服を着せて、悪い宇宙人達と戦え』と言っていることくらいは理解できた。


 だが、こいつは肝心な事を分かっちゃいない。俺にとって一番大切な事は、非日常的な世界に飛び込む事でもないし、ましてやヒーローになる事でもない。


「なら、断ってもいいんだな?」


「断るのも自由さ。だけどそうなるとほぼ確実に……『君の住むこの街は滅ぶ』」


 鳩野郎の唐突な発言に、俺は目を見開いて声を漏らした。


「……は? この街が……姫結衣ヒメユイ市が滅ぶ?」


「そう、我々が焦っている理由は二つだ。一つ目は、既に三体の宇宙生物がこの街に発生しかけていて、住民に次元間干渉出来る状態に移行しつつあるんだ。それを早期発見して、魔法少女によって排除しておかないといけない」


「おいおい……排除しないとどうなるんだ?」


「言ったろ? 最終的にはこの街が滅ぶんだ。ここに住む人間の多くも様々な形で死に至るか、街を去る事になる」


 こいつが今真実を言っているのかは分からない。判断しようもない。だが俺は、唐突に追加された自分達が生まれ育った街が危険に晒されているという情報に、軽い目眩を覚えている。


「……ちっ……。それじゃあ、二つ目の理由は?」


「二つ目の理由は、我々以外の知的生命体が我々と違う意図を持って人類への干渉を開始しているからさ。色々と事情があって、これ以上はうかうかしていられないんだ」


「……派閥闘争的なものか?」


「どう想像してもらっても結構だ」


「ふん、食えねぇ奴だな……。それじゃ、俺達以外に適任者はいないのか?」


「例外もあるが、Cのクオリアに適しているのは君達くらいの年齢だ。それでいて、感情や欲望を超えた、純度の高い絆で結ばれている必要がある。だからこそ、君達みたいな関係が最も望ましいのさ」


 本当にこの街が、姫結衣市が悪い宇宙人によって滅ぼされるというのなら、それは嫌だ、許せない。しかし、もし俺がここで了承してしまえば、あいつら三人を『この街を滅ぼしかねないほどの強大な敵』と戦わせる事になってしまうのだ。そんな事。そんな事、出来るか。


「だが…………それでも俺が嫌だと言ったら?」


 俺が更に否定的な言葉を重ねると、鳩は少し残念そうな口調で呟いた。


「……ふむ。やれやれ……」


 鳩野郎が困ったようにそう呟くと、周囲を好き勝手に歩き回っていた鳩達が、全て同時に動きをピタリと止め、『サッ』と一斉に俺の方へと顔を向ける。


「うおっ!」


 その異様な光景に、俺は薄気味悪さを感じて身構えた。


「この時点で承諾してくれると嬉しかったんだが、しょうがない」


「…………」


「君達が拒否した場合。今後の身の安全は保障できない」


「……本性表したな鳩野郎。やっぱり脅す気じゃねぇかっ!」


「脅しじゃない。我々が人類と交流する際には幾つかのルールがある」


「ルールだと? だから……殺すのか? いや、それとも記憶を消すつもりか?」


「殺しはしないし、記憶も消さない。それもルール違反だからね。ただし保護の必要性がある為、暫くの間君達四人には宇宙船の中で眠っていてもらう」


「眠る……? 解放されるのはいつになるんだ?」


「現時点では未定だよ。一年後かもしれないし、千年後か二千年後か、或いはそれ以上かもしれない。だがその間はちゃんと、老衰が起こらないように今の姿のまま維持する。これにより、限られた人類の寿命を拘束により損なわないという、我々のルールもクリア出来るからね」


「ふざけるなっ! ルール、ルールって、全部お前等の都合だろうがっ!」


「君達が拒否すれば、どうせこの街は滅ぶ。犠牲者には君や彼女達、その家族さえもが含まれるだろう。そして今後もまた、宇宙生物による被害が地球規模に及んでいく可能性だってあるんだ……。勘違いしてもらっては困るが、我々は君達を助ける為に行動しているのだよ」


「……くっ……」


「我々はもう十分に説明した。そろそろ返答を聞きたい」


 決断を迫る鳩野郎。

 そこに居る全ての鳩達の赤い目に見つめられながら、俺は……。


「…………」


「さぁ、どうする?」


 俺は……。


「…………」


「さぁ……どうする……?」






 ここはツキコの部屋の中。


 眠りにつく前の暗くて孤独な時間。そして、そこに押し寄せる不安と後悔。三人がスヤスヤと寝息を立てる部屋の中。悔しくて悔しくて、俺は頭を抱え、顔を歪め、一人苦悶していた。


「ごめんな……不甲斐ない隊長で……」


 俺は口車に乗せられたのだろうか? それとも脅しに屈したのだろうか? こいつ等を……幼馴染三人を……守れなかったのだろうか……? 自問自答は延々と続いていた。


「これで……本当に良かったのかな……」 

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