第2話 似ても似つかないだろう?
落ちる夕日に照らされて、彼女は一人誰もいなくなった教室で読書をしていた。
「ひーなーちゃんっ!」
私がそう呼びかけると、彼女は気怠げに本からこちらへ視線を移した。
「また君か…早乙女くん。」
あれから、私はひなちゃんこと深谷日波ちゃんとお友達になりたくて話しかけ続けている。
ストーカーじゃないわよ?純粋な好意よ?
私はポケットから、チョコレートを取り出した。
「はい、ひなちゃん」
半眼のまま、それでも少し嬉しそうにチョコレートを受け取り、口に含む。
ひなちゃんチョコレートが好きなのね!
「早乙女くん…いい加減学習したまえ。本を読んでる私の目の前に来たって、何も面白くないだろう」
「あらぁ、楽しいわよ?ひなちゃん、場面によって目元に変化があるもの。」
「君、それは最早ストーカーの類に属するものではないのか」
くあっと欠伸をしてまた視線を本に戻す。
ひなちゃん、最近欠伸が多いのよねえ。睡眠不足かしら、心配だわ…。
ふと、彼女が読んでいる本の作者に目がいった。
“花咲陽菜”。可愛い名前の如く、恋愛小説を書く今ブレイク中の作家さん。
でも恋愛小説だけじゃなくて、ファンタジーとか、推理モノにも挑戦してるらしいわ。
かく言う私も、ファンの一人なのだけれど。
「ひなちゃんも、花咲先生好きなの?」
「…いや、必要に応じて読むが、好んでは読まない。」
「あら、そうなの?どうして?」
ひなちゃんは少し視線を上げ、上目遣いに私を見た。
そしてため息。
「…例えば、だ。君、自分の書いた作文を自分で好んで読むかね?」
「え?読まないわよぅ。恥ずかしいじゃない」
だろうな、と首を振って私の目の前に作者プロフィールを突き出す。
「花咲陽菜。十二月三十一日生まれの山羊座。恋愛小説を得意とする若手作家。植物とチョコレートを愛す、学生作家。最近の悩みは、睡眠不足」
淡々と読み上げられるプロフィール。
私は首を傾げた。
「まだわからんか…。君、ストーカーなら調べておけ。私の誕生日は、十二月三十一日だ」
心外な!私はストーカーじゃないわよ!
…って、え?ちょっと待って?
「ひなちゃん、好きな食べ物は?」
「チョコレートだが」
「最近睡眠不足よね?」
「ああ。見ての通りな」
…え?共通点多すぎないかしら?
「君は阿保か?何故目を白黒させている。」
「だって!…もしかして、ひなちゃんって…」
本を閉じて彼女は頬杖をついた。
「花咲陽菜と深谷日波は、同一人物だよ。」
びっくりしただろう?と、からかうように口角を上げる。
私は驚き過ぎて言葉が発せなかった。
「この間、君を見ていたと言ったのは、これのためだよ。君はキャラが強いから、アレンジせずそのまま使えると思ってな。」
「えっ…私、花咲先生の小説に出るの!?」
ていうか、私がひなちゃんに見られてた理由って…。あの時の私のときめきって…。
それでも私、ひなちゃんのこと好きだけどねっ!
するとひなちゃんは目を伏せ、自嘲気味に笑った。
「いつかは使うだろうな。私はそういう人間だ。それが作家だから仕方がない。」
その笑みの中には、ほんの少し何か別の感情が混ざっているようで。
「ひなちゃん…どうしたの?」
つい、そう声を掛けてしまった。
「君は人のプライベートにずかずか踏み込むな」
じとっとこちらを睨む彼女。
しかしすぐにふっと息を吐き、頬杖を付いた。
「ただ、少し昔のことを思い出しただけだよ。気にしなくていい」
夕日に照らされたひなちゃんの顔は、どこか悲しそうで…、壊れてしまいそうな儚い表情をしていた。
「…っ」
ひなちゃんは、私に昔のことを話してくれない。それは私もそう。昔の事はあまり話したくはないから、ひなちゃんが話したがらないのはわかっているつもり。でも、それが。
こんなに人の心を締め付けるなんて、知らなかった。
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