過剰防衛美少女と良い子ヤンキーのHalloween

「退きなさい二階堂」

「っ…ぜってー退かねえ!」


放課後の校舎裏。俺は目の前で肩を怒らせる東条の行く手を遮っていた。

何でこうなったのか。簡単に説明すると、東条に助けてもらった。俺が。東条に。


「…もういいじゃない。何で退かないのよ? お礼なら、別に教室行ってからでも」


どうせあんたも行くんでしょ? と首を傾げる東条。さらりと、黒髪が肩を落ちる。


「そっ…うだけど! お前自分の腕見ろよ!」


俺が指差した先には、赤い血。

多分、壁で擦ったんだと思う。手の甲は、血で真っ赤になっている。


「…大した事ないわよ」

「いやあるだろ! いいか、俺が戻ってくるまで絶対ここ動くなよ。絶対だ。いいな?」

「どこ行くのよ」

「保健室!」

「…一緒に行けばいいじゃない」


東条のその言葉に、俺は虚をつかれた。

一緒に行きたくないって言われると思ったから、俺が走ろうと思ったのに。


「…じゃあそれでいい。勝手に早乙女たちのところ行こうとするなよ」

「………わかってるわよ」

「その間は何だよ!?」


そう言いつつも、東条は俺の隣に並んで歩き始めた。

会話はない。俺も緊張しすぎて、何を話せばいいのかわからない。東条は、いつもの無表情で前を見ているだけ。

無言のまま、俺たちは保健室に着いた。


「…いねーな」

「こんな時間だからでしょ。あいつら人数多かったから…」


私とひなの時間が…と、凄い形相で呟く。

俺はそのセリフを聞かなかったことにし、ガーゼに消毒液を染み込ませた。

白い細い手を取り、ガーゼを当てる。


「…手際がいいわね」

「…別に」


別に喧嘩して、よく怪我してたからとかじゃねーし。誰にも言えなくて自分で手当てしてたからじゃねーし。

広い絆創膏を貼り、手を離す。


「はい終了。その…っ、こ、今回もっ…悪かっ、たっ……な」

「…お礼なんかいいわ。…私が勝手にやったことよ」


そう言って、東条は立ち上がる。


「なあ」


扉に手を掛けたまま、視線だけがこちらに移る。


「何でまた助けてくれたんだ?」


時間が止まったように、彼女は動かない。

しばらくして、扉から手を離した。そして、体ごとこちらに向く。


「…何でかしらね? 自分で考えて」


そして、ふわっと、笑う。

初めて見た。いつもは深谷にばかり向けられるその笑顔が、初めて、俺に向いた。

どういう、という俺の言葉は、先生が見回りを始める放送によってかき消される。


「…二階堂行くわよ」

「は!? どこに」

「玄関。今行けば、二人を待ち伏せできるわ。早くしなさい何立ち尽くしてるの」


さっきの笑顔はどこへ。いつもの無表情で俺を急かす。

…少しは。


「…わーったよ」


少しは俺にもチャンスがあると考えていいのだろうか。

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作家少女とオネエ男子 折上莢 @o_ri_ga_mi_

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