第16話 不安の色

「…奈々は、怖いんだ。また信じて、また裏切られるのが」


隣で膝を抱えていた東条さんが逃げるように廊下へ出て行った。


「奈々っ!」

「っ、」


二階堂が片足を立て、固まる。追いかけない。


「待て、奈々!」

「ひなちゃん」


追いかけようとするひなちゃんを止め、二階堂の方を向く。


「行きなさい」

「は!? …っんで…」

「いいから行きなさい! 早く!」


半ば強引に外へ追い出し、扉を閉める。

俺の部屋だ! とか何とか言ってるけど。聞こえないわ、早く行きなさい。


「…嫌われた、だろうか」

「そんなことないわ」

「でも私は…奈々の、一番触れて欲しくない過去を…」

「大丈夫よ」


誰にだって、言いたくない事の一つや二つあるわ。でもね。

それを抱え込んで、閉じこもっているより、誰かに話して助けを求めた方が何倍もいいに決まってる。

少なくとも私は、ひなちゃんや東条さん、二階堂に話して楽になった。

話す事を恐れるのは、嫌われるのを恐れているから。

そんな事ないのに。頼られて嬉しくない人なんかいないのよ。


「…そう、私に教えてくれたのは、ひなちゃんよ」

「? 私が…?」

「ええ。少なくとも、私はそう思ってるわ」


嬉しかった。頼っていいよって言ってくれて。だって、私の好きな人はひなちゃんだもの。好きな人にそんなこと言われたら嬉しいに決まってるわ!


「…君は、不思議だな?」

「そうかしら?」

「ああ。…お母さん、みたいだ」


え、それは…何だか、複雑。


「…なあ、私の話も…聞いてくれるか?」

「…ええ、勿論よ」


子供が親に縋るような瞳で見上げる。

私は力強く頷いた。


「…私は、作家だ。私の本は、私の頭から出来ていて、私の頭は私の経験と知識からできている」


私の本は、私そのものなんだ。

私が過ごしてきた過去が、少なからず影響されている。友達の癖だとか、見た目だとか。


「…私は、わからないんだ。自分に似た登場人物が出ていると、沢山の友達に言われた。…それは、嫌なこと、なのか? 駄目なのか? そうなったら私は…」


どうやって、小説を書いていけばいいんだ?

小さく、それでも確かに紡がれた不安がひなちゃんの瞳を揺らす。


「…いいえ、駄目なことじゃないわ。だって、ひなちゃんはその人達を『参考』にしているだけであって、その人達を『写した』わけじゃないんでしょう?」


そんなの、仕方ないわ。私だって、クロスステッチとか編み物とかする時、何も見ないわけじゃないもの。

本を見たり、写真を見たり。何も無い状態から作れだなんて言われても、できっこないじゃない。


「心配しなくていいのよ、ひなちゃんは、ひなちゃんのやり方で創っていけばいいの」


私はあなたのファンで、あなたは私の好きな人。


「…そうか」


不安の色が薄れていく。


「ありがとう」


ふっと笑った彼女には、やっぱり笑顔が似合うんだわ。

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