第11話クロスステッチ


「…と、いうわけで」


ひなちゃんが仕切り直すように立ち上がった。


「まずは部屋に戻ろうか。その後、二階堂の部屋に集合だ」

「何で俺の部屋なんだよ!?」


二階堂が机を叩いて抗議の声を上げる。

人工的な金髪が掛かった耳は、真っ赤。

そうね…東条さんが部屋に来るって事だものね…そりゃあそうなるわよね…。


「二階堂の部屋が一番綺麗だからだ。そして同室の者は帰省しているだろう」

「ひなが言ってるのよ。黙って従いなさい」


東条さん、顔。顔怖い。

と、その時。

ひなちゃんの手元に置いてあった携帯が震えだした。


「…はい」


携帯を耳に当て、無言で話を聞いている。

何となく黙って水を飲んでいると、ひなちゃんが耳から携帯を離した。


「…緊急事態だ」


厳かに、眉間に皺を寄せ呟く。

その言葉に、私たちは息を飲んだ。


「…担当が、締め切りを間違えていたらしい。…締め切りは、明日」

「…は? え、いや…待って? 明日?」

「明日だ。…まあこんな事もあろうかとストックは用意してあるが…少し直しを入れないといけないな」


じゃあ今夜はお話できないのね…。

まあお仕事なら仕方ないわ。我慢しなくちゃ。ひなちゃんは今をときめく作家さんなのよ。

そう自分に言い聞かせ、各々部屋に戻った。


「…なあ、早乙女」

「あら、何よ」


二階堂がじぃっとこちらを睨んでいる。

視線に耐えきれず、そちらに振り返った。


「お前何してんだよ!?」

「見てわかるでしょう、クロスステッチよ」


二階堂は相変わらずすごい顔のまま、私の手元を指差す。


「何で持ってんだよ…」

「いつも持ってるわよ。日替わりで」


昨日は毛糸だったわね。その前はフェルトよ。三つで回しているの。

…そう言えば、ひなちゃんと出会った時も私はクロスステッチやってたのよね。


「早乙女、風呂は八時からだからな。寝巻きくらい貸してやるよ」

「あらー優しいのね」

「その喋り方やめろ」


失礼ね、私からオネエ言葉取ったら誰だかわからなくなるでしょ。

チクチクと糸を通していると、コンコン扉が鳴った。

二階堂の友達かしら。…あれ、彼友達いるのかしら?


「早乙女、出てこい」

「はあ!? 何で私なのよ」

「お前が一番扉に近いだろ! それに…嫌な予感が…」


ぶるりと身を震わせる。

仕方ないわね、泊まらせて貰う身だし、出てあげるわよ。


扉を開いて、私は絶句した。

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