第6話
夕暮れ。
学校から帰ってきた冬香は、自室で荷物を置いたところで、上の階が騒がしいことに気付いた。
メゾン・フレンドガーデンには現在、人間の入居者は冬香を除くと一人だけ。真木幸太郎だけだ。なのに、どうしてこんなに騒がしいのだ。いや、そもそも一〇一号室の真上の部屋は、二〇一号室。あの化け猫が勝手に住み着いている部屋だ。
「……いったい何を騒いでるのかしら?」
「なっ――何故だ!」
二〇一号室に幼い少女の怒鳴り声が響いた。
「今のは、僅かな差で私の方がはやかったはずだ!」
「いちいち大声を出すなよ。お前、うるさいから大人しい方のタマに代われ」
「なにおう! 私がげぇむをしてはいけないと言うのか!」
「いや、べつにいいけど、うるさいんだよ」
「うるさいとはなんだ。そもそもこのげぇむがおかしい。絶対に今のは私の方がはやかった! お前もそう思うだろ――え、私はなにも――お前はどっちの味方なのだ――だって私は――ええい、お前と私は一心同体だろうが! ぐだぐだ言わずに私側に付け!」
「落語みたいな一人二役をすんな! 面倒臭いわ!」
気になってやって来た冬香が見たのは、ゲームコントローラーを握り締めて騒ぐ幸太郎とタマの姿だった。どうやら遊んでいるレースゲームにて、納得のいかない判定が出た様子。タマはそれに激怒していた。
「あなたたち、何をしているの?」
「お、帰ってきたのか。お前もするか?」
幸太郎がコントローラーを差し出すと、冬香の目に蔑むものが加わった。
「私はあなたに働けと言ったはず。なのに、どうして遊んでいるの?」
「いや、今まで思いっきり遊べずに人生を送ってきたわけだからさ、ちょっとの間くらいは羽を伸ばしても問題ないだろ?」
「……今日できることは、明日にしよう。こうしてニートは出来上がっていくのね」
「おーい。失礼だぞ、そこ。……っで、やるのか?」
「私は遠慮するわ。日課があるから」
「素振りか? 毎日続けてることは尊敬するけど、たまには周囲に合わせてみろよ。こういうことは余計なお世話かもしれねえけど、学校でもそんな調子なんだろ? だったら孤立するのも仕方ないってもんだぞ」
あまりこういうお節介はするべきではないのだろう。しかし、幸太郎はそれでも冬香をたしなめる。彼女にはもっと笑ってほしいのだ。
「……よくわからないのだけど、どうして私が周囲に合わせる必要があるの?」
「だってお前、本当はみんなと仲良くしたいんだろ?」
「まったく」
「え?」
「たしかに私は学校で孤立しているけど、それを解消したいと思ったことはないわ。だって、どうでも良すぎてクラスメイトの名前も顔も全然覚えられないもの」
「逆だろ! 覚える気がねえから友達いねえんだろ!」
もはや根底から理由がおかしい。
「でもお前、友達がいないって悲しいぞ。携帯の電話帳は家族だけとか、涙を誘うわ」
「だったら大丈夫よ」
「あ、そこは大丈夫なのか」
「ええ。そもそも携帯電話を持ってないもの」
「悲しさ爆発!」
「とにかく私が言いたいのは、変な勘違いはしないでってこと。もしも同じ勘違いを繰り返すようなら、私もあなたをモー太郎と呼び続けるうっかり物忘れを発動させるわよ」
「それうっかりじゃないじゃないですか!」
「じゃあそういうことで。……それとタマ。あまり騒がしくすると、その尻尾を引き裂いて猫又にクラスチェンジさせるわよ」
「は、はい!」
冬香の人殺しのような鋭い眼光には、タマも従順な猫と成り果てる。そして冬香が去った後には、ただただ黙り込む二つの人影。物悲しい静寂の中、ゲーム音だけが流れる。
「……あのさ、タマ。化け猫と猫又って同じじゃねえの?」
「一応、別々と考えられてるらしい」
「へえ、そうなんだ」
「ああ、そうらしい」
「……」
「……」
「……ゲーム、続ける?」
「……いや、やめよう」
「そうだよな」
こうしてゲームの電源は切られたのであった。
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