第5話

 登校する冬香を見送り、幸太郎は自室に戻ろうと階段に足を掛けた。が、ふと一〇一号室が気になる。冬香の部屋。タマ曰く、元々はそこに冬香の祖母が住んでいたらしい。幸太郎は何気なくその部屋の前へ。気になっている理由はわかっていた。あのクローゼットだ。お札に注連縄。他の部屋と比べても、あそこは異様に厳重だった。これは勘だが、もしかしてあそこが黄泉の国への入り口なのではないだろうか。だから冬香の祖母もこの部屋で暮らしていたのではないだろうか。

「そのとおりです。ここの部屋には黄泉の国への入り口があります」

 疑問に答えた声に振り返ると、そこには猫耳少女のタマがいた。

 言葉遣いからして、大人しい方の人格だろう。

「婆様はこの部屋に住まい、ずっと入り口の封印に務めてこられました」

「へえ。じゃあ今は冬香がそれを請け負っていると……」

「いえ、たしかに冬香様は結界の張り直しなどはおこなっておらず、もっぱら外に出てきた霊を払う除霊に努めておられます」

「なんで?」

「どうも冬香様は婆様の結界に婆様本人を重ねている節があります。つまり婆様の結界を消すことは、婆様自身を消すに等しいと」

「でも結界が弱まってきてるんだろ? なら早いうちに張り替えないと危なくないか?」

「もちろん、そのとおりです。ですが、それを今の冬香様に強要するのは……。とりあえず弱まってきているとは言え、まだ結界の効力は充分ですし、完全に効力が消える前には冬香様も行動に移してくれると思いますので、それまでは……」

「待てってことか。ま、そのあたりは俺も素人だし、余計な口は挟まねえよ」

「ありがとうございます」

「うん、何に対する礼なのかは知らんけど、どう致しまして。……とまあ、それはそれとして。あのさ、ちょっと聞いていい? おまえって最初から化け猫だったのか?」

「いえ、私も初めは普通の猫でした。しかし私のもう一つの人格が快活すぎて、当時に飼われていた家を飛び出して冒険に出たのは良かったのですが、迷子になってしまいまして。そのままここの婆様に拾われたんです。そしてここで暮らすうちに、心霊現象の影響からかどんどん普通の猫ではなくなっていったんですよ。……って、どうかされました? なんだか聞いてはならない話を聞いてしまったような顔をしてますけど」

「ずいぶんと細かく言い当てるね。まったく以てそのとおりだよ」

 心霊現象の影響だと?

 なんて悪影響のあるアパートなんだ。こんな所で暮らして大丈夫なのだろうか。

 しかし、ここに暮らすと冬香に宣言した手前、出ていくのは格好が悪い。

 幸太郎は気にしないでおこうと現実逃避。別の話題をタマに振る。

「そう言えばさ、冬香って木製バットで除霊してるよな。あれはなんで? っつか、なんであんなに野球が好きなんだ?」

「冬香様は運動が苦手なので、複数のことを同時にこなせないのです。だから一つのことをとことんやり切ろうと、野球――その中でも素振りを繰り返されているのです」

「へえ、それは凄いな。でも、なんで野球?」

「あくまで風の噂ですが、冬香様は学校をお一人で過ごされているそうです」

「友達がいないってことか? まあ、あの冷めた性格じゃあ……」

「そんなある日、冬香様はテレビの中で仲間と勝利を喜び合う高校球児を観てしまったのです。その日から冬香様は、あのバットを振り続けておられるのです」

「そうか。そんな過去があったんだなあ……」

 何故か目元に涙を溜める幸太郎。

「そうか。あいつはずっと一人だったんだな。それで汗に輝く高校球児たちの絆に憧れを抱いたと……。でも悲しいかな、性格のためになかなか周囲に馴染めない冬香。それでもいつかみんなと笑い合える日を夢見てバットを振り続ける日々。泣ける! 泣けるぞ、こんちくしょう! 今日の涙はいつもよりしょっぱいぜ!」

 とそこで、幸太郎はそう言えばと思い至った。

「よし。じゃあ俺たちで冬香と絆を育もうぜ」

「え、いきなりなんですか? というより、どうやって?」

「そうだなあ。野球と言いたいところだが、人数が足りない。となると、それ以外のことになる。……そうだ。今の俺って、やろうと思えばいつでも出来る状況にあるんだった」

「なにがですか?」

「ゲームだよ。テレビゲーム」

「え? それって汗に輝く高校球児とは関係ないんじゃ……」

「馬鹿。ここで重要なのは、絆だ! そして絆とは、結束によって築かれる。そして結束とは、同じ時間を過ごすことで固くなる」

「あの、お言葉ですけど、幸太郎様がげぇむをしたいだけなのでは?」

「よし。そうと決まれば買ってくるか」

「無視された!」

「駅前に行けばゲーム屋の一つくらいはあるだろ」

「え、でもお金は……」

「問題ない」

 学校の友人が遊びにお小遣いやお年玉を費やしている間、幸太郎はコツコツと貯金を続けていたのだ。今やその金額は相当なものとなっていた。

「ってなわけで、帰ってきたら一緒にやろうぜ」

「あ、これ絶対に私的な理由だ」

「じゃあ買ってくるから。行ってきます!」

「あ、はい。行ってらっしゃい」

 意気揚々と駆けていく幸太郎。

 タマはそんな背中を見届けるしかなかった。

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