第4話

「その必要はないわ」

 そんな幸太郎の考えを、冬香はあっさりと打ち砕いた。

 顔を洗い終わり、さてこれからどうするかと部屋を出てみると、ちょうど学校に行こうとする冬香を見掛けたので呼び止め、その考えを伝えたのだ。俺も除霊を手伝うよ、と。しかし返答は先のとおり。その必要はない、だった。

「でも、女の子一人であんな化け物と戦うのは危険だろ?」

「問題ないわ。そもそもこの半年間ずっと一人でやってきたもの。それに、ろくに力を持たない人が側にいても邪魔にしかならないわ」

「ぐっ……」

 これはぐうの音も出ない。たしかに、具体的に何が出来るのかと問われても、幸太郎に明確な答えは用意できない。

 そんな幸太郎を気遣ったわけではないだろうが、冬香は続けて言った。

「べつにそんなことを手伝ってくれなくても、あなたがこのアパートで暮らしてくれるだけで、私は充分に助かるの」

「え?」

「タマから話は聞いたでしょ。父は神社を取り壊してこのアパートを建てた。でも、黄泉の国が下にある所為か、このアパートではよく心霊現象が起こるの。だからなかなか住んでくれる人がいない。そんな状況が二〇年。今まではおばあちゃんがここに住んでたから父も黙っていたけど、おばあちゃんが亡くなったら父はこのアパートを取り壊すわ。そうなると封印が解かれる。だから誰かが入居してくれたら、正当な理由もなしにいきなり取り壊しなんてことにはならない」

「……なるほど。だから俺をこのアパートに住まわせようとしたわけだ」

「そういうこと。だからあなたは余計なことをせずに、これでも読んでてちょうだい」

 そうして冬香から渡されたのは、アルバイトの求人雑誌。

「これを読んで、はやいうちに勤め先を見つけてちょうだい。大丈夫。うちは他と比べて格段に家賃が安いから」

「……」

「どうかした? 釈然としない顔をしてるけど」

「いや、いきなり現実に引き戻された気がして、どうも現状についていけない」

「そう。でも、それが現実よ。私はあなたが死のうとした理由を知らない。たとえそれが私にとってくだらないことでも、あなたにとっては命を捨てて差し支えない理由なんでしょ。だから私は、無責任に死ぬなとは言えない。でも、こうは言える」

 冬香がずいっと近付いてきた。どきりと幸太郎の胸が高鳴る。視界が彼女の顔で埋まった。柳眉に切れ長の目。やはり綺麗だと幸太郎は思った。

「幸太郎、あなたは私のために生きて」

「……冬香のために?」

「ええ。私はおばあちゃんが守るこの世界を守りたい。そのためにはこのアパートは必須なの。だから幸太郎、このアパートに私と一緒に暮らして」

「――ッ」

 幸太郎は息を飲む。

 今の言葉は、取りようによってはプロポーズ。女性から言われるというのは、いささか情けない話だが、それでもこんなことを言われて胸を躍らせない男が居ようか。いや、居ない。誰だって喜ぶ。相手が美少女となれば、その喜びはひとしおだ。

 幸太郎はふっと鼻を鳴らし、照れ隠しに頬を指先で掻く。

「そうだな。そこまで求められたら、男として断れないな。ああ、真木幸太郎、友園冬香の頼みを受け、これからメゾン・フレンドガーデンに定住しようじゃないか!」

 決意を込めた発言。きっと冬香も喜んでくれるだろう。そう思った幸太郎だが、気付けば冬香は学校へと向かおうとしていた。

「いやいやいやいやいや、おかしいって! なんでこのタイミングで登校できるの?」

「だって、このままあなたと話してたら学校を遅刻しちゃうもの」

「ごもっともですね、ちくしょう!」

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