第7話 ワルド④

 朝、目が覚めて「向こうの世界」での記憶を振り返って怖気がした。「向こうの世界」での自分は、女性に対し、邪な感情を抱いていた。今までの経験から向こうは「そういう世界」なのだという事は察していたが、仮にも「向こうの世界」とはいえ、自分がそういった感情を抱いたことには、嫌悪感しか覚えなかった。

 嫌な考えを振りきり、僕は身支度を整える。

 今日はいよいよ卒業式と『神託』の日だ。

 そして、春になれば、僕はいよいよ「大人」になるのだ。

 卒業式は比較的淡々と行われた。威厳をつけるためにわざわざ髭をたくわえたという噂を持つ校長先生の話を聞き、卒業証書を受け取った。「向こうの世界」での経験を思い出す。卒業式に関しては、どこでも大した違いはないみたいだと思った。

「ありがとう。こんなに嬉しいことはないわ」

 ファーラム先生へのプレゼント贈呈も滞りなく行われた。やはり先生はすごく喜んでくれていた。女子はもちろん、男子の何名かもファーラム先生への別れを惜しんで涙を流した。

 でも、どこかみんなが浮足立っていたのは、その後に行われる『神託』のためだったのだろう。

 僕は一人、言い知れない不安に襲われていた。それは先日の『汚染者』との遭遇とその後のラウディとの会話からだった。あれ以来、ラウディとはまともに会話できていない。

 『神託』が行われる今日に何かが起きるのではないか。根拠は全くない。ただ、そんな気がしただけなのだが、形のない不安は、僕の臓物の中で確かに質量をもっていた。

 今日卒業する生徒一同は卒業式と同じ講堂に集まった。

 前のステージには巨大な機械が運び込まれている。

 あれこそが、GMCシステム端末の一台だった。大きく「Mk-II」という印字があるので、おそらく我々の『学び舎』に来たのは、二号機なのだろう。

「皆さん、いよいよ『神託』が行われます」

 校長先生が卒業式と同じように壇上に立って、話を始める。今度は生徒の誰もが真剣に耳を傾けていた。

「『神託』は皆さんご存知のように、この『ゴッドマザーコンピューター』の『デルポイMk-II』によって行われます。彼女に呼ばれた者は一人ずつ前に出て、壇上に上がってください。ではお願いします」

「はい」

 校長の声に応えて滑らかな機械音声が流れた。

「順番に名前を読み上げます。名前を呼ばれた生徒は壇上に上がってください。アルヴィ」

「はい!」

 名前を呼ばれたアルヴィは張り切って返事をして壇上に上がった。こういう時は、自分の名前を「あ」から始まるように設定しておけばよかったと思う。授業中に当てられるときは後にしておいてよかったと思うのだが。

 『デルポイMk-II』の前に設置された椅子に、アルヴィが座る。大きな立方体である『デルポイMk-II』の前では、大柄な筈のアルヴィですら小人に見える。

 精査用の精密スキャンが一瞬、アルヴィの身体を走った。

 そして、

「『神託』アルヴィ、『農場』」

 出された『神託』は『農場』だった。これで、アルヴィは春から『農場』で働くことになる。

 一礼してアルヴィは壇を下りた。

 その後も次々と『神託』が出されていった。

 ミヅキは『花屋』だった。これは予想通りだった。本人の「意思」も「適正」も合致していたからだ。

 でも誰もが望んだ職に就けるわけではない。

 たとえば、カーディは『開拓者』になる事を望んでいたようだったが、実際に下された『神託』は『科学機構』だった。『開拓者』になれる人間なんて本当に一握りだから、意外な結果ではなかった。

 それに、『デルポイMk-II』が判断した以上は、彼は『科学機構』に行く方が、他人は幸せになれるのだろう。『デルポイMk-II』は『意思』『適正』『能力』『社会情勢』などを加味して、最適な職を与えてくれる。

「ラウディ」

「はい」

 ラウディは背筋をぴんと伸ばし、堂々とステージの上に上がった。精査用のスキャンが身体を掠めた瞬間、一瞬だけ表情を歪めたが、すぐに精悍な顔つきに戻った。

 彼の『神託』はなかなか下されなかった。ここまで個人差はあったが、数秒で答えを出していた『デルポイMk-II』は一分経っても結論を出さなかった。周囲の教員や『デルポイMk-II』の担当者と思われる白衣の女性もこそこそと相談しあっている。何かトラブルが起きたのだろうか。

 教員の代表者がステージに上がろうとした直後だった。

「『神託』ラウディ『開拓者』」

 なんと彼は『開拓者』の『神託』を得たのだ。

 『開拓者』とは、『外界』に出る権利を『中央審議会』から与えられた集団だった。図らずも先日の彼の願いは達成された事になる。

 僕は心底驚いていた。それはきっとこの現場に居る全員がそうであったと思う。おそらくラウディ本人も。それだけ『開拓者』という職は珍しいのだ。

 あくまで儀式の途中であるが故、落ち着いて振舞っているが、ラウディは喜びを隠せないようであった。

 だが、昔聞いたとある言葉が僕の脳裏をかすめる。

 『開拓者』になった人間に、二度と会う事はできない。

 そう言われていた。それくらい『外界』は広く、『龍』という危険な存在に支配されている。百年の寿命が尽きるまでに戻ってこられる保障はないし、『龍』は『安全機構』の保護能力以上の危険な力を持っているとも言われていた。だから、事実上、春になれば、ラウディとは二度と会えなくなるのだ。

 悲しいと思う感情がないわけではなかったが、それが彼のためならば、僕達がそれを押し留めることなどできない。

 だから、本来ならば彼を笑って送り出すべきだし、周囲の人間もきっとそう考えていただろう。

 しかし、僕は何とも言い知れない不安を抱いていた。

 そんな事を考えているうちに、ついに僕の番が回って来た。

 僕は壇上に上がり、席につく。

 緑色の精査用精密スキャンが身体を通り抜けていく。

 ラウディと同じ様に他の人よりも自分の『神託』に時間がかかっているように思えた。それとも緊張で時間間隔がおかしくなっているのか。

 永遠にも思える様な時間を経て、ついに結論が出された。

「『神託』ワルド、『中央審議会』」

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