四通目

「あのぉ……」

「ふわわぅ。はいな。なんでっしゃろ」

「このポストって、手紙入れられないんですか?」

「ああ、紛らわしいこってえろうすんまへんな。これはうちの飾りもんやさかい、本物やおましまへんね」

「そうですか……」

「ほんまもんのポストやったら、この先ちぃと行ったとこに郵便局があるさかい、それつこてくだはれ」

「ええ、それは知ってるんですけどね。あそこから出しても届かないから……」

「はあ? おかしなこと言わはりますなあ。宛先書いてはったら届きますやろ?」

「……宛先が、分からないので……」

「はあ?」

「……」

「ほな、なんで出しはるん?」

「そうですよね」

「?」

「この古いポストだったら、もっと昔にさかのぼって手紙届けてくれるのかなあって」

「はっはっはあ。せやったらいいけどなあ。そらあ、無理やわあ」

「すいません。お休みのところお邪魔しちゃって」

「いやいや。わしゃあ、もう寝るくらいしかぁすることあらへんさかい」

「……」

「まあ、座ってき」

「あ、すみません」

「それにしてん届かん手紙ぃ持ってはるって、どないなっとんね?」

「……」

「誰に出しよるん?」

「……娘に、です」

「娘はん、生きとんのやろ?」

「ええ」

「ほなら、なんで手紙ぃ受け取らへんの? あんさんの年やったら、まだ娘はん小さいんやろ?」

「ええ。小学生です。四年生」

「郵便にせんと、直接渡したらあかんの?」

「……。わたしね」

「おう」

「離婚して、娘を夫に取られちゃったんですよ」

「はあ。そらあ難儀なこっちゃなあ。せやけど、会うくらいは出来よるんやろ?」

「……」

「でけへんの?」

「わたしね……ちょっと、おかしいって」

「ああ?」

「夫のささいな言葉や行動を一々疑って、聞きただして。わたしにウソを言ってるんじゃないかって。不安で、不安で」

「……」

「夫の職場まで毎日見張りに行って」

「ほか」

「ええ。自分でもね。そんなことしちゃいけないって思うんです。思うんですけど、不安に勝てない。どうしても……」

「ふうん」

「足が向いちゃうんです」

「……」

「夫に愛想を尽かされて協議離婚したんですけど、娘に会っちゃいけないって。わたしが会うと、娘を連れ去ろうとするからって」

「そらあ……言いがかりやなあ」

「いいえ。本当に、そうしちゃうかもしれないんです。わたしも、自分を抑えておく自信がありません」

「はあ……」

「でもね。手紙くらいならいいだろうって。思ったんですけど」

「だめや、言われたわけやな」

「ええ。わたしが住所を知ったら押しかけちゃうって心配してるみたいで」

「ほか」

「……」

「あんさんのそれは、治らへんの?」

「どうなんでしょう。病院には通ってますし、薬も飲んでます。けど……」

「けど、なんや?」

「あまり良くなってる感じはしないです」

「ううん……」

「やっぱり……無理なんでしょうかね……」

「せやなあ。あんさんが、自分おかしいし、それぇ治らへん思うとる間は難しいんちゃうかなあ」

「……」

「あんさんさっき、不安や言いよったやろ」

「ええ」

「不安なんはみーんな同じや。誰ぇ信じられるかぁ、よう分からんさかい。あんさんまだ若いからあれやけど、わしみたいなじじいは、半端ぁに信じてなんぼひどい目におうとるか」

「……」

「せやけど、どこまで行ったかて人の心の中は覗けへん。そらあ無理や。何ぃ考えとんのか分かるんやったら、誰も苦労せえへんわ」

「そうでしょうか?」

「そらそやろ。せやから信じるしかあらへんがな。だまされるんは、だました方が悪いんや。だまされる方は責められへんやろ。アホや言われるだけでな」

「……」

「あんさん、娘はんなら自分信じてくれる思とるんちゃうか? 裏切らん思とるんちゃうか?」

「……う。はい……」

「あほな。そないなことはあらへんな。こどもかて人間や。いくら血ぃつながってる言うてもな、別の人間や。親次第で親ぁ疑うしぃ、親を裏切りよる」

「そう……なんですか?」

「せや。信用してくれへん親に、誰がなつくかいな」

「う……」

「あんさんなあ。ないもん追いかけとんのとちゃうか? あんさんが欲しいもんは、こどもやのうて、どこまでも自分信じてくれる人や。そんなん、どっこ探してもおらへんて」

「……」

「治らんわけや。あんさんがあんさん自身をなあんも信用しとらへんもん」

「どうすれば……いいんでしょう」

「さあなあ。わしぁ医者やあらへんね。ただのじじいや。そらあ分からへんわ。ただなあ……」

「はい」

「こどもは勝手におとなになりよる。おとなになって、あんさんに会いたい思たら、向こうから来よるやろ」

「……」

「そん時までぇ、あんさんがようなっとかんと。ああ、こんなええ人やったんやなあって。そう思うてもらわんと」

「……う」

「あのなあ。わしにも出来の悪い息子がおんねや。もうすぐ六十になる言うんに、まあだわしにたかりよる。仕事もようせんとぶらぶらしよってん」

「ええっ?」

「しょうもない穀潰しや、ほんま腹立つわ」

「……」

「親の仕事は、こどもぉ独り立ちさせることや。わしぁ育て方間違うたんやろな。こどものまんまで図体だけ大きうなってしもた。大失敗や」

「……」

「言うたら悪いけんど、あんさんも同じや。一人でよう立ちよらんやろ」

「……はい」

「それぇ、こどもにうつしたらあかんで。後生や。それだけはあかんねん」

「そうですよね……」

「ああ」

「わたしは……一人で生きていかないとならないんでしょうか?」

「さあ。そらあ、わしには分からんわ。あんさんが決めることや。せやけど、あんさんが、自分だめや、あかん思うとったらそのまんまや。何も変わらへんのとちゃうか?」

「そうですね……」

「あんたぁ親や。そらあ娘はんに会いたいやろ。よう分かる。せやから手紙ぃ書いてき。わしゃ届けられへんよ。せやけど区切り付けな、あんさんずーっとそのまんまや」

「ええ」

「ほれ」

「……」


『会いたい、会いたい、会いたい! ママ、ふみちゃんに会いたい。どうしても会いたい。会って抱きしめたい!』


「……中。見ないんですか?」

「そんなもん、見んでも分かるわ」

「ふふ。そうですよね」

「なあ」

「はい?」

「きばりや。あんさんが折れたら、それでしまいや。しっかりしぃ」

「ありがとうございます。では……」

「ああ」


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