一通目
「おじいちゃん」
「ん」
「ねえ、おじいちゃん」
「んが……」
「おじいちゃん、起きて」
「んんー? なんや、
「あの。ごめんなさい」
「なんや、またポストにいたずらしよったんか?」
「いや、してないけど、この前……」
「前のことは前でしまいや。もうしいひんのやろ?」
「うん」
「なら、ええやないか」
「でも……」
「うん?」
「ぼく、いろいろ中に入れちゃったから」
「ああ、出してきれいにしたさかい、心配せんでええて」
「あのー」
「はっはっはあ。中がどないなっとんのか、気になるんやろ」
「うん」
「見したるさかい、待っとき」
がしゃん。
「ええー? からっぽだあ」
「そらあ、そやろ。ポストっちうんわ、ただの箱や」
「ここに入った手がみ、どうなるの?」
「ほんまもんのポストなら、郵便局の人が取りに来て配ってくれよるがな。学校で習ったやろ?」
「うん。それは知ってるけどぉ」
「わしんとこのはポストやない。飾りもんや。ここに手紙ぃ入れられたらかなんさかい、こないして見張っとんのや」
「うん」
「なんや。ぼん。元気ないのぉ。どないした?」
「うん……」
「まあ、座りぃ。わしの椅子は他にもあるさかい」
どっこらしょ。
「おじいちゃん。聞いていい?」
「なんや」
「いなくなった子にごめんなさいって、どやって言ったらいいの?」
「はあ、そらあ難しいわなあ」
「う……」
「何を泣きよる。ぼんらしぃないがな」
「ぼ、ぼくね」
「おう」
「てんこうしてきた子に、いっぱいいじわるしちゃったの」
「ほ?」
「先生に、なかよくあそびなさいって言われたから、あそぼうってさそったんだけど、返じしなくて、しかとして」
「ふん」
「アタマきたから、みんなではぶにして」
「ほう」
「くつかくしたり、きょうかしょふんづけたり」
「なんやなあ、そらあやりすぎなんちゃうか」
「うん……」
「ぼんだけやないんやろ?」
「うん。みんなで」
「そらあ、あかんわあ」
「うん、ごめんなさい」
「わしに謝ってもしゃあないやろ」
「うん……」
「ははあ。そいでぼんが謝ろうおもたら、その子ぉまた転校してもうたわけやな」
「うん。ぐすっ。ぼ、ぼく、ごめんなさいって言えなかった」
「せやなあ……」
「ひっく」
「なあ、ぼん」
「う……ん」
「わしの小さい頃にな、おっきな戦争があってん」
「せんそう?」
「せや。日本は負けそうになっててな。アメリカの飛行機が毎日ぶんぶん飛んできよって、町にぎょうさん爆弾落としよってん」
「うわ」
「せやから、町にいると危ない言うてな。こどもぉ田舎に
「ふうん」
「学童疎開言うんやけどな」
「しらなかったー」
「せやろな。せやけど、わしは田舎育ちや。飛行機も爆弾も田舎にはめーったに来よらんさかい、毎日悪さばーっかしとった」
「へえー」
「そこに町からぎょうさん子供が来よったんよ。わしらみんな貧乏やってん、着るもんはぼろぼろやし、持ちもんも使い古しばっかりや。けどな、町の子らは服はきれいやし、わしらぁ見たことないぴかぴかのもんばあっか持っとんね」
「うん」
「しゃべっとる言葉ぁ、わしら聞いたことあらへんがな。きれいやけど、わしらにゃあばかにされとうように聞こえてん」
「そうなの?」
「せや。小生意気なやっちゃ。おもろうない。わしもぼんのことは言えへんよ。パンツの中にカエル入れぇの、田んぼに突き落としぃの、筆箱隠しぃの」
「うわ。先生におこられなかったの?」
「そらあ、ごっつう殴られたわ。御国の一大事だと言うんに、おまえらは何をくだらんケンカやっておるかあ言うてな。がっつーん!」
「うわ」
「でもな。それでん、わしらはおもろうなかった。なんぼ殴られたかて、我慢出来ひんもんは我慢出来ひん」
「うん……」
「せやけどな。しばらくして戦争が終わってん。日本は負けよってん」
「うん」
「ほいでな、田舎に来とった子らもみぃんな帰りよんね」
「うん」
「でもな。帰れんようになった子もおってん」
「えっ!?」
「ぼんが家に帰ったら、おかんがお帰りぃ言うてくれよるやろ?」
「うん」
「田舎に来とった子ん中には、その間におとん、おかんが死んでもうた子もようけおったんよ」
「う」
「もう帰る家はあらへんね。おとんもおかんもおらへんね。お帰りぃは誰からも言うてもらえへんねや」
「こわい……」
「わしはな。それをわしの親から聞かされてな。死ぬほど後悔してん。ああ、なんでもう少し優しうしてやれへんかったかなあ。そう思うてな」
「う……ん」
「ごめんなさいは、わしも言えへんかってん。ぼんと同じや。せやからな」
「うん」
「もう、せんとこうと。あないにえげつないことは絶対にもうせんとこうと。そう決めたんや」
「そ……か」
「わしがごめんなさいの代わりにできんのは、それしかあらへんもん」
「うん」
「なあ、ぼん」
「うん」
「ぼんは、その子の住所、知らへんのやろ?」
「うん。先生にきいたんだけど、教えてくれなかったの」
「たぶんなあ、ぼんとこだけやない。これまで転校してきたところでも、いやあなことがいっぱいあったんやろ。その子は、覚えていたいことがあらへんかったんちゃうかなあ」
「ぐす」
「友達なんか要らへん。どうせ、みぃんなぼくをいじめよる。そう思うとったんちゃうかなあ」
「う……ぶ」
「だからぁ、ぼんがもしごめん言うても、それぇ届かへんかもしれへんなあ」
「ぐすっ。どうしたら……いいの?」
「どうにもならへんわ。ただなあ」
「うん。ぐすっ」
「ぼんが優しぃなれば。誰かがいけずしとんのを見た時に、止めんかあばかたれえって言えるようになりゃあ。きっと、今度はうまくいくで」
「ぐすっ」
「なあ」
「うん」
「ほれ」
「え? びんせん?」
「せや。ぼんはその子にごめんて言えへんかってん、ずうっとしんどいんやろ?」
「……うん」
「だから、それぇ書いて置いてき」
「どして?」
「してもうたことは、なかったことにできひん。でもなあ。そればあっか見とったら、いつまでたってもぐじぐじぐじぐじ悩まなあかんねや」
「うん」
「せやから手紙ぃ書いて置いてき。じいちゃんの分と合わして、わしが持ってくさかい」
「どこへ?」
「ぼんの見えへんとこにや」
「うん」
『ゆうきくん、いじわるしてごめんね たかし』
「じいちゃん、これ」
「ああ」
「見ないの?」
「何書いとるかぁ、分かるさかい」
「うん。ありがと。おじいちゃん」
「元気だしぃ」
「うん、ばいばい」
「ほならな」
ばたばたばたばた……。
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