第二十三話 新しいメッセージ(樅山由香里)
テイッシュで指の油を拭いた三村が、音沼のカードを取り上げた。
「音沼ー。おまえ、これどうすんの?」
「俺が書いたもんだからな。俺の手元にあってもしゃあないよ。それに」
横にいたあたしに向かって、音沼がにやっと笑った。
「返事はもらったからな。それでいんだ」
「じゃあ、あたしがもらう」
あたしはさっきエラそうなことを言ったけど。一人になったらきっとくじけるだろう。音沼のことをへたれだなんて、絶対に言えない。まだ一人じゃ光れないあたしは、きっと支えが、言葉が、心が欲しくなる。だから……。
「そっか。じゃあ」
音沼はカードを開くと、メッセージのところのわたしの名前をがりがりとボールペンで消して、自分の名前を書いた。そして、それを三村の方に押しやった。
「おまえも」
「そだな」
ボールペンを受け取った三村が、音沼の名前の下に自分の名前を書いた。そして、それを鈴野に渡した。頷いた鈴野も名前を書く。
カードが戻って来る。あたしが出した覚えのないカードが三人分のがんばれを乗せて、あたしの元に届けられる。あたしは……あたしはそれを見て堪え切れなくなる。嬉しくて。その励ましが嬉しくて。
「泣くなよ。ったく。先はなげーぞ」
「分かってるよっ!」
あたしをど突いた三村が、今度は鈴野の書いた小さなカードを開いた。
きれいな青インクで書かれた鈴野の一文。三村はそれを、ボールペンで無造作に横線を引いて消した。そして、その下にでっかい字で書いた。
『チャンスは自分でつかめ! 逃げるな!』
うん。そうだね。
さっきのあたしのと同じように。カードには三村、音沼とあたしのサインが並んだ。
鈴野は。泣かなかった。嬉しそうに。ただ、嬉しそうに。それを胸のところでぎゅっと握りしめた。
三村が音沼をいじる。
「おまえは要らんの?」
「今そんなんもらうと、大学入ってから女ぁ漁れなくなるしぃ」
「わはははははっ!」
三村が、楽しそうに笑い転げる。
もちろん、それは音沼の強がりだよね。あいつには、彼女なんかそうそう出来ないと思う。でも、あいつはもういじけないだろう。だからカードは要らないって言ったんだ。
「そういうおまえはどうなんだよ?」
今度は、仕返しとばかりに音沼が三村に突っ込んだ。
「俺は要らねえよ」
「どして?」
「もう、みんなからもらったからな」
「ちっ! おまえが本気出したら、女がぞろぞろ出来そうだな」
ははははははっ!! みんなで腹の底から笑った。目尻の涙を擦った三村が、あたしらを見回して思いがけないことを言った。
「ありがとう」
「なんで?」
思わず聞き返す。
「それが、チャンスを引っ張って来るための呪文だからさ」
あ……。
「俺の欲しいものは、俺の力だけじゃ手元に来ねえんだよ。誰かにありがとうって言ってもらう度に俺のチャンスは膨らむんだ。でも」
三村が、もう一度あたしらを見回した。
「俺がしてねえことには、ありがとうは言ってもらえねんだよ。だから、必ず俺が先に言う。ありがとう」
あたしたちに向かって、ゆっくり頭を下げる三村。ぐっと……くる。
「そうしたら。それが、もっといっぱいのありがとうとチャンスを連れてきてくれるんだよ。今夜みたいにさ」
三村が、ポケットから何か出した。
「今日バイト先の人に、音楽ファイルのギフト券をもらったんだ。せっかくだ。みんな同じ曲を持とうぜ。受験のお守り代わりだ」
スマホをいじった三村が、あたしたちの携帯に同じ曲を配った。いきものがかりの、ありがとう……かあ。
「俺は今日みんなとがちんこで話せて、ごっつ嬉しかった。それは俺がみんなからもらったプレゼント。だから、これは俺からのほんのお礼だ。ありがとう」
あたしは思わず天を仰いだ。ああ……こいつには絶対に敵わないなー、と。
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