第十六話 チャンス(鈴野唯菜)

 ものすごい剣幕で、わたしをケーキ屋からひきずり出した三村くん。音沼くんや樅山さんと同じ席についても、三村くんはずっとわたしを睨んでいる。三村くんは、わたしをすぐに怒鳴りつけるのかと思った。でも三村くんは、Sのポテトをじみじみつまみながらふうっと大きな溜息をついて天井を見上げた。


「俺はさ、チャンスが欲しいんだよ。いつもな」


 わたしも、音沼くんも、樅山さんも。突然変なことを言い出した三村くんに驚く。


 わたしが知ってる三村くんのイメージ。頑張り屋で、負けず嫌いで、家族思いで、よく働く。明るくて、人当たりはいい。でも、成績はそんなによくない。バイトばっかで受験勉強は大丈夫なのかって、先生にも心配されてた。


「なんのチャンスさ」


 樅山さんが、三村くんをじろりと睨んだ。


「俺がやりたいことをするチャンスだよ」

「あんた、なんでもやってるじゃん」


 樅山さんの口調はきつい。


「あほー。俺は食ってくので精いっぱいだよ」


 ぽんと。投げ出すような言い方だった。


「うちは親父がいない。お袋は、体のこともあってフルには働けない。妹はまだ小学生だ。俺の稼ぎがないと家が崩れるんだよ」


 う……。


「親戚は?」


 音沼くんが、慎重に聞いた。


「俺か、妹だけなら面倒見てくれるかもしれねー。でも、そしたら家族がばらばらになる」


 三村くんが、食べ終わったポテトの袋をぐしゃっと握り潰して、テーブルの上にぽんと放った。


「俺の死んだ親父は、とんでもねーやつでね」

「え?」

「稼ぎをほとんど飲みと女で使って、家にはほとんど入れんかったんだよ」


 そ、そんな……。


「親戚にも迷惑かけ通しで、うちはどこからも白い目で見られてたのさ。俺や妹がそこに行ったところで、面倒なんか見てもらえねーよ」


 三村くんは、そう言ってわたしたちを見回した。わたしも、みんなも顔が上げられない。


「だから。俺はそれが嫌だから、死物狂いでバイトを重ねて食いつないできた。俺一人だけなら、もうちょっと余裕あるさ。でも、俺はお袋や妹の分も稼がないとなんない」


 窓の外に目をやった三村くんが、ぽつんと言った。


「俺は、自分の時間が欲しくても。そいつを使いたくても。自由になんねーんだよ」


 テーブルの上で手を組んで、それをぎゅっと握り締める三村くん。


「だけど。だけどな。俺にもチャンスはある。今は自由に出来んくても、自分で自分の時間を使えるチャンスは来る。きっと来る。俺はそう信じてんだよ」


 樅山さんの前に置かれてたクリスマスカード。三村くんは、それをゆっくり取り上げて、広げた。その文面に目を通して、そして……。


「やっぱりな」


 そう言った。音沼くんが、不愉快そうにそれを咎めた。


「どういうことだよ!」

「おまえ、それぇ自分で書いて自分宛てに送ったんだろ?」


 俯いて黙り込む音沼くん。


「だけど、すぐ着くはずのカードが届かない。そりゃそうさ。俺は郵便配達のバイトをやってる。その時にそれを偶然見つけて、そいつを差出人のところに不達で戻したんだ」


 え!?


 三村くんは、ゆっくり樅山さんを指差した。


「モミ。おめーもびっくりしたろ」

「ああ」

「なんで」


 握り拳をぶるぶる振るわせて、真っ赤な顔で音沼くんが三村くんを睨み付ける。


「そんな余計なことってか?」

「……」

「さっき言っただろうが。俺はチャンスを待ってんだよ」

「??」


 音沼くんが首を傾げる。わけ分かんないって顔で。


「俺はさ。まだ自分のチャンスをものに出来てねーんだよ。まだ志望校のレベルには全然届いてねえ。このまま本番になっちまったら、受験料無駄にするだけだ。じゃあ、どうすりゃいい?」


 どうすれば……って。


「バイトしながらじゃ、使える時間は限られてる。これから追い込みって言ったって、俺の生活をそれ用に変えるわけにはいかねーんだ」


 そ……っか。


「俺のチャンスは、まだ来てねえんだよ」


 三村くんの顔がすっごいきつくなった。


「音沼」


 ゆっくり音沼くんが顔を上げた。


「おまえには、チャンスがあんだよ。すっげえ地味で卑屈なやり方だったけど、とにかくおまえは動いた。俺にもそれは見えた。だから俺がそれに関われるなら、そのチャンスは無駄にしたくなかったんだよ」


 静かな言い方だった。でも、毅然とした、すっごい強い意志。わたしたちは、それに打ちのめされる。


「おまえの想いをモミに伝える。そのチャンスをな」


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