第十二話 二つ目の交差(三村悟)

「おわた、おわた」


 俺は浮かれていた。郵便配達とチラシ撒き。夜遅くまでかかるかと思ったのに、八時ちょっと過ぎ上がったから。


 ラッキー! これなら帰ってメシ食った後に、二、三時間は机に向かえそうだ。俺はカネも欲しいけど、それよりゃ今は時間が欲しい。サンタさん、よーく分かってんじゃん! こいつぁ、すっげー気の利いたプレゼントだよ。

 ジングルベルを口ずさみながら、夜の街中をスキップしながら歩く。おっと、これじゃあ丸っきり酔っ払いと同じだよな。浮かれてる自分自身に思わず苦笑いする。


 あっと。ケーキ買って帰らなきゃ。遅くまで営業してたケーキ屋さんも、ぼちぼち店じまいだ。売れ残りがあるといいけどな。まだ人だかりがある店の方が、おいしいのかも。そう思って、戸外のワゴンに人影のある店にふらっと寄った。あちゃあ。もうそのワゴンを片付けにかかってる。売り切れちまったのかなあ。聞いてみるか。


「あのー」


 若いパティシエさんだろうか。白い帽子を頭に乗っけて調理服を着た陽気そうなあんちゃんが、くるっとこっちを向いた。


「はい?」

「もう閉店なんですか?」

「あ、いえ。ワゴンの方は片付けますけど、店舗の方は今日は零時まで開けてます」

「うわ! がんばりますねー」

「はははっ! ここが稼ぎ時ですからねえ。今日くらいは踏んばらないと年が越せません」

「なるほどー」

「店舗の方のケーキも値引きしますよ。どうぞー!」


 お。それは嬉しいかも。俺は誘われるように店舗に入って、ショーケースの中を見回した。


「どれでも半額にしますよー」


 アルバイトの女の子が、そう言って営業スマイルを見せた。三人なら十二センチのホールでいいんだろうけど、ちょっと張り込むか。半額なら俺に手の出ない値段じゃないし、ふみぃもきっと喜ぶだろう。


「じゃあ、このフルーツがいっぱい乗ったのを」

「十二センチですか?」

「いえ、十五センチの方で」

「ありがとうございますー。今お包みしますー」


 サンタ姿の女の子が、手際良くケーキを箱に納めた。


「お召し上がりまでのお時間は?」

「あ、すぐ近くなんで。一番ちゃちぃ保冷剤でいいです」

「はい、かしこまりました」


 華やかにクリスマスラッピングの施されたケーキの箱。うん。いいねえ。


「半額で、1400円になります」

「ほい」


 千円札を二枚渡して、お釣りをもらう。


「お買い上げありがとうございます。良いクリスマスをー!」

「はははー。ありがとさーん!」


 豪華だなー。こんな高いケーキ、絶対にディスカウントされてないと買えねーし。


「おっと。急がなねえとな」


 俺はケーキの箱を小脇に抱えて、賑やかな通りを走り抜けた。


◇ ◇ ◇


 げっぷ。


「うー、食った食った」

「お兄ちゃん、ケーキ入るのぉ?」

「意地でも食う!」

「きゃはははっ!」


 ふみぃのテンションがめっちゃ高い。今年は、あいつもクリスマスメニュー決めるのに参加して、お袋をびっちり手伝ったらしい。料理の出来も上々だった。達成感があるんだろうなあ。

 ふみぃも来年は中学生だ。俺と同じようにバイトを探して日々の生活を乗り切る、そのステージに入るだろう。俺と違って、女の子だといろいろ心配事も多い。お袋の心配と負担が、ちょっと増えるかもな。


「あらあ! こんな高そうなケーキ」


 お袋が、キッチンでケーキの箱を開けてびっくりしてる。


「もちろん、値札通りの値段じゃ買わないよ。時間遅くなると見切り扱いになるからさ」

「そうかあ。それでも高かったでしょ?」

「俺にしては張り込んだかな。でも、大学行くようになったら、そうそうは手伝えないからさ」

「……そうね」


 ふうっと。お袋の溜息が聞こえた。


「あら、しゃれてるわねー」


 お袋がなんか言ってる。


「ん?」

「ケーキ屋さんがメッセージを添えてくれてるのね」

「へえー、そりゃおもしろいなー」


 キッチンに行って、お袋から小さな封筒を受け取る。なんて書いてあるのかな。まあ、結局メリクリなんだろうけどさ。お袋がケーキを切り分けてる間に、俺はその封筒からクリスマスカードを引っ張り出して広げた。


 『あなたに、わたしの分まで幸せが訪れますように』


「げ」


 ざあっと。一瞬で全身の血の気が引いた。おい、サンタさんよ。ここまでせっかくいい感じで来てたのに、これはサイアクだぜ!


「や、やばっ!」


 血相を変えて飛び上がった俺を見て、お袋がキッチンから飛び出してきた。


「ちょっと、さとる、どうしたの!?」

「こんなん、しゃれになんねーよ!」


 俺の見せたカードを見て、お袋も慌てた。


「これって……」

「これ買ったケーキ屋に行ってくるっ!」

「気を付けてね」

「おうっ!」


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