第十一話 戸惑い(音沼哲矢)

「なんで?」


 おかしいな、とは思ってた。市内で出した俺宛ての封書。翌日には届くはずなのに、なぜか届かなかった。年賀状の投函が始まって遅れてるにしたって、三日も届かないってのは異常だ。


 もしかして、宛名を書き忘れたとか。いや、出す前に何度も確かめてる。ポストに入れる時も、じっくり時間をかけたんだ。出し忘れなんてこともありえない。郵便事故も疑ったけど、他人が自分に出した体裁になってるのに、それが届かないって俺が言うのはおかしいし、説明のしようがない。俺がもんもんとしてたら、いきなり電話が来た。しかも本人から。


 心臓が……止まるかと……思った。


 俺が出したのが正真正銘のラブレターだったら、俺は覚悟出来たんだ。どうせだめなんだろうけど、けじめつけなきゃって。でも、俺が出したのは俺宛ての架空のクリスマスカード。それに、メッセには好きのすの字も書いてない。誰にもばれるはずなんかないのに、それしか書けなかったんだ。それがなんで本人のとこに届いてるの? おかしい。どこで、なにが、どんな風に狂っちまったんだろう? 分かんねえ。


 モミからの一方的な呼び出しの電話が切れても。俺は、携帯を握ったまんまの姿勢で呆然としてた。しばらーくして。やっと事態が飲み込めてきた。


 モミからの呼び出し。告ってるわけじゃないから、俺にとってうれしい話にはなりようがない。何だよこれっ、ふざけんなって、がっつりやり込められるだろう。俺はそれを聞きたくない。あんな情けないもん、そもそも見られたくなかった。あれは俺だけの秘密になるはずだったのに……。


 どうせ、もう顔を合わすこともなくなるんだ。モミの呼び出しなんか、シカトすれば済むじゃん。そうだよ。すっぽかしゃあいいよな。どうせ、相手はモミなんだし。そう考えながら。でも、体は勝手に外出の準備をしてる。いそいそと嬉しそうに。

 俺は行きたくない。本当に行きたくない。何も言えない。弁解できない。ただ黙ってるしかない。そんなん、最初から分かってる。だから行きたくない。でも、モミに逢える。最初で最後のチャンスが来たって、小躍りして喜んでるやつがいる。それも……俺……だ。


 ああ。分かってる。分かってるよ。これから俺を待ってるのが、嬉しくないことだってのは。浮かれるな。覚悟しろ。ああ、そうだよな。どうせ、俺の周りは全部現実で埋め立てられてる。夢を挟み込むスペースなんか、これっぽっちもないんだ。そこにまた一つ現実を乗っけたところで、俺の何が変わるわけじゃないよな。


 でもさ。今夜はイブじゃんか。それがくだらない絵空事だって言っても、夢を見ちまう。だったら、夢から覚めるまでは。そのほんのひとときだけは。


◇ ◇ ◇


「あれ? 哲矢。出かけるの?」

「うん。ちょっと気晴らししてくる」

「こんな夜中に?」

「今日はイブだから、人、いっぱい出てるよ」

「あんまり遅くなるんじゃないよ」

「もう充分遅いし」


 お袋は、模試惨敗でどろどろの俺に少しだけ気を遣ってくれたんだろう。あまり、ぐだぐだ言わなかった。


 家を出て、夜空を見上げる。街中じゃ明るすぎて、星の一つも見えやしない。俺はきっと、その明るさに塗りつぶされた薄暗い星の一つなんだろう。でも。それでも星は光ってる。俺に気付いてくれって、光ってる。


「ふう……」


 行こう。


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