第十話 一つめの交差(樅山由香里)
「なに、これ?」
それは。あたし宛てじゃない、クリスマスカード。
「音沼哲矢?」
ああ、あのどっこまでもネクラなやつか。口利いたこともない。でも、そいつ宛てのがなんであたしんとこに来てるの? なんか付箋紙みたいの付いてるしぃ。不達通知? 封筒をひっくり返して、ぎょっとした。
そこには、あたしの名前と住所が書かれてた。
「ちょっと! あたし、こんなん出した覚えないよっ!」
さっきまでの絶望が、今度は全部怒りに変わった。あたしに誰かがいたずらを仕掛けたんだろか。予備校の模試会場であたしをせせら笑っていた連中の顔が浮かんで、アタマの血管がぶち切れそうになる。ぶっ殺してやるっ!
封筒を引き裂こうとして、はっと我に返った。
「待て……よ。おかしいじゃん」
あたしになり済ますんなら、この封筒が音沼のところに届いてないと意味ない。でも宛て所に尋ね当たらないって言って、あたしん家に戻って来ちゃってる。いたずらになってねーじゃん。
あたしは。封筒をもう一度机の上に置いた。
自分の名前と住所。それを書いてるのはあたしじゃない。あたしの字じゃない。それはあたしじゃなくても、誰にでも分かるだろう。だって、女の子の字じゃない。これは明らかに男の字だよ。そして、筆跡をごまかそうとした感じもないんだ。いたずらだとすれば、そっからもうおかしいよね。もしあたしが仕掛けるなら、あたしは字を誰か他の女の子に書かせる。すぐにばれるような男文字でなんか、絶対に書かせない。それに、届かないカードに意味なんかないよ。いたずらを仕掛けたやつのとこに確実に届くようにするよね。
それが、なぜ?
「うー」
いくら考えたって分からない。だからあたしは、それを開けて見ることにした。あたしが出したことになってるカードだもん。開封しても、誰も文句なんか言わないよね。
いつものあたしなら。どんな理由があっても、そんな気味わりぃもんは見もしないでゴミ箱に放りこんだだろう。でも、あたしはなんでか知らないけど。そのカードに何て書かれてるのかが気になったんだ。
中のカードを切らないように、あたしは慎重に封筒の端を鋏で切った。ぴちぴちに詰め込まれていたカードを引っ張り出す。中に入っていたのは、地味なデザインのクリスマスカード。素っ気ない黒いボールペンの走り書きで、メッセージが書き込まれていた。
『メリークリスマス!
もうすぐ受験だけど、お互い最後まであきらめないでがんばろうね!
樅山由香里』
なんだよ、これっ!? あたしじゃない。あたしは絶対にこんなこと言わない。受験なんかくそっくらえだって思ってるあたしが、こんなこと言ったら恥の上塗りじゃんか。いや、字が違う時点ですでにおかしいんだけどさ。
そして。あたしには見当が付いた。それを誰が書いたのか、見当が付いた。書いたのは音沼自身。あいつも確か相当追いつめられてたはず。元々口数少ないのに、プレッシャーのせいなのかなんなのか知らんけど、ここんとこずーっと沈没してたよな。あいつは、もう神頼みになってたんだろう。誰でもいいから俺を救ってくれって。なんでそれが神さん仏さんじゃなくてあたしなのか、すっごい理解に苦しむ。それも、こんな情けないやり方でさー。あたしはどう見たってアクマじゃん。
あーあ。あいつには、未来永劫カノジョなんか出来ないだろなー。怒りを通り越してカワイソウになる。
だけど。分かんないのは、それがなんであたしんとこに来ちゃったか、だよね。音沼が自分の住所を間違えるはずなんかないでしょ。確実に自分のところに届かないと意味ないんだもん。あたしがいくらバカだって言っても、さすがにここまでのドジはやんないよー。でも現実に、カードはあいつんとこじゃなくてあたしんとこに来てる。なんで? そんなん、どんなに考えたって分からない。そしたら、直接確かめるしかないよね。
あたしは。携帯を出してしばらく悩んだ。あいつの携帯の番号知ってるやつなんか、いるんだろうかって。あいつは、あたし以上にトモダチ少なそうだからなー。
あたしは付き合ってたオトコどもの番号を、別れたらすぐ着禁にして消してってる。女の子のトモダチは元々いない。電話帳んとこががらがらだ。誰かに番号を聞きたくても、その相手がいない。いや、一人だけ合法的に番号を聞ける相手がいるね。先生だ。
わたしは模試会場にあいつの忘れ物があったって話をでっち上げて、先生に音沼の携帯の番号を聞いた。
「うし。番号ゲット」
あたしは、機械的にその番号をタップした。お。出たな。
「はい、おとぬ……」
「ああ、音沼? あたし。モミ」
どん! なんか落っことしたような音がして、回線が切れた。ほんとに携帯落っことしたんちゃうか? 切られたら困る。もう一度、かける。
「……」
だま、か。
「ああ、今夜十時。サト銀とこの角のマック」
「な……んで?」
「クリスマスカードのことって言えば分かるでしょ」
あたしはそこで電話を切った。
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