第九話 割れたガラス(樅山由香里)

 最悪、さいあく、サイアク、さいっあくっ!!!


 模試のあとから、あたしはずーっと荒れ狂ってた。クラスの女どもに囲まれてバカにされたシーンが、何度も何度もよみがえる。その度にはらわたが煮えくり返る。


 あたしが、あんたたちに何かしたっ? あたしは、あんた方を相手にしたことなんかないわよっ! あたしをいっつも無視してたのに、何で一方的に絡むの? おかしいじゃん!


 受験勉強なんかくそっくらえで、ゲーセンで時間潰して、サテンでスマホで遊んでた。それでもむかむかが収まらない。きらびやかなクリスマスのイルミがうっとーしー。くそっ! 何がクリスマスだ、楽しくもなんともないっ!!


 頭茹だってる状態で帰ってきて晩ご飯食べようとしたら、お母さんにいきなりビンタを張られた。


 ぴしゃっ。


 ちょ! あたし何かしたっ!? 蹴るように席を立って、自分の部屋に駆け込む。あたしが腹立ち紛れにヘッドフォンかけて大音響でKARAを聞いてたら、いきなりそれがむしり取られた。


「なんだ、兄貴かよ。なに? オトメの部屋にずかずかと」


 びしゃっ!


 こっちもビンタか。あたし、何かしたっ!? でも、兄貴の形相がすさまじかった。ビンタじゃ済まなそうな感じで……。なによ。どうなってんのよ。


「おまえ、今日が何の日か知ってるよな」


 え? クリスマスじゃん。それが、どしたん。

 あ。ああっ……。しまった! ま、まずい……。


「家族の誕生日も忘れてんのかよ。自分の誕生日の時は、あれせえこれせえってぎゃあぎゃあ大騒ぎすんのに、母さんの誕生日はまるっきり無視か。最っ低だな」


 ばきばきばきっ!


 兄貴が、あたしからむしり取ったヘッドフォンをぎりぎりと力任せにねじって壊した。それから、アイポッドを床に叩き付けた。


 ぐしゃっ!


「おまえは、そいつを全部誕生日に買ってもらってるよな。もらった時もありがとうの一言もなく。さも当然みたいな顔してよ。ふざけんな!!」


 ぴしゃっ! もう一発。ビンタが飛んだ。


「おまえのわがままは目に余るぜ。そんなに自分勝手にやりたいなら、とっとと出てけよ。都合のいい時だけ俺たちに手を伸ばすなっ!」


 兄貴がドアを蹴飛ばすようにして……出ていった。


◇ ◇ ◇


 あたしは。ベッドの上で膝を抱えて泣いた。なんであたしがこんな仕打ちを受けなきゃなんないの? クラスの連中にぼろっくそにバカにされ。母さんに叩かれ、兄貴に殴られ。


 いや、分かってる。あたしが自分しか見てないからだ。そんなことは、ずっと前から分かってる。分かってるのに、それを変えるのは死んでもいやだ。

 あたしは死ぬまであたしの好きなようにしたい。それだけは絶対に変えたくない。でも、そう出来ないってことも分かってる。あたしが自分の心を折らない限り、あたしの居場所がどこにもなくなるってことは分かってる。それが、たとえあたしの家であっても。どうしたらいいのか分からない。


 割れて、尖って、ささくれたガラスの破片がきらきらと光ってる。あたしは、その鋭い輝きが好きなの。触って怪我するのはあたしのせいじゃない。勝手にあたしに触れたそいつのせいだ。


 でもね、あたしは自分だけじゃ光れない。自分が輝くためには、光が要る。決してあたしが作りだせない光が要る。あたしは、そのことに絶望する。だって、あたしが割れて尖ってささくれてる限り光は来ない。光が当たんないんだもん。あたしが丸くなれば光が来るのかもしれない。でも、その時あたしはもうぼんやりとしか光れない。二度と、きらきらとは輝けない。


 じゃあ、どうすればいい? あたしが輝くためにはどうすればいい?


 あたしが丸くなっても、光を呼ぶのを諦めても。どっちもあたしの望む世界じゃない。だから楽しくない。ぐだぐだになる。どうでもよくなる。信じられる未来なんかない。今もこの先も、楽しいことなんか何もないと思っちゃう。だけど、割れて尖ってささくれたまま暗闇に放り出されるのはサイアクだ。自分の身にそれを突き立てるのは、サイアクだ。


 サイアク……だ。


◇ ◇ ◇


 声を殺して。サイアクの気分だけを抱えて、あたしはずっと泣いてた。


 お腹が空いた。でも。ママの誕生日を台無しにしたあたしは、今日はメシ抜きの刑だろう。それに、今日はもう誰とも顔を合わせたくない。さっき兄貴にアイポッドを壊されちゃったから、スマホでラジオを聞こうとした。


 そしたら。一枚の封筒が机の上にあるのに気付いた。


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