第四話 スローロリス(鈴野唯菜)

唯菜ゆいなちゃん、どう?」


 高階たかしなさんが、わたしの様子を見に来た。わたしの手元の作りかけを見て、うんうんと頷いた。


「おおー! お世辞抜きに手際よくなったわ。だいぶ練習したの?」

「ううー、フルーツはしばらく見たくないですー」

「あははははっ!」


 からっと笑った高階さんが、片手をぱっと広げる。


「あと五十あるから。一時間でこなせる?」

「がんばります!」

「よろしくね」


 わたしの仕上げを確かめた高階さんは、さっと厨房に引っ込んだ。さ、続きやらなきゃ!


◇ ◇ ◇


 わたしは、ぐずだ。はんぱなく、ぐずだ。何をするにも他の人の倍以上時間がかかる。朝、ふっつーに身支度して家を出るのでさえ、六時前に起きないと間に合わない。


 動作がもっさりしてるわけじゃないと思う。でもどっかで選択肢があったり工夫が必要だったりすると、そこで全部の動作が止まる。すぐ考え込んじゃうのがいけないんだよね。だから、ちびでこそまかしてそうに見えるのにとんでもなくスローモー。ついたあだ名がスローロリスだ。そんなん、嬉しくもなんともない。


 こんなだから、みんなの会話や行動に付いてけない。何を言おうか考えてるうちに会話が終わっちゃって、何をしようか考えているうちに置いてかれる。誰もわたしを待っててくれない。


 それでも、高校はわたしにとっては居心地がよかった。みんな、ぐずのわたしをかまってくれないけど、いじめられることもなかったから。わたしのペースで暮らすこと。高校の間はそれが保証されてるように感じてて、大きなストレスは抱えないで済んだんだ。


 でも……受験が迫ってきた。大学に入ってさえしまえば、あとは今と同じように自分の生活のリズムを自分で作れるんだろう。先生も、そうアドバイスしてくれた。問題は……受験そのものだ。


 推薦や特待を狙って試験を回避するのが一番確実なんだろうけど、あいにくわたしはそんなに頭がよくない。辛うじてみんなにぎりぎりついていけてるだけのわたしが、これが取り柄ですなんて言えるものはなんもない。激しい競争になる一般入試で、わたしのようなぐずがそれを突破するのは不可能に近いと思う。模試のたびに惨敗を繰り返すわたしを見て、お母さんが命じたこと。


「度胸をつけなさい!」


 で。受験生だってのに、ここに放り込まれた。めちゃめちゃ忙しいケーキ屋さんのバイト。クリスマスを控えて、厨房は戦場になってる。わたしのようなぐずが足を引っ張れば、そこが修羅場になることは見えてるのに……。


 でもチーフの高階さんは、わたしにこう言った。


「工夫は要らない。機械のように果物を乗せていって。それしか仕事はないの」


 わたしに割り当てられたのは、フルーツタルトのトッピング。見本を渡されて、その通りにカットフルーツを乗せていく。いかにぐずなわたしだって言っても、同じ動作の繰り返しなら少しずつ慣れる。余計なことを考えないで、ちゃんと仕事に集中出来る。


 最初は一時間に十個も乗せられなかったけど、うちに帰ってからも練習したから、今はその三倍以上の早さで乗せられるようになった。で。今日の高階さんのノルマは、これまでで最速。わたしの慣れを見越して、ちゃんとハードルを上げてくる。お母さんも、うまいこと考えたなー。おっと。こうやって考えるからどんどん能率が下がる。集中しなきゃ!


◇ ◇ ◇


「お疲れー!」


 ぱんと肩を叩かれて、我に返る。


「おおー! きっちり五十こなしたね。すごいわー」


 高階さんにそう言われて、思わず頬が緩む。


「えへへ」

「訓練で腕が上がるんだから、勉強もその調子でがんばってね」


 ううう。そうなんだよなー。お母さんや高階さんの言わんとすることは、よく分かる。考えるからとろくなるって言っても、わたしのは脱線するからそれがひどいんだ。必要以外のことを考えて、肝心の的に当たらなくなる。集中力をキープすること。それから、自分の時間配分の計算をさっさと済ませること。うん。分かってる。でも、あとは実際にそれが出来るかどうかだよね。


 あさっての模試。それが今までと変わらずに惨敗だったら、わたしは根本から作戦を練り直さないとならないんだろう。大丈夫かなあ。コートを片手にぼやっと立ってたら、高階さんにぽんと頭を叩かれた。


「考える前に、それ着て歩きなさい」

「は……い」


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