第三話 ポストマン(三村悟)
手紙や葉書のみっちり入った箱を持って、
「
「いや、これからっす」
「あ、じゃあ、これも一緒にね」
「はい」
本当なら模試の前にもうちょっと追い込んでおきたいけど、そういうわけにもいかない。高一の時からやってる年末年始の郵便配達のバイト。本当は、今年はやりたくなかった。洲本さんも、受験は大丈夫かいって心配してくれてる。でもぎりぎりまで稼いでおかないと、受験会場までの交通費や宿代がヤバい。受験も一発勝負になるし、いつも崖っぷち歩いてる気分だ。もし運良く大学に入れても、こういう状況はたぶんずっと変わらないんだろう。
洲本さんが俺の隣に席に座って、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「最後の追い込みだろ? 早めに上がった方がいいよ」
「ありがとうございますー。でも、この後もう一つバイトが入ってんので、そのつなぎの時間まではやります」
「がんばるなあ」
「いやあ、そうしないとチャンスがないので」
「そうか。まあ、三村くんはとことんがんばるから、そのチャンスをものにするだろ」
「ありがとうございます!」
俺には親父がいない。お袋もそんなに体が丈夫じゃなくて、フルには働けない。バイトしながらの高校生活は覚悟の上だったし、それにはすっかり慣れた。ただ、受験となると話が違う。模試をどんどん受けたり予備校の講義を受けたり、そういうのをやる金銭的な余裕はまるっきりなかったし、独学で自分のやりたいことが出来る大学を目指すのは本当に難しい。俺の頭がうんと良けりゃあ別だけど、俺の成績はほめられたもんじゃないから。
だけど高校出てすぐ働いたり、公立の専門学校行ったりっていうのは最初から考えなかった。まだ自分に出来ることがある。その余力はある。自分がそこまでだって思ったら、きっと俺の人生もそこで頭打ちになるんじゃないかって。成功が欲しくてぎらぎらしてるわけじゃないけど、どうせ俺なんかっていう考え方を、どうしてもしたくなかったんだ。
『がんばるね』
そう言われることを嫌う人もいるって聞いた。でも俺にとっては、それは元気の源だ。まだ自分に出来ることがある。そうして、がんばることで得られるチャンスがある。俺ががんばってるって見てもらえるうちは、俺が何も諦めてないってこと。それが、俺が俺であることのバロメーターなんだと思ってる。
さて。仕分けしちゃおう。ゴムバンドで結束された手紙の束を取り出して、棚に向かい合う。
「うっし!」
◇ ◇ ◇
仕分けが終わった。配送は明日。雪にならなければいいなと思いながら、ジャンパーを羽織る。配送がちゃりで出来ないのは本当に辛いからなー。
「三村くんは、クリスマスは何か楽しみがあるのかい?」
洲本さんに聞かれた。
「うーん。特にないっすねえ。その日も配達あるし、ここのあとでもう一つバイトがあるから」
「そうか。お母さんは寂しがらないの?」
「いや、何か作って待っててくれると思います。最近は妹も料理を作ってるんで、だいぶ楽になったんじゃないかな。俺は売れ残りのケーキでも買って帰りますよ」
「はっはっは。しっかりしてるよなあ」
「まあ、それなりに楽しみます」
洲本さんがポケットから何か出して、俺に渡してくれた。
「ええと。これ、なんすか?」
「いや、娘夫婦から使えって言われたんだけどさ、俺には使い方がよく分かんないんだよね」
小さな封筒を開けると、そこから音楽ファイルのダウンロード用チケットが出てきた。
「うわ、五千円分もありますよ?」
「俺が音楽聴くようなタマに見えるか?」
見えないとは答えられないよな。代わりに、苦笑を返す。
「もらいもんの横流しで悪いが、遠慮なく使ってくれ。ちぃと早いがお年玉だ。三年間ずっと手伝ってくれたしな」
「あっざあっす!」
うん。これはすっごく嬉しいな。バイト代の稼ぎは、自分の私物にはなかなか使えない。ほとんどが生活費で消える。たまあに携帯で音楽ファイルを買って、それを聴くのが俺のささやかな楽しみだった。洲本さんは、それをどこかで見ていてくれたんだろう。五千円分もある。しかも音楽ファイル専用のチケットだから、他の用途で使えない。その分、割り切って気兼ねなく使える。
「じゃあ、お先っす。ありがとうございましたあ!」
「気ぃつけてな」
「うっす!」
外はきんきんに冷えてきてたけど、すっごい気持ちがあったかくなった。
「うーし、今日は気合い入れっぞお!」
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