第20話 魔導レギオン総帥室にて。

北と東の境界に位置する某国某所、四方を山林に囲まれた場所に魔導レギオン本部はあった。


 道中の至るところには結界が張られており、魔導士以外が近付くのは困難を極める。


 魔導レギオンの初まりは、異教徒狩りに抵抗する魔女の弟子たちが結託し、教会を貶めるための画策を行った事だとされている。


 そして、いつの頃からか弟子たちは、自身らを魔導士と名乗るようになり、魔女と袂を分かった。


 魔導士たちの主な使命は、多様な信心を許容し、あらゆる思想を守り、互いに干渉させない事だ。


 今や魔導レギオンは、世界で唯一教会の異教徒狩りを阻む事ができる勢力である。


 その組織の頂点に立つ人物が鎮座する総帥室で、これからとある密談が行われようとしていた。


 本棚と書物だらけの簡素な室内に、小さくノック音が響き渡る。


「……入れ」

「失礼しますわ」


 軽く会釈をしたあと、堂々とした態度で入ってきたのは、貴族然とした金髪蒼眼の少女だった。


 その切れ長の瞳と、整った顔立ちは、どこかの国の姫だと言われても、誰も疑わぬだろう。


 彼女の名は、フレア・ブランディエリ。ロクと同じ隊に所属していた、後輩にあたる魔導士である。


「うむ。早速だが報告を」


 椅子に掛けたまま、まっすぐにフレアを見据えるのは、綺麗に白髪を結わえた、老年の女性だった。


 ルマ・ドレイク総帥。


 魔導レギオンを率いる頂点であり、自身も超一流の魔導士である。


 フレアの三倍は生きているであろうその瞳に一切の揺らぎは無く、一片の感情も読み取る事ができない。


「先輩は、ヴォラス王国のどこかに潜伏している、というところまでは突き止めましたわ。そのお姿までは拝見していませんが間違いないかと」


 魔導レギオンは、先の戦で魔神をその身に宿したとされる、一人の魔導士を探している。


 あの日、奇跡的に生き残った魔導士たちが、次々とレギオンに帰還していく中、ロク・バックスフィードだけが、行方をくらませていた。


「ヴォラス? またとんでもなく北だな。だがまあ、しっかりレギオン加盟国に潜んでいたのは、さすがと言うべきか」

「もちろんですわ。私の愛する麗しき先輩ですもの。すべてが考え通り。すべてがパーフェクトっ。ああ、早く先輩のかぐわしい香りをくんくんしたいですわ……」


 フレアは、頬を染めながら、どこか遠いところに視線を向ける。


「……続けてくれるかね?」


 ルマ総帥は、呆れるような顔で話の催促をする。


「……ああっ、失礼しました。魔力を使えなくなっているとは言え、先輩の感覚は野生の魔獣並みです。しっかりと外堀を埋めてから行動に移りますわ」


 ロク・バックスフィードに対しては、見つけ次第身柄を拘束するという案件になっている。


「……まあ、奴の事だ。下手な真似をするとは思えないが、あくまでも教会側に勘付かれぬよう、細心の注意を払ってくれ」

「ええ。抜かりなく」


 レギオン側は、邪竜討伐戦においての裏切りを知ってもなお、教会側を糾弾できずにいる。


 それは、二つの勢力の間には圧倒的な戦力差があるため、下手に追求して事を荒立てるわけにはいかないからだ。


 魔導レギオンは、じっくりと淡々と事を運ぶ構えだ。


 今は苦汁をなめ、高位聖職者などに鉱山の利権を流したりする事で、その均衡を保っている。


「……それで、魔女の方はどうなっている?」

「ダメですわね。一向にその尻尾すらつかめていませんわ」

「ま、そうだろうな。そう簡単に見つかれば、教会も苦労しないだろう。だが、あやつが生きている限りは、捜索を続けてくれ」

「もちろんですわ」 


 見つかる筈がない。フレアは、同調するような笑顔の奥でそう思っていた。


 魔女の魔力は特殊な波長なので、術式を使用すれば、すぐに教会の探査魔法の網に引っかかってしまう。


 それに魔女は短命だ。見つかれば教会に殺されるし、術式魔法の構築中にもよく死ぬ。更には、召喚した魔神に殺されることも珍しくない。


 だからと言って、魔女の姿を見るのが不可能というわけではない。


 実際には町娘に扮していたり、酒場の女将として夫が居たりと、様々な擬態をして世界に溶け込んでいる。


 その目で見ていたとしても、それを魔女として認識する事ができないのだ。


 故に、教会は疑わしきを皆殺しにする。その死体の中に魔女が居たのかさえもわからないほどに。それが、魔女狩りの末路である。


 以前に一度、レギオンに仕事を依頼してきた魔女が居たが、最後までその姿を晒す事は無く、使い魔を通しての事だった。


 だが、魔女ならばロクを救える可能性があるのも事実だ。


 彼女たちは、世界の理に手を伸ばす連中であり、禁忌の術式を生み出した張本人でもある。


「それで、魔法印の状態はどうなんだ?」

「あの日から逆算して考える限り、何か特別な状況さえなければ、まだ余裕がありますわ」

「……ふむ。例えば、明日紅夜が来たとしても?」


 紅夜とは、土地の魔脈から発生する魔力粒子が、異常な濃度になる夜の事だ。


「……もちろん。その可能性も考慮した上での見解ですわ」


 フレアは、しれっと嘘をついた。


「……そうか」


 ルマの見透かすような瞳が体を突き抜けるようだった。


 だが、フレアもそれに怯むような性格ではない。


「それでは、引き続き調査を続けます。報告は、また追って行いますわ」


 フレアは、返事を待たぬまま踵を返す。


「待て。フレア・ブランディエリ。一応、魔導レギオン総帥として聞いておきたい。万が一の場合に、魔導士として奴をどうするのか」


 フレアは、総帥に背を向けたまま、顔をしかめて胸中で特大の舌打ちをする。


「それは、決まっていますわ」


 しかし、くるりと振り返った時には、凛とした表情に薄い笑みを浮かべていた。


「いよいよになった時は、先輩は……ロク・バックスフィードは、私が殺します」


 それは、最も魔導士らしい、感情を抜いた明確な答えであった。


「うむ。その言葉、確かに預かったぞ」

「……それでは、失礼しますわ」


 フレアは、総帥室の扉を後ろ手に閉めると、今度こそ大きな舌打ちをする。


「クソババアっ」


 本音がこぼれる。


 フレアは、美少女然とした容貌に似合わぬ悪態をつくと、ロクへの想いを胸に、再び北の地へと向かったのだった。

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