第17話 魔導士は結局幼女を笑顔にする。

「おいっ、聞いたかっ? 今年は竜もあるみたいだぞっ」

「おおっ、ついに来たかっ!」


 学校を終えたこどもたちは、北区の小さな倉庫内で、帰り際のささやかな談笑を楽しんでいた。


 今、彼らの話題に上がっているのは、毎年街の中央区で開催される、武闘会の参加賞だ。


 初めは何の変哲もない棒付き飴だったのだが、今では様々な動物を模した、かなり完成度の高いものとなっている。


 出場した親が、応援してくれたこどもにあげれるようにと、職人が細工を凝り始めたからだ。


 その結果、こどもたちは、親の腕試しなどそっちのけで、応援よりも飴の方に気を取られるようになっていた。


 わいわいと盛り上がるこどもたちの中で、その話題に入れず、小さくため息をもらす者が居る。


 アビスだ。


 彼女には、武闘会に参加する親が居ない。


 アビスは、尻尾と耳を萎れさせて、帰宅の準備を進めながら想像する。


 たくさんの種類の動物飴……その中には、うさぎのもあるだろうか。そんな事を考えると、余計に虚しくなった。


「おーっ、アビス。帰ろうぜっ」

「帰ろ~」


 アビスを気遣ってか、早々に話を切り上げた、テッドとウィズが声をかけてきた。学校が終わったあとは、二人に送ってもらうのが決まりとなっている。


「うんっ」


 考えなければいい。アビスは、無理矢理に動物飴の事を頭から追い出し、ロクの待つ店へと歩き出した。


 だが、そうは言っても、簡単に割り切れるものではない。アビスは、二人に話しかけられても、どこか生返事で、元気なくとぼとぼと歩いていた。


「なあ、アビスも飴欲しいんだろ? いちりゅーに頼んでみろよ?」


 そんな雰囲気を察してか、隣を歩くテッドが何でもないように提案する。


「ロクにお願いは……だめなの」


 アビスは、ぶんぶんと首を大きく横に振った。


「どうして? ちゃんと話せば、いちりゅーさん出てくれると思うよ?」


 ウィズも、ずっと落ち込んだ様子のアビスを気にかけていた。


「……へーきっ」


 先日、材料屋で行なわれた臨時学校が終わったあと、ロクはずっとしかめっ面をしていた。


 実際は、リコベルに「こどもに囲まれて嬉しそうだったわよ、ロク先生」と、からかわれたからなのだが、アビスは自分が学校をやりたいと言ったせいだと思い込んでいた。


 ロクには、ただでさえ美味しいご飯を食べさせてもらっているし、暖かい寝床も用意してくれる。


 アビスは、これ以上ロクに迷惑をかけるわけにはいかない、と考えていた。


「おっし。今日はこのあと遊びに行くか?」


 しばらく、難しい顔で隣を歩いていたテッドが、思いついたかのように、そう切り出した。


「そうだねっ。まだご飯までは時間あるし、アビスちゃんの好きな棒飛ばしやろうよ?」

「うんっ」


 二人のおかげで少し元気を取り戻し、北区の狭い路地を歩いて行くと、ちょうど店の前で荷降ろしをしているロクと目が合った。


「ん。もう、そんな時間か」


 ロクは、こどもたちに気付くと、体をひねるように伸びをして、つぶやくようにこぼした。


「……ちょっとだけ、テッドとウィズと遊んできてもいい?」


 アビスは、飴の事を悟られぬよう、咄嗟にロクから目を逸らし、小さく口を開く。


「構わないが……」

「行って……きます」


 ロクは、どこかいつもと様子の違うこどもたち三人を見送って、怪訝に思った。


 学校で何かあったのだろうか。そんな事を考えながら、最後の荷を運び終えると、視界の端に赤髪の少女が映った。


「おっす~。アビスちゃんは?」

「ちょうど遊びに出たとこだ」

「そっか……大丈夫そうだった?」

「何がだ? やっぱり何かあったのか?」

「う~ん……それがさぁ。今度、中央区で武闘会があるんだけど、その参加賞がこどもが喜びそうな棒付き飴でさ。出場した親がこどもにあげるのが慣例になってんのよ」

「武闘会?」

「あんたさ、出てあげれば?」

「……飴なんて屋台で買えばいいだろ?」

「わかってないわね。こどもってのは、そういう特別な時にもらえる特別な物をありがたがるもんなのよ」

「そんなこと言ったって俺は材料屋だぞ。そんなに言うならお前が出ればいいだろう」

「武闘会の参加条件は冒険者以外で、魔力と武器の使用も禁止なのよ」

「……それでか」


 ロクは、リコベルの話を聞いて昨日の事を思い返す。


『中央区で催される武闘会に出てみませんか?』


 昨夜、ロクのところに、そんな誘いが来た。


 ロクは、なぜ材料屋にそんな話が? と不思議に思い、何かの勘違いだろうと取り付く島もなく断ったのだ。


「まっ。カッコ悪いとこ見せたくない、あんたの気持ちもわかるけどさ。アビスちゃんの気持ちも考えてあげなさいよ?」


 リコベルは、そんな無責任なことを言って、どこかへ行ってしまった。


 つい先日も、なし崩し的に学校を許したばかりだ。


 それに、武闘会なんて面倒臭そうなもの、絶対に出たくない。


 やはり、こればっかりはダメだ。しばらく、作業をしながら考えてはみたが、答えは変わらなかった。


 街で適当に、それっぽい物を買ってやればいいだろう。 


 ロクは、麻袋を肩に背負って、中央区へ歩いて行く。今日は、このあと付き合いのある商会へ商品を納めに行かなくてはならない。


 街は夕陽に染まり、そろそろ小さな狼が、腹を空かせる頃だろうか。


 そんな事を考えていると、飴がもらえなくてしょんぼりと耳を垂れさせるアビスの顔が浮かんでくる。


 だからダメだって、と頭を振って歩いて行くと、中央区へ続く北区の通りで、アビスたちの姿が視えた。


 武闘会の事など知らない体でいこう。


 そう心に決めて近付いていくと、通りを挟んだ向こう側に、商会のこどもと、その用心棒と思しき大柄な男が居るのに気付いた。


「あっ! あくまつきだっ!」


 坊主頭のこどもがアビスに気付くと、指をさしてくる。


「ぼっちゃん。あのような者たちと関わってはなりませんぞ」

「だって、あいつらは悪い奴らなのに、ママがやっつけてくれなかったんだ。きっと卑怯なことしてるんだよ。明日の武闘会でやっつけてよ?」

「あの北区の材料屋ならば出ないそうですよ。とんだ腰抜けです」

「じゃあ、動物飴もらえないんだっ!」

「やーいっ、腰抜けの悪魔憑きーっ!」


 商会のこどもたちは、用心棒が一緒に居る事もあり、気を大きくして悪口を言ってくる。


「このっ」

「だめだよっ、テッド」


 感情に任せて、向かっていこうとするテッドをウィズが止める。


「ささっ、奥様がお待ちですので」


 買い物袋をたくさん持った大男の用心棒に促され、商会のこどもたちは、街の西区へと消えていった。


「あほっ! うんこっ! とつぜん体の内側から爆発してしねっ!」


 テッドは、さっきまで用心棒と商会のこどもたちが居た方へ向けて、毒を吐いた。


「アビスちゃん。気にしたらダメだよ?」

「……うん」


 アビスは、忘れようとしていた事を蒸し返されて、悲しげに俯いてしまった。


 その一部始終を建物の影から目撃したロクは、舌打ちすると、アビスたちに声をかけることなく、足早にどこかへと向かって行く。


 やがて、たどり着いた広場には、武闘会の予選用だろうか、円形のステージが幾つも並べられていた。




 その少し先に、野営テントの下で行き交う人々をぼんやりと眺める男が居る。


 男は、もうじき締め切り時かな、と思っていると、不意に一人の青年が向かってくるのに気付いた。


 あれは確か……北区の材料屋だ。昨日、武闘会の誘いを断られた相手である。


「……はい?」


 無言で目の前に立ち尽くす青年に、男は言い難い圧力を感じていた。


「あの……」


 男が困ったように口を開くと、青年は突如、くすんだ銅貨を数枚テーブルに置いた。それは、ちょうど武闘会の参加料と同額である。


 そして、その青年は相変わらずの無愛想な顔で、バツが悪そうに頭を掻くと、こう言った。


「材料屋、ロク・バックスフィード。エントリーだ」



 ――翌日。



 アビスは、よくわからないまま、リコベルたちに連れられて、武闘会の開かれる街の中央区へ来ていた。


 ロクは用事があるとかで、朝早くから出かけており、テッドとウィズを含めた四人だけである。


 凄まじい人混みに目を丸くしていると、偉そうな人たちの挨拶のあとで、すぐに武闘会の予選が始まった。


「頑張って応援しようね?」


 アビスは、リコベルに言われた意味が一瞬わからなかったが、すぐにテッドたちの親の事だろうと察した。


「うんっ!」


 だが、控室代わりのテントから出てきた出場者を見て、アビスは口をぽかんと開けたまま固まってしまった。


「一回戦、ロク・バックスフィード対――」


 そこには、ロクの姿があったからだ。


「リっ、リコっ!?」

「うん。ロク出てるねっ。参加賞の飴は、アビスちゃんかなぁ?」


 リコベルは、アビスを驚かそうと思って内緒にしていたのだ。


「っ!」


 アビスは驚きと嬉しさが入り混じる目で、ロクを見つめる。


 一方ロクは、ステージの上から、冒険譚の英雄を見るような目でこちらを見てくる幼女を捉えていた。


 ロクとしては、参加賞の飴が目当てなので、適当に負けるつもりだ。


 だから、そんな目で見られても困る。そう思っていたのだが、ステージに上がってきた対戦相手を見て、気が変わった。


「ほほう? 逃げなかったようだな、材料屋」


 そいつは、アビスに悪口を言ったこどもたちの用心棒だった。

(……こいつにだけは負けたくねえ)


 ロクは、当初の予定を変更して、集中力を高めていく。


 審判から簡単にルール説明を受けたあと、怪我をしないように、大会運営の冒険者から、衝撃吸収のバリア魔法がかけられた。


 勝利条件は、相手が降参するか、場外へ出すか、バリア破壊のいずれかだ。


「はじめっ!」


 試合開始と同時に、ロクに怒涛の攻撃が降り注ぐ。魔力なしの戦闘では、その体格差は大きなハンデキャップになる。


 それに、ロクの見立てでは、この大柄な男は元冒険者だ。


 ロクは、防戦一方になりながら、静かに機を伺っていた。


 だが、見る見るうちにロクのバリアは剥がれていき、次の一撃をくらったら負けというところまで追い込まれていく。


「ぼっちゃんたち、見ていてくださいっ!」


 用心棒の男は勝利を確信し、その一撃を繰り出した。


 その刹那。


 ロクは、大振りになった拳を受け流し、勢いを殺さぬまま手首を取ると、そのまま背負うように投げ飛ばしてしまった。


 用心棒の大柄な体が、場外へ落ちる。


「しょっ、勝者、ロク・バックスフィード!」


 その勝ち名乗りを聞いた瞬間、リコベルたちはわっと歓声をあげる。


 ロクは、貴婦人にどやされる用心棒を見て溜飲を下げると、続く二回戦は、予定通りあっさりと負けてしまった。


「こちらでお待ちくださ~い」


 ロクは、敗者の列に並び、お目当ての物を探す。一応は、棒付き飴か葡萄酒かを選べるようになっているらしい。


「葡萄酒ですか?」

「いや、飴をもらう」

「どちらの飴にしますか?」

「うさぎのをくれ」

「これでいいですか?」

「いや、違う。そっちのもっと耳がピンとしたやつを……」


 ロクは、意外とこだわりを持っていた。


 飴を受け取り、目的を果たしたロクは、リコベルたちの居る方へ向かっていく。


「おつかれ~。まあ、しょうがない、しょうがない。最初の奴倒しただけすごいわよっ。なんなのあの技は?」

「いや、必死でよく覚えてない。ただのまぐれ勝ちだ」


 ロクは、とぼけてはぐらかすと、リコベルの影に隠れるちっこい奴に気付いた。


「……ごめんなさい」


 アビスは、何故か今にも泣き出しそうな表情で俯いている。


「どうしたんだ、こいつは?」


 ロクは、予想外の反応に首を傾げる。


「アビスちゃんね、自分の飴のせいで、あんたがいっぱい叩かれて死んじゃうと思ったんだって」


 アビスはそもそも、武闘会が何かわかっておらず、こんな事なら飴なんかよりも、ロクが叩かれない方がずっと良かったのだ。


 迷惑をかけないようにと思っていたのに。そんな自責の念が、アビスの中に渦巻いていた。


「あー、別にお前のために出たわけじゃない。最近運動不足だったからな。体を動かしたかっただけだ……わかったか?」

「うんっ。わかった……」


 もう、ひと押しか。ロクは、更に続ける。


「それに、魔法がかかっていたからな。どこも痛くない」


 ロクは、アビスを安心させるように、両手を広げて見せた。


「……ほんと?」

「ああ、本当だ」


 それを聞いて、アビスはほっとする。


「それで、こいつは……そのついでだ。お前にやる」


 ロクは、アビスにそっぽを向きながら、うさぎの飴を差し出した。


 アビスはロクの手から、そっとそれを受け取ると、その精巧な作りに感激し、一気にぱあっと笑顔を取り戻した。


「ロク、ありがとうっ!」


 結局、なんだかんだと言っておきながら、アビスの笑顔ひとつで、ロクの面倒事は報われてしまったのだった。





 ――帰り道での蛇足的な余談。


リコ「アビスちゃん飴よかったね~」

アビ「うんっ! このうさぎさんは、すっごくかわいいっ」

ロク「……」

リコ「さすがは、熟練の飴職人が作ってるだけあるよね。やっぱりすごくおいしい?」

アビ「ん? あんまりおいしくないよ?」

ロク・リコ「「えっ!?」」

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