(5)

「勝山さん、ご足労ありがとうございます。杉田さんから旅行の話だと聞かれてると思いますが、私がお話するのは観楓会のことではありません」

「え?」


 おばあちゃんが、きょとんとした。


「私は、中村探偵事務所の中村操と言います。ここで外部にお話が漏れることはありませんので、単刀直入に伺います。脅迫されてますよね?」


 真っ青になって俯いたおばあちゃんが、しばらくしてから小さく頷いた。


「相手は一人じゃないでしょう?」

「……はい」

「何人出入りしてます?」

「上がり込むのは……三人です」

「いつも同じ奴ですか?」

「同じ……です」


 なるほど。陽動部隊や見張り役のような端役と、脅迫に携わる中心メンバーとが分かれれて、実行犯は固定ということなんだろう。


「何を言われてます?」

「海外旅行に……一緒に来い……と」


 !!! そう来たか!


 壷や掛け軸みたいなガラクタを法外な値段で買えと、そういう手口かと思っていた。売買契約なら、その正当性をどうにでも強弁できるからな。だが売買の場合はクーリングオフ制度もあるし、被害者が生きている限りそこからどう足が付くか分からない。


 旅行はそうじゃない。単なる詐欺や強請りではなく、被害者を海外に連れ出して、日本の司法の直接及ばない場所で事故や病気を装って消すことを前提にした、完全犯罪狙いだ。


 緻密な計画の割に陽動が多いってこと。それは……連中の中に、くっきりと切り代があるということだろう。万一捕まっても、微罪ですぐに放免されるだろう陽動部隊と、表に一切出ない監視部隊が数人。おばあちゃんのところで脅迫の力技を担う強持てが二人。そして、その総指揮に当たるブレイン。


 とんでもない大物が……引っ掛かったな。


「分かりました。ええと、おばあちゃんのところに出入りしてるのは相当厄介な連中で、今の段階では警察が入りようがないんです」

「なぜですか!?」


 おばあちゃんが悲壮な表情で叫んだ。


「あなたの訴えが、警察でまともに受け付けてもらえない可能性があるからです。暴行されていれば別ですが、言葉で脅されているだけですよね?」

「は……い」

「録音してあるとか、証言者がいるという状態じゃないと、言った言わないの話で止まってしまいます」

「……」

「もし警官がおばあちゃんのところに来ても、その時に連中がいない限り何も出来ない。そして、連中が来ている時にはおばあちゃんは怖くて誰にも助けを呼べない」

「うっ……うっ……」


 おばあちゃんは、泣き出してしまった。


「連中は、おばあちゃんにいつまでに返事しろって言ってます?」

「……。今日。今晩が期限で……」

「間に合ったか……」


 ふう……。


「ねえ、おばあちゃん」

「はい」

「その連中、たぶんおばあちゃんが最初の標的じゃないと思う。相当場数踏んでる札付きだと思います。私一人じゃとても太刀打ち出来ない。私は警察官でも、検事でもないから」

「……」

「でも、このままならおばあちゃんは消されます。もしここでおばあちゃんがどこかに避難しても、おばあちゃんに顔を知られてる連中は必ず口封じに来るでしょう」

「ひ……」

「怯えてる場合じゃないです!」


 そらあ、怖いと思う。でも、ここで博打を打たないと事態を打開出来ない。おばあちゃんには根性を据えてもらわないとならない。


「連中はおばあちゃんの家に来たら、鍵をかけろ、誰が来ても出るなと命令してるでしょ?」

「……はい」

「私に合鍵を一本預けてください。連中がいるところに乗り込みます」

「え!?」

「おばあちゃんを脅迫してるっていう事実を私が見れば、私が証言者になれますからね」

「いいん……ですか?」

「いいも悪いもありません。連中にぼろを出させるような博打を打つしかないんです」

「……」

「私は見ての通り、ひょろひょろがりがりの痩せっぽちで、腕力はからっきしです。おばあちゃんを守って立ち回ることは出来ません」

「う」

「強持ての連中とやり合っても、絶対に勝てやしません。でも連中の足留め役は出来ます。私が合図したら勝手口からすぐ逃げられるように、肝っ玉だけはしっかり固めといてください。腰を抜かしたらあの世行きですからね!」

「うう……」

「全速力で、逃げてくださいね」

「分かり……ました」


 おばあちゃんから連中の人相を聞き出して、それを丁寧にメモる。連中の手口が前にも使われたものなら、人相と合わせて江畑さんが犯人グループの目星を付けられるかもしれないからね。


 俺は、おばあちゃんに旅行のパンフレットを渡した。ここで観楓会の打ち合わせをしたというつじつまを合わせるためだ。国内旅行の紅葉が美しいパンフ。俺は、それをじっと見つめる。旅行なんざ、こんなので充分さ。冥土の旅なんてのは、しゃれになんないよ。


◇ ◇ ◇


 おばあちゃんを家の前まで送って、陽気に挨拶して別れた。それから一度旅行代理店の店舗に入り、そこのトイレを借りて着替える。俺も変装だ。店の裏口からこっそり出た俺は、街中のとある工房に立ち寄った。


「柴崎さん、こんにちはー」

「お? みさちゃんじゃないかあ! 久しぶり! すっかりご無沙汰だな」


 声を掛けてくれた顔中毛むくじゃらのおっさんは、ガラス工房レティスのご主人だ。ひろと結婚したばかりの頃、たまたまふらっと立ち寄ったこの店の吹きガラスの実演が面白くて、ひろと二人で何度か実習を受けたことがある。ほとんど二人別々の生活をしてる俺たちにとって、数少ない一緒の時間を楽しめた場所だ。もっとも、最近はすっかりご無沙汰になっていた。


「済みません。ひろも完全に仕事モードになっちゃってね。部長になってからは、俺以上の仕事人間ですよ」

「はっはっは。ひろちゃんもやり手だからなあ。で、今日はどした?」

「ああ、柴崎さんに作って欲しいものがあって伺ったんですよ」

「なんだ? ペアグラスかなんかかい?」

「いえ……」


 ふう……。


「ルパート王子の涙、です」


◇ ◇ ◇


 工房でブツを受け取った俺は、その足でネットカフェの個室に入って、電話で江畑さんにおばあちゃんからの聞き取り情報を伝え、今晩の計画を詰めた。相手の出方がその時にならないと分からないってのが辛いところだが、それに万全に備えている時間がない。なにせ、連中のXデイが今晩なんだ。それにぶっつけ本番で挑まないとならない。打ち合わせを終えた俺は、手帳を畳んでしばらく目を瞑り、わんこの顔を思い浮かべた。


「なあ、わんこ。俺は、今度はしくじらねえぞ。おまえに出来て、俺に出来ないはずはない」


 がんっ!! テーブルを拳で殴りつけ、気合いを入れる。


「よおしっ!」


◇ ◇ ◇


 おばあちゃんの家は豪邸ではないが、それなりに広さがある。庭をきれいにしていて、あちこちに木立ちや植栽があり、昼間はきれいなんだろうが、夜間は死角が多い。外から家の中が丸見えにならないのはいいが、こういう時は物騒だ。


 今晩、連中はおばあちゃんの家の周辺には見張り番を置いていないだろう。昼間はともかく、夜間に来客がないことは佐々木さんにすでに確かめさせていると見た。だから見張りの役目は、万一ばあちゃんが家の外に逃げた時にそれを捕まえて家に連れ戻すことだ。つまり、連中は外のことは気にしていない。事の最中に闖入者があるということは想定していないんだ。そこに、俺の唯一にして最大の優位点がある。

 ただ。連中が手慣れていれば、第三者の乱入に慌てるのは初めのうちだけだろう。それが警察なら話は別だろうが、警察が踏み込む理由はまだ何もないからな。


 俺の格好はさっきと同じ。旅行代理店の社員の格好だ。さっきと違うのは……俺が両手に革手袋をはめているということだけ。


 俺はおばあちゃんの家のすぐ近くにある設計事務所の所長を拝み倒し、社屋の三階の一室を時間借りした。そこでおばあちゃんの家に入るやつがいないか、監視を続けた。


 夜七時。戸外が完全に闇に沈んでから、連中が動き出した。夜影に紛れて、一人また一人とおばあちゃんの家の門扉を開けて、庭に入り込んでいく。最初に入るのは見張り役だろう。それが四人。


「やっぱりな」


 その後しばらくして、小柄な男が一人。そして屈強なボディーガード風の男が二人。おばあちゃんの家の玄関扉をこじ開けるようにして、中に入って行った。七人、か。俺は江畑さんにメールでゴーサインを出す。


『行きます』


 返事が来る。


『こっちも準備オーケーだ』


 よし!


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