(4)
「江畑さん……ちょっと人払い……出来ますか?」
「……こっち来い」
俺の緊迫した雰囲気を察知した江畑さんが、俺の前をさっさと歩き出した。急いでその後ろを付いていく。会議室の一つに俺を押し込んだ江畑さんが、単刀直入に切り
出した。
「みさちゃん。何かヤマか?」
「俺はそう思ってます」
「なんだ?」
「恐喝ですが、狙われているのはたぶん資産家の独居老人です」
「うむ……」
「発端は全然違うところなんですよ。オトナの二人組が小中学生相手にかつあげをやってる」
「はあ!?」
江畑さんがのけぞる。
「それと、さっきのとがどう繋がるんだ?」
「そのかつあげ。明らかに変なんですよ」
俺が尻ポケットから手帳を引っこ抜くのと同時に、江畑さんも手帳を引っ張り出した。
「続けてくれ」
「はい」
俺は手帳に引っ張ったたくさんの赤線を目で追いながら、話を進める。
「かつあげってのは、ガキがやる犯罪シミュレーションです。力で相手を屈服させる。それで反撃出来ないようにして、相手のカネを巻き上げる。強盗と同じですが、ガキのすることですからもっと反射的で、雑ですよね?」
「ああ、そうだな」
「普通は、必ず暴力被害にあった子が出ます。それが……いないんです」
「ない!? ないって……そんなバカな!」
「ですよね。でもないんです。本当に恐喝だけ。つまり、その恐喝に屈しそうにない子は最初からターゲットにしていないんです」
「なぜだ?」
「事件化させないためです。暴行被害者が出た時点で、事が大きくなる。地域の些細な問題では済まなくなるから」
「……」
「おかしいのはそれだけじゃないです。標的になっているのは小中学生だけ。そして加害者は、どうも高校生ではなく大人らしい」
江畑さんが、目を白黒させる。
「おいー。そらあまるっきり訳が分からんぞ」
「ですよね? 大人がかつあげの上がりを狙うには、カネを持ってない小中学生は論外ですよ。学校の防犯対策もすぐに動くんだし」
「ああ」
「でも『脅し』の効果は、加害者が高校生とオトナとじゃ天と地ほどの差があります」
「!!!」
江畑さんが、手帳をばんと叩いた。
「なるほどっ!」
「つまり、学校や生徒が警戒しているにも関わらず犯行を止めない理由は、金銭が目的ではない。子供たちに恐怖心を植え付けるのが目的じゃないかと」
「だが、それじゃ単なる愉快犯じゃないか。連中のメリットが何もない」
「いえ、必ずしもそうじゃないんですよ」
「え?」
「俺は、犯人たちが上がりのない学生のかつあげにこだわるのは、陽動だと見てます。学生が怯えている限り、地域も警察もそっちを注視しないとならないから」
「む。じゃあ、本当の標的が」
「そう。それが、さっき言った独居老人なんじゃないかと。子供と同じように脅迫に弱く、子供と違ってお金を持っていますから」
「うーむ」
「ただ、お年寄りへの脅迫は子供相手に比べてテクニックが要ります。手を上げれば事件化してしまうのは、子供相手の時と同じです。暴力を使わずにお年寄りを屈服させて、そのカネを巻き上げるには時間がかかる」
「ああ、それで……」
「そう、子供たちへの軽微な加害を見せ続けて、住民の意識をそっちに向ける。それでなくても目の届きにくいお年寄りへの注意を逸らしてしまうのが目的じゃないかと」
「だけどよ」
江畑さんが、首を傾げた。
「それでも、脅迫者の動きは外に漏れるだろう? 子供たちへの対応で派出所の連中が動いてるんだろうし」
「そこなんですよ」
「ん?」
「連中が、しょうもないかつあげをじみじみと続けているもう一つの理由」
「うむ」
「警官の監視です」
「はあ?」
「警官が抱き込まれてるんですよ。その警官が捜査情報を漏らし、かつあげしてる連中をあえて逃がしてる」
がたっ! 血相を変えて江畑さんが立ち上がった。
「なんだってっ!? そ、そんなバカなっ!!」
「いえ、そう考えないとつじつまが合いません」
「何か証拠は?」
「子供たちが被害にあった時に、交番に電話したのは一回じゃありません。被害が出始めてから、管轄の派出所で町内のパトロールを強化しているのも事実です」
「うむ」
「にも関わらず、被害は一向に減ってない。実効がない。何せ派出所の署員二人が犯人を目撃すらしてない。それは……あまりにおかしくないですか?」
「……」
「犯人が出没しそうなところを交替で見回れば、必ず彼らを目にする機会があるはずです。見たことないなんて、ありえない。絶対にありえない!」
「巡視の情報が連中に漏れてるってことか……」
「そうです。さっき派出所に寄って、まだ勤務し始めたばかりの若い巡査さんに話を聞いたんですけど、このあたりの地理にまだ不馴れな彼は、巡視のルートをベテランの佐々木巡査に決めてもらってます」
「……」
俺は、思わず溜息を漏らしてしまう。
「佐々木さんが、連中に弱みを握られたか、たらしこまれた。それしかないでしょう。これだけ連中の出没頻度が高いのに、警察でその足取りも正体も掴めないなんてのは、内応者なしではありえないんですよ」
「ああ……」
「それに、派出所の署員は独居老人の安否チェックも担ってます。脅迫者がお年寄りの近くに張り付いてしまえば、どうしても周囲の住民に怪しまれますが、監視者が警官ならその心配はない」
「あ!!!」
江畑さんの驚きようは半端じゃなかった。その手からボールペンが転がり落ちて、床で跳ねた。
「もし脅迫されてるお年寄りがそのことを届け出るにしても、窮状を訴える先は顔馴染みの佐々木さんですよね? お年寄りはお巡りさんが何とかしてくれると思って、安心してしまいます。ですが、当然その訴えは佐々木さんによって握り潰され、上部に伝えられることなんかありません」
「……」
「それだけじゃなく、お年寄りが脅迫の事実を外部に漏らしたことが、犯人グループに筒抜けになる。それは、新たな脅迫ネタになりますよね? おまえ、俺たちのことをチクりやがったなって」
「そうか……」
「そうしたら、お年寄りは自分が常に監視されていると思い込み、恐怖が倍増します。被害を訴える気力がなくなって、犯人グループに完全に囲い込まれてしまいます」
「なんて……こった!」
江畑さんが、手にしていた手帳を机に叩き付けた。
「もし、連中の動きを署の方で嗅ぎ付けて取り締まりしようとしても、その情報は佐々木さんから連中に漏れる。摘発は空振りに終わるでしょう」
「世も……末だな」
「ですが、それが現実です」
「……」
「かつあげには、佐々木さんの行動を監視するという目的もあったんです。もし佐々木さんの裏切りがあったら、お年寄りから全財産巻き上げるっていう計画が途中で頓挫してしまいますから」
「そうか……」
「つまんないかつあげで住民の関心をそっちに向けるとともに、佐々木さんの行動監視をし、警察の捜査情報を入手して万一に備える。それが連中の作戦なんでしょう」
「うーん……。だが……厄介だな」
江畑さんの表情は冴えない。そう。確かにめちゃめちゃ厄介なんだ。標的になっているのは、気が弱くて言葉の暴力に耐性のない、おそらくは高齢の女性。俺たちのことを漏らせばぶっ殺すと言われれば、怖くて被害を訴え出ることなんか出来ないだろう。被害届が出てなくて、暴行のように目で見える形の証拠がない状態なら、犯罪行為の実証が難しい。言葉だけの脅迫では、摘発までなかなか踏み込めないんだ。
「俺もいろいろ考えて見たんですが、これはどう考えても正攻法では無理です。子供たちへのかつあげと同じように、お年寄りに対しても暴力抜きの脅迫が行われているでしょう」
「ああ」
「踏み込んでそいつらをふん縛っても、言った言わないの話じゃ何も証拠にならない。仕切ってるやつが、相当頭がいいんだと思います」
江畑さんが、苦悶の表情を浮かべた。
「物証が何もないんじゃ……苦しいな」
「でしょ? でもこのままなら、まんまと食い物にされてしまうお年寄りが出る。俺はそれだけは絶対に避けたい!」
「みさちゃん、何か策があるのか?」
俺は身を乗り出す。
「連中をはめましょう」
「どういうことだ?」
「警察は、囮捜査はまだ出来ないですよね? ですが、俺は民間人です。俺が連中をフックします」
「そ……か。だが……いざとなれば向こうさんから何が飛び出して来るか分からないぞ?」
「それは覚悟の上です。俺は……」
自分の額に血管が浮いたことが分かった。
「この前の子みたいな人を……二度と出したくないんですっ!」
「分かった。狙われているご老人は判明しているのか?」
「まだ確かめていませんが、一人だけ連中の標的にされていそうなご婦人がいるのを把握してます。資産家の未亡人の方ですね」
「なぜその方が被害を受けてるって分かるんだ?」
「老人会の会員の方に、その方の動向を聞いたんですよ。最近急に元気がなくなった。怯えてるってね」
「さすが、探偵さんだな。情報網が広い」
「俺らも、じいちゃんばあちゃんにはお世話になってますから」
「なるほどね」
江畑さんはちょっとだけ笑って、その後すぐに厳しい表情に戻って立ち上がった。
「脅迫の中身が知りたい」
「俺が直接その方に当たって、脅迫の事実があるかどうか、あれば連中の手口が何かを確かめます」
「頼む。事実確認出来たら、ホシの当たりを付けてその後すぐに作戦を練ろう」
「はい!」
◇ ◇ ◇
江畑さんのところで粗々の段取りを決め、その後ひろを見舞いに行った。ひろは、あの後ぐっすり眠れたようで機嫌がよかった。
「あ、みさちゃん。眠れた?」
「まあな」
寝てる暇なんざ、まるっきりなかったが。
「もう授乳はしたのか?」
「したした! もう感動よう!」
「わはは。これから、夜中でも腹減ったーって隼人に起こされるようになるからな。感動してもいられんぞ」
「ううー、そうよねー」
「ああ、そうだ。明日な、ちょいヤボ用でこっちに顔を出せん。済まんな、一日だけ我慢してくれ」
「え? 何かあったの?」
「……」
俺の険しい表情を見て、ひろが察したらしい。
「何か……事件?」
「ああ。俺が親父になって最初のヤマだ。しかも……でかい。息子のためにも、ここで絶対にしくじるわけにはいかない」
「気を……つけてね」
ひろが、心配そうに俺の顔を見つめた。
「さんきゅ」
◇ ◇ ◇
産院からの帰りに正平さんのところに寄って、正平さんのところから勝山さんていうおばあちゃんを、老人会の会合場所である公民館に呼び出してもらった。観楓会の打ち合わせをするという名目で。そのシチュエーションに齟齬が生じないよう、めったに着ない背広に袖を通し、ネクタイを締め、伊達眼鏡をかけた。旅行会社のパンフレットをたんまりバッグに詰め、偽の社員証を胸につけた。
俺は勝山さんを出迎えるという状況を作って、途中からおばあちゃんに付き添う形にした。おばあちゃんの護衛のためじゃない。おばあちゃんを監視している視線を確認するためだ。案の定。あちこちから視線を感じる。少なくとも四人以上居るな。かつあげコンビだけじゃない。それ以外にも、メンツがいるってこと。明らかに組織されてる犯罪集団だ。
当たり障りのない話題をおばあちゃんに振ったが、おばあちゃんは上の空だ。無理もない。
おばあちゃんを公民館の談話室に案内して、そこでジャマー(妨害電波発生機)を動かす。おばあちゃんの持ち物に盗聴器を仕掛けられていて、ここでの話が筒抜けになったら一巻の終わりだからな。
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