(8)
まあ、世の中のことが何も分かってない若造同士じゃない。言っちゃ悪いが、とうの立った中年同士のカップルだ。姉貴のすちゃらかが心配と言やあ心配だが、なにせ相手が懐の深いフレディだからな。きっと辛抱強く、ゆっくりでこぼこを摺り合わせて行ってくれるだろう。もう一つの懸念材料は姉貴の腹の中の子供だが、フレディはそれが姉貴の実子というだけでしっかりかわいがるだろう。うちと違って、姉貴の方は女の子らしいし。
衝撃の告白タイムの後は、全員ハイになって馬鹿騒ぎをした。近隣の住民に迷惑かとは思ったが、普段は地味ぃに暮らしてるんだし、一日くらいは羽目を外すのを許してもらおう。
フレディは、よほど嬉しかったんだろう。普段は飲みに行っても絶対に深酒しないのに、珍しく痛飲し、ぐでんぐでんに酔った。そして最後は巨体をソファーに倒し込んで、ぐぅぐぅいびきをかいて眠り始めた。
「おわ! こりゃあ大変だ。俺一人でベッドルームまで連れていけるかなあ」
「大丈夫。ここでいいよ。わたしが見てるから」
フレディの頭の近くに腰を下ろした姉貴が、そう言って子供の頭を撫でるみたいにフレディのくせ毛を撫で付けた。
「ふふ……」
姉貴が小さく含み笑いする。
「どした?」
「いや……子供みたいだなあと思って」
「子供以下の姉貴には言われたくないね」
「ちぇ」
「だけど、これからはこういう姿がいっぱい見られるようにしないとな」
姉貴が俺の顔を見上げた。
「どういう……こと?」
「フレディはいつも緊張して、自分の周囲の気配を探ろうとする。姉貴の視線ですら気にしたんだぜ?」
「あ……」
「それは、軍人だったフレディの癖みたいなものさ。一緒に飲みに行ったって、絶対に警戒を緩めないんだ。俺はフレディが酔った姿を見たことがないんだよ。こんな無防備な姿を見るのは初めてさ」
「ん」
「だから姉貴と一緒にいる時だけは、いつもこういう姿でいられるように」
「うん……」
「姉貴も努力して欲しい」
「そうだよね」
「何も特別なことをする必要はないよ。いつもちゃんとフレディを見ていてあげる。それだけで」
「うん」
「フレディは喜ぶし、満足してくれるはずだよ」
「分かった……」
「ねえ!」
いつの間にか近くに来ていたひろが、姉貴に直球を放った。
「お姉さん、フレディのどこに惹かれたの?」
「うう」
いきなりの、しかもど真ん中の突っ込みに、姉貴が目を白黒させた。
「分かんない」
俺とひろとでぶっこける。
「おいおい……」
「でもね」
姉貴は、フレディの寝顔をじっと見つめた。
「すごく……寂しそうだなと……思ったの」
なるほど。たくましいとか、頼りがいがあるとか、そういう理由ではなかったのか。だが、それは俺には深く納得出来た。飢え渇いていた魂がお互いに呼び合った。それだけだったんだろう。フレディにも後で聞いてみようと思うが、きっとその返事は、姉貴と同じなんだろうと思う。
◇ ◇ ◇
さすがに、妊婦の姉貴を座ったまま寝かせるわけにはいかなかった。俺はフレディの巨体を引きずってなんとかかんとか客間に収納し、姉貴に世話を任せた。気疲れしたのか、ひろも俺より先に沈没した。
俺は静かなリビングの明かりを消し、窓を全開にして空気を入れ替えた。流れ込んでくるひんやりした秋の夜気が、室内に残っていた酒と乱痴気騒ぎの残り香を徐々に退場させる。俺の頭の中も、きんと冷えてくる。
ベランダに出て、夜風に当たる。
「ふうっ」
ほわっつはぷん? 俺がフレディと姉貴をロープでぐるぐる巻きにした時、フレディが思わず叫んだ言葉。
何が起きたんだ? ああ、フレディ。それはおまえじゃなくて、俺が言うセリフさ。姉貴とフレディに一体何が起きたのか、俺自身が飲み込めなかったんだ。まさにハプニングだよ。
だが、人生はハプニングの連続だ。そしてハプニングが単なるハプニングで終われば、それはその場限りの酒肴にしかならない。だから起きたことを正視してしっかり受け止め、行動してそれを次に繋げる。俺の生き方はそれしかなかったし、これからもそれは変わらないだろう。
もちろん、ハプニングの全てがいいことばかりじゃない。姉貴が孕んじまったのも、最悪のハプニングさ。だが、それをどうするか。明日に、そして未来にどう繋げていくのか。ハプニングを超えて、次に繋げなければ意味がない。次に繋げる。俺は……今回もそれが出来たんじゃないかと思う。
「姉貴。フレディ。幸せになれよ。ここがゴールじゃないんだ。全ては」
俺はゆっくりリビングに戻り、後ろ手に窓を閉めた。そして真っ暗な室内に向かって、挑むように指を突きつけた。
「これからさ。これからなんだよ!」
【第十話 ほわっつはぷん? 了】
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