(4)
慣れない家事で男の子がもたくさするかと思って、余裕を見て夕方まで時間枠を確保したんだけど、男の子の手際が思ったより良くて、三時前にカリキュラムが終わってしまった。
俺が男の子に家事をしている姿を見せたのは、生きるための方法は決まってないし、そのどれもが甘くないと言うことを印象付けるためだ。そしてもう一つ。俺は帰り際に、男の子に厳しい現実を意識させた。
「さて。今日はここまでね」
「あ、あの……」
「ん?」
「探偵の方の仕事は?」
「それは体験させられないんだ。ごめんね」
「ええー?」
がっかりって感じ。
「なぜって思うだろ?」
「はい」
「探偵ってのはね、決してきれいな仕事じゃない。人のプライベートに踏み込むから、いろんな危険が伴う。中途半端な体験で、不正確なイメージを持ってほしくないんだよ。ホームズやコナンのようなのは絵空事さ。現実にはありえないよ」
「そう……ですか」
「そう。だから探偵が『好き』だから、じゃ出来ないんだよ」
「あ!!」
「探偵じゃなきゃ出来ないの。そして、君はまだ探偵じゃない。だから体験もできない。そういうこと」
男の子がじっと俯いた。これでお父さんへの心証が変わってくれると嬉しいな。
「もう一つ。今日、体験で君に家事を手伝ってもらった」
「はい」
「あれをね、時給換算すると、せいぜい一時間千円とかそんなもんだよ」
「えー?」
不服そう。
「いや、それこそ調べてもらえば分かるよ。しかも、君がもしそれを受け取るとすれば、さっきの昼食の費用とかもさっ引かれる」
「げっ」
「甘くないよ。それがね、社会ってものなの。君が今日働いて手にしたお金はだいたい四千円くらいだと思うけど、それじゃあ、私に調査依頼する費用の足しにはならないよね?」
「う……」
「そういうことを、しっかり覚えておいて」
「はい」
「私は、その四千円分の調査をします。調査報告は、私の方で目処が立ったらします。君の携帯に連絡を入れるね」
それでも。私が依頼を引き受けたことに安心したように、男の子は笑顔で帰っていった。その直後に、ひろに聞かれた。
「ねえ、みさちゃん」
「なに?」
「ほんとに引き受けるの?」
「まあね。でも、今度のはちょっとレアケースだなあ」
「どんな依頼?」
「オーダーは、彼の友だちん家の家出人探しさ」
「それじゃあ。四千円じゃなんにも……」
「俺は、そっちはやんないよ。そのご家族が、もう警察と興信所に依頼してるからね」
「え? じゃあ、何を引き受けたの?」
「あの男の子のケアさ。アフターの方だ」
「はあ!?」
わけ分からんて顔で、ひろが首をひねりながら退散した。
◇ ◇ ◇
男の子が帰ったあと、俺は事務所に行ってフレディに電話を入れた。フレディは用心深い男で、会社を通さないで直に連絡出来るホットラインをほとんど誰にも教えていない。社の重役以外で番号知ってるのは、俺くらいのもんだろ。
「ああ、フレディ、中村です。ご無沙汰ー」
「おー、みさちゃんか。なんだ、いきなり」
「今、いい?」
「ジムにいる。大丈夫だよ」
相変わらず、鍛えてんなあ。
「ちょいと聞きたいことがあって」
「なんだ?」
ぴしっと口調が変わった。警戒口調。ここらへんがとことんプロだよなあ。
「小林さんていう人から、家出人捜索を依頼されてるよね?」
相手が俺でなければ、徹底してすっとぼけるはずだ。でも、俺とフレディとは付き合いが長い。俺への隠し事はし切れないと観念したんだろう。しょうがないって感じの吐息が聞こえて、返事が帰ってきた。
「今日夜九時。マルコーニで」
「了解。出来れば、社員の岸野さんにも同席してもらいたいんだけど」
「そこまで分かってんのか」
「フレディのことだから段取りは済ませてると思うんだけど、俺がアフターを引き受けちゃったから」
「え? アフターって?」
「岸野さんの息子さん」
「は!」
短い笑い声。
「相変わらずだなあ。儲からんだろ?」
「さっぱりだよ」
「ははは。セレブな奥さんによろしく伝えといてくれ」
いかにもヤンキーらしい、ちょっときつめの突っ込みが最後に入って、電話は切れた。
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